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『絶対に受けたくない無駄な医療』(室井一辰著,日経BP,2014)(18回)早期の乳ガンでも骨への転移検査をしない 米国臨床腫瘍学会

【第18回】

受けたくない医療5 【乳ガン】
早期の乳ガンでも骨への転移検査をしない
米国臨床腫瘍学会

 乳ガンでも、前立腺ガンと同じように早期の段階ならば骨への転移検査をする必要はないと見られている。
 米国臨床腫瘍学会は「Choosing Wisely」の中で、「転移リスクが低い早期の乳ガンでは、PET、CT、放射性核種を使った骨転移検査(骨シンチグラフィー)を実施してはならない」と指摘している。
 前立腺ガンの項目で紹介した通り、PETは放射性物質を含んだ糖分を注射して、糖の消費量の多いガンの特徴を生かして放射性物質を含んだ糖の集まり具合からガンを検出する。放射性核種による検査は、同じように骨に集まりやすい放射性物質の集中具合を見る方法だ。
 PET、CT、放射性核種による骨転移検査の画像診断は、特定のガンの進行度を判断するのには有用となり得る。しかし、効果を発揮するのは、早期の乳ガンではなく、進行した乳ガンであると学会は判断。早期の乳ガンではすべきではないと考えている。前立腺ガンでの考え方と同じだ。
 早期の段階でこうした込み入った検査をしたところで、骨への転移など知ることができないともう分かっている。にもかかわらず、骨転移の検査が根拠なく低リスクのガンのステージ評価に用いられることに、学会はいわば憤りを感じているようだ。何の根拠もなく検査をしていれば、ただの金儲けと批判されても仕方がない。
 ちょっと専門的になるのだが、学会は具体的に早期の乳ガンのパターンを挙げて説明している。例えば、乳ガンの中でも、「無症状で新たに特定された非浸潤性乳管ガン(DCIS)」(※5)のほか、「乳房内にガンがとどまる臨床ステージ1」の場合、あるいは「脇の下のリンパ節までにとどまるステージ2」の場合である。こうした時に、PET、CT、放射性核種による骨転移検査に効果があると示す根拠がないのだ。
 前立腺ガンの検査と同じように、無用な画像検査は体に負担になるほか、過剰な放射線治療を受けることになるといった問題が生じる。
 早期のガンだけではなく、いったん治療を受けて「治癒しました」と判断された場合にも、ガンの骨転移を調べたりするのは「無駄」と判断される。
 学会は、「乳ガンの患者で、治癒と言える段階まで治療されたうえで無症状の場合であれば、生物学的マーカー(※6)による監視のための検査やPET、CT、放射性核種による骨転移検査を使った画像検査を実施してはならない」と説明する。つまり一部のガンでなければ、意味がないと判断されている。
 血漿中の腫瘍マーカーや画像検査を使った監視のための検査は、ある種のガン、例えば大腸ガンのような場合に臨床的な価値があると臨床研究から分かっている。しかし、乳ガンで治癒したと判断できる状態まで治療できた場合には、いくつかの研究によると、無症状の患者に対して画像検査をしたり、血中の腫瘍マーカーで調べたりしても効果はないと示されている。下手に偽陽性、つまりガンでないにもかかわらず「ガンあり」と判定される間違いが起これば、体に負担となる処置、過剰な治療、無用な放射線治療、誤診につながってしまう。有害以外の何物でもない。

※5 乳腺は細かく言うと、母乳を作り出す部分と母乳を運ぶ部分に分かれている。ガンはほとんど母乳を運ぶ乳管で発生する。そのごく初期段階で浸潤していない段階をDCISと呼ぶ。最近はDCISの段階で見つかる場合が増えており、完治する人も珍しくなくなった。
※6 生物学的なマーカーとは、コレステロールや尿酸値のような指標となるものを指す。コレステロールであれば、動脈硬化の指標になり、尿酸であれば痛風のなりやすさの指標になる。血液検査で手軽に分かるものも多い。ガンでもいくつか役立つ指標となるものがあって、乳ガンであればCEA、CA15-3と呼ぶ成分の量を参考にする場合がある。


受けたくない医療6 【乳ガン】
乳ガンと疑われる段階で、針生検せずに
手術に踏み切ってはならない
米国癌委員会

 米国癌委員会は、「乳ガンと疑われる段階の患者に対して、針生検をせずに乳房切除の手術に踏み切ってはならない」と指摘する。
 針生検は大口径の「コア生検」、または「真空を使った生検」、あるいは「穿せん刺し吸引細胞診」を実施する。いずれも乳ガンが疑われる場所から組織を小さく切除、あるいは吸引する方法だ。針生検を実施するかどうかは、超音波、放射線による「マンモグラフィー」、MRIまたは触診によって適応を判断する。
 臨床研究によると、手術に先立って乳ガンが疑われる部位の組織を取って見ておけば、どんな手術であれ手術のやりやすさが増す。しかも、治療に必要な外科的な処置を減らせるうえに、大きく乳房を切除する必要がなくなる可能性があり、きれいな胸を保つのにも役立つ。事前の正しい診断が重要というわけだ。
 針生検は、画像診断で乳ガンを疑われた人の中から、実は悪性でない人を見極めるのに有効な検査だ。無用な手術が避けられることに加えて、ほとんど出費がいらない方法はやって損はない。検査にしても、単に針を刺して取るだけ。多少は痛いかもしれないが、傷口を大きく開く手術を避けられるのならお安い御用だろう。
 ただし、場所によっては針ではなく、より大きめに傷口を作り組織を切除する必要が生じることもある。委員会によれば、全体の割合では10~15%程度という。針生検で済むならば、できるだけ針で行いたいところ。委員会は「外科医師は必ず針生検を先行させるように検討しなければならない」と指摘。針生検をしないならば、その理由を記述する必要があると述べている。

(第18回おわり、第19回へつづく

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『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP)

【連載の紹介】

 室井一辰と申します。この2019年に、『続 ムダな医療』(日経BP)『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術 (新書y)』(洋泉社)という2冊の書籍を刊行します。いずれも無駄な医療を撲滅していこうと、米国の医学会が動いている「チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely)」という活動を掘り下げた本です。これら新刊の発表を受けまして、より多くの方にこの動きに関心を持っていただきたいと思い、2014年に刊行した前作を連載のように公開してまいります。基本的に毎日ページを増やせればと思っています。よろしくお願いいたします。

【2019年発表の書籍】

1.『続 ムダな医療』(日経BP、2019年3月発売)

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◆無駄な医療を医学会が発表し続ける謎

米国の医学会が出した「衝撃のリスト」は、医療界の首を自ら絞めるような内容。なぜ、医師らがそうした行動に出たのか。その謎をたぐっていくと世界規模の大波が姿を現す。

◆歯科医師、看護師、薬剤師、リハビリ、カイロプラクティックも参加

前作では医師の団体が、必要性を問うべき医療を「5つのリスト」で発表し、権威ある学会から次々と発表される動きを描いた。米国を取り巻く環境が、このリストの拡大を強く後押ししていた。波紋のように活動は医師の団体以外にも広がる。歯科医師、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、カイロプラクティックの団体がそれぞれ5つのリストを発表。歯の治療や高齢者の看護、リハビリなどに独自のアプローチから切り込んでいます。

◆米国本部に取材敢行、世界が動き出す「無駄な医療」対策

無駄な医療を指摘していく動きの背景を追っていくと、米国ばかりではない、無駄な医療を減していこうというより大きな動きに突き当たります。チュージング・ワイズリーを推進する米国の本部、ハーバード大学など、現地取材も敢行。現地の見解を踏まえ、本当に必要な医療を求める動きの核心に迫ります。そこで見えてくるのは、無駄な医療と決別しようとする世界の姿です。

2.『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術 (新書y)』(洋泉社、2019年1月発売)

これでいいのか 日本の医療常識!?

医師も知らずに行っているムダな手術や投薬、
利益を追求するあまりに行われている過剰な治療……
この国の医療には様々なムダがある。
しかし世界では、医師たち自らがムダな医療行為を告発していく
「チュージング・ワイズリー(賢い選択)」の動きが盛んだ。
エビデンスに基づき「効果がない」「デメリットが目立つ」と
現在では疑問を投げかけられている治療行為の数々を、
医療経済ジャーナリストが渾身レポート!

もくじ
第1章 こうして医療にムダがはびこる
第2章 エビデンスが突きつける「その医療、まだ続けますか」
第3章 こんな【検査】には意味がない!
第4章 こんな【薬】は飲むだけムダ!
第5章 こんな【手術】では治らない!
第6章 医療を疑うことの意義

目次は出版社による書籍紹介ページにあります
『立ち読み』のボタンよりご覧いただけます

【著者】
室井一辰(むろい・いっしん)

医療経済ジャーナリスト。大手出版社を皮切りに、医学専門メディアや経営メディアなどで全国の病院や診療所、営利組織、公的組織などに関する記事を執筆。米国、欧州などの医療、バイオ技術の現場を取材。2014年に『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP)を刊行。本書でも紹介するチュージング・ワイズリーを紹介し、広く注目を集める。執筆や取材協力などを『週刊ポスト』『女性セブン』『週刊現代』『週刊東洋経済』などで行う。石川県金沢市生まれ。東京大学農学部獣医学課程卒業。

著書】

『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP)
『世界の医療標準からみた受けてもムダな検査 してはいけない手術』(洋泉社)
『続 ムダな医療』(室井一辰著、日経BP、2019)

*著作権は室井一辰に属します。室井一辰への取材申し込みなどは、株式会社ステラ・メディックスまでご連絡をください。

(Photo: Adobe Stock)

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