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私には恋愛は早い。と思う

【遠い憧れ】


今まで漠然と恋愛に憧れていた。

夏祭り、海、イルミネーション。

楽しそうなカップルを見て、
【私もいつかああなるのだろう】と思っていた。

愛を育み、時には喧嘩しても仲直りする。
それが「幸せ」だと思っていた。

だが、しかし。
果たして、それが本当に幸せなのか。

思うに、私は一人行動の方が向いている。


【買い物する時の私】

思えば、ショッピングデートが一番苦痛だ。

私は、普段買い物をする時、
ネットでリサーチを何度もし、
「お目当てのもの」を買うためだけに、お店に出かけることが多い。

ネットでリサーチするなら、そのままオンラインストアで買えば?っていうツッコミはさておき笑
(私は店舗で実物も見てから買いたい派)

そんなこんなで
【これが欲しい、こんなのが欲しい】
明確な理由を持って買い物をする。
そして、用が済んだらさっさと帰る。

衝動買いは滅多にしない。
だから、【特に理由もなくふらふらとウィンドウショッピング】するのが苦手だ。
何か欲しいものがあるわけでもないので、視線の行き場に困る。

商品がずらずらと無機質に並んでいる空間は、
情報量が多いから見るだけで疲れてしまう。

【選択肢が多くなりすぎると、人はすぐに選択できない。】
というどこかで聞いた心理的効果みたいなものが働いて、
瞬時に処理しきれず、混乱してしまうのだ。


【他人への関心の喪失】

「逆に、何か質問ない?」
と聞かれた時に、何も答えられない自分がいた。

【所詮、他人は他人で、私は私。】
その考えが根底にある気がする。

他人の顔を覚えるのが苦手なのも、
記憶力うんぬんだけでなく、【興味がないから】だと思ったら納得がいく。

「付き合うなら、趣味が合う人がいいな」
と誰かが言った。

私は、そうは思わない。
相手の趣味は、ほぼどうでもいい。

私には、趣味と言えるほどの趣味がない。
だから、趣味なんてはなから誰とも合うはずがないのだ。

結果、相手の趣味を知ったところで。と思ってしまう。
全く関心がないというわけではないのだけれど。
趣味の話題は、その場凌ぎの話のネタに過ぎないと思っているくらいには重要視していない。

気がつけば他人への興味が薄れていた。


【結局、一人でいるのが楽】

なんだかんだ一人が楽だ。
一人が好きかと聞かれたら、それは別の話なのだが。笑

どんなリアクションをしようと、誰も見ていないという気楽さ。
待ち合わせ時間に追われることによるストレスを感じなくていい。
服を迷う必要もない。

なんて、楽なのだろうか。

一人カラオケをしたあの日から、
「一人の気楽さ」を知ってしまった。

他人の目を気にする必要がないことへの開放感。

「恋人」という他人に依存し、群れる。
それは私には合っていないのかもしれない。

今までは、【長いものに巻かれたい精神】があった。

一緒にいることで、必要とされることで、
自分の存在意義を見出し、安心感を感じていた。

孤独による寂しさを、群れることで埋めていた。

元彼とデートをした時も、
その一瞬は楽しいけれど、
後で振り返ってみると、【1日無駄にした感】が拭えなかった。
一緒に食事をしても、なんだか味がしなかった。

過去の恋人とのことを引きずったまま、
【新しい恋愛をして、付き合って別れて】を繰り返していくたびに、
「不特定多数の他人の価値観」に縛られていく。
そして、可決前の条例を守るかのように不本意な恋愛をしていく。

自分で休日の予定を立て、自分だけでそれを実行する。
気が向かなかったら、急遽ちがうことをする。
そんな気分屋の私。

今の私には趣味もなく、生きがいもなく、何もなく。

何のために生きているのかすら分からない人生。

そんな心に開いた穴を、他の誰かのピースで無理に埋めようとしても
ぴったりはまるわけがない。
まず、私個人が充実していないと、群れてもどうにもならない。
自分でもよく理解できていない「自分が本当に求めている何か」を、他人に期待しようなんて甘い。恋愛は、あくまで個人の充実にプラスアルファするようなものだと思う。

今の私には、恋愛は必要ないのかもしれない。
ふと、そう思った。


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