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Hard To Explain

 どこか、遠くへ行きたい時。
 ここからちょうど見える、あのビルがね。
 自分からは死ぬまでずっと、逃げられないと。
 死ぬまで逃げられないと。
 諭してくるのさ。
ーMom 「泣けない人には優しくない世界」ー

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 私がその日スタテン・アイランドへ向かったのは、ニューヨークという街からとにかく逃れたかったからだ。

 もちろん、厳密に言えばスタテン・アイランドだってニューヨークの行政区として五本指に入る。けれども、控えめで大人しげなあの島を本気で「ニューヨーク」だと考えている人間はそう多くない。バッテリー・パークから出港しているフェリーに乗った観光客が島の内部に興味を持たず、航海中に見える自由の女神像だけを目当てにしている姿がその事実の証明である。

 デッキに並んだ老若男女が、スマートフォンやカメラのシャッターをひっきりなしに押し続けている間。私は外へ出ようとも、窓の向こうに目を向けようともしない。私はただ、あの街の閉塞感から少しずつ離れていく安心感を胸で感じているだけだ。
 自由の女神像が視野に入り始めると、乗客たちは歓声を上げる。百数十年も小さな島に閉じ込められ、どこへも行けない哀れなシンボルを私は一瞥する。設置された場所で役割を全うするのが、銅像という物質の宿命なのかもしれないけれど。
 私の体は銅でつくられてもいないし、一箇所に固定されているわけでもない。一人の人間として好きな時に好きなところで、好きなことをできるはずだ。実際、ニューヨークへの転勤を受け入れたのは自分自身だった。周りの環境が変われば、繰り返されるだけの退屈な日々に別れを告げられるだろうと思ったのだ。

 そして今、平日の昼下がりに。午前中だけ出勤して突如半休をとった私は、何かから逃れるようにスタテン・アイランドへ向かっている。野球場と公園とショッピング・モール以外に何があるのか知りもしない、未踏の島へと。

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 フェリーが港に到着すると、私はまっすぐ駅の改札へ向かった。ほとんどの乗客は港から見えるマンハッタンのビル群を楽しんでいたけれど、私はむしろその景色と距離を置くためにこの島へやってきたのだ。

 ホームに着いても電車の中へ入っても、人の姿を全く見かけなかった。左の窓際の席に腰掛けると、私は大きなため息をつく。それからドアが閉まって誰もいない車両が動き出すにつれて、ある種の安堵に包まれていくのを感じる。

 マンハッタンを走る地下鉄ならすぐさまイヤフォンを取り出すところだが、今は何ひとつ遮断するべきものがなかった。一番後ろの座席から、午後3時の陽光が車内全体に差し込むさまを見ているだけで満足だった。
 終点まで1時間ほど車窓からの風景を眺めていたけれど、視野に入るのはベッドタウンの典型的な街並みだけだった。似たような形をした家々、小さな商店やレストラン、その間を行き交いする何台かの車が私の後ろへただ過ぎ去っていった。

 トッテンヴィルという名の駅に着いてホームへ出ると、そのあたりの住人らしき乗客たちが数人、視野に現れた。私の乗っていた車両には結局誰も入ってこなかったので、なんだかとても久しぶりに人の姿を目にした気がした。彼らはほんの一瞬珍しそうに私を見たけれど、特に何も言わずそれぞれの目的地へと向かっていった。

 改札もない無人駅から外へ出ると、そこには何も無かった。いやもちろん、文字通り何も存在しなかったわけではない。広い道があり、海岸があり、人間のつくったいくつかの建物がある。マンハッタンから来た私が「何も無い」と感じるような景色が目の前に現れた、ということだ。やけに静かで人影もないので、世界の果てにでも辿り着いたように感じた。

 そこでは、「何をして過ごそう?」という問いすら浮かんでこない。何かしら店と呼べるようなものがまず見当たらないし、そもそも他所から人が来るような場所ではないからだ。私はとりあえず、線路沿いに設けられた格子状のフェンスと並行に歩き始める。どこか目指すところがあるとしたら、それは次の駅くらいだったからだ。
 そんなわけで私は、やってきた時より何倍も遅い速度で、やってきた道を引き返し始める。実を言うと、それはなかなか悪くない気分だった。

 道端に落ちていた木の枝をフェンスに当てながら歩いていると、少女時代に戻ったかのような懐かしさを覚えた。車が一台も通らない車道を横目に、人が一人も見当たらない歩道を進みながら、私は遠く離れた(実際にはそれほどでもないけれど)ニューヨークとそこでの日々について考え始める。

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 私が勤めている会社のオフィスはマンハッタンのミッドタウン・イーストにあり、ニューヨークと聞いて人々がイメージするであろう摩天楼に囲まれている。最初の頃は出勤するたびにそれらのビルを見上げ、空の高さに心を躍らせていた。オフィス街のピリッとした空気を思いきり吸い込み、「私もこの都市の一部なのだ」と実感しながら吐き出した。

 高層ビルのことを、英語では「Skyscraper」と呼ぶ。空を削りとる者、という意味だ。そして私が思うに彼らは少しずつ、地上にいる人間たちの何かも削りとっていく。
 マンハッタンが世界でトップの都市と考えられていることに異論はない。あらゆるものがコンパクトに凝縮され、緻密に設計され、なおかつ変化し続ける大都会。それなりにコストはかかるけれど、資本主義と情報社会の頂点みたいな街では、欲しいものが何でも手に入ると言えるだろう。
 つまり一言にまとめてしまえば、完璧な街だ。そしてだからこそ、私はマンハッタンを好きになれないのかもしれない。

 ブルックリンやクイーンズはともかく、マンハッタンには余白というものが見当たらない。空き店舗はすぐに埋まり、誰かがアパートの部屋を出た途端に新しい住人が入ってくる。息をつく間もなく開発が進み、淘汰された古いものに代わって何かが生まれ続ける。完璧さを追い求めるあまり、整形をやめられなくなった人間みたいに。

 空白を発見するたびに塗り潰そうとする街は、私の息を詰まらせる。すでに何だってあるはずなのに、足りないものを見つけてアップデートし続ける都市。そんな流行の渦中で生活していると、どこへも行けない閉塞感を感じてしまう。すべてが絶えず埋め尽くされていく街に、私という存在が入り込む余地など残されていないように思えてくるのだ。

 そんな場所にあと一年半は駐在しなければならない未来を想像すると、私は憂鬱になる。ただ少なくとも今は、スタテン・アイランドの空っぽな風景がその気分を和らげてくれる。夏の終わりに広がる空は充分に低く、スペースの有り余った大きな道は私を落ち着かせてくれた。
 洗練されたニューヨーカーたちを惹きつけるものなど、何ひとつ見当たらないけれど。巨大なシステムに取り込まれ、摩耗してしまった私の感覚を思い出させてくれる何かが、ここにはあるような気がするのだ。

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 私はそのまま、疲れ果てて前へ進めなくなるまで歩き続けた。無機質な地下鉄やエスカレーターに奪われた自分自身の足を取り戻そうとするかのように歩き続けた。
「Prince's Bay」という駅が遠くに見え始めた時、あたりはもう暗くなりかけていた。電車が来るまで時間があったので、目に入った小さな食料品店へ入る。ポットに残った作り置きのコーヒーはとても美味しくなさそうだったので、「紅茶はありますか?」と店主らしきおじさんに聞いてみた。

「ティーか。ケトルが壊れてて、お湯沸かせないんだよね。電子レンジであっためて、ティーバッグ入れるのでもいい?」
「えっと、それで大丈夫です」
 水道水の入ったマグカップがくるくると回っている間、私たちは一言も交わさなかった。疲れてぼーっとしていた私を、「チン」という音がハッとさせる。お湯を紙カップへ移し、リプトンのティーバッグを入れた店主が「3ドルね」と言う。1ドル紙幣を三枚カウンターに置いてから、私は入口のドアを開ける。
「Thanks, have a good one」
「You too, lady」

 ホームのベンチに座って電車を待っていると、海のほうから冷たい風が吹き始めた。私は紙カップの蓋を開け、電子レンジでつくられた紅茶を口に運ぶ。信じてもらえないかもしれないけれど、それは今まで飲んだ紅茶の中で一番美味しく感じられた。

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 帰りのフェリーでは、なんとなく外へ出ることにした。日が暮れていたからか乗客は少なく、そのほとんどは自由の女神像が見える左側のデッキに集まっていた。私はもちろん反対側に出て、がらんとしたデッキで一人、ぽつんと立っている。オレンジ色の塗装がところどころ剥がれている手すりにもたれかかり、徐々に近づいてくるマンハッタンの夜景をぼんやりと見つめる。

 それからふと、私は自分自身の内側にある閉塞感をあの街に投影しているだけなのかもしれないと思った。ニューヨークへ来れば、進むべき方角を見失った人生に新しい風が吹くのではないかと心のどこかで期待していた。けれども今のところ、私は何ひとつ変えられず、道を見失ったままだ。自分がどこにいて、どこへ向かっているのかわからないままだ。

 港へ着いたフェリーから降りる時、水面に反射したロウアー・マンハッタンのビル群が見えた。それらは不思議なことに、実物を直視するよりずっと綺麗な光景だった。鏡に映る自分が時として、実際よりいくらかマシに見えるのと同じように。
 この街には、私の見落としている美しさが他にもたくさんあるのだろう。けれども、自分は孤独だと思い込んでいる間は、それらを素直に受けとめることができない。
 そんな時、人はどこか遠くへ行きたくなるのかもしれない。泣けない人には優しくない世界から、そっと抜け出すために。

・ ・ ・ ・ ・

 アパートの部屋へ帰るため、私は地下鉄の駅に向かった。そのまま電車に乗ったのだけれど、途中で息苦しくなって降りた。
 駅の外へ出て煙草に火をつけると、私はスマートフォンを取り出してタクシーを呼ぶ。夏から秋に向けて衣替えをしている街路樹たちは、夜の街が灯す明かりでその影を落としている。ビルの合間を抜けてくる風が、木の葉をかすかに揺らしている。彼らはこれから少しずつ、けれども確実に温かな色を帯びていくだろう。

 私の元にもいつの日か、成熟の季節が訪れることを祈る。自分の抱えるもどかしさを憎むかのように、この街を卑屈な目で見続けたくはないからだ。
 今度の週末は、セントラル・パークへ出かけてみるのも悪くないかもしれない。パンプキンスパイスラテを片手に、ビリー・ホリデイの歌う「Autumn In New York」でも聴きながら、またひたすら歩き続けるのだ。

 配車したタクシーが前に止まったので、私は煙草の火を消してゴミ箱へ捨てる。後ろのドアを開けて席に座ると、運転手が私の名前を確認してから車を走らせ始める。
 最初の交差点で信号が赤になって、彼は「Damn」とぼやく。それから退屈しのぎにルームミラーを見て、「How was your day?」と私に話しかけた。
 とりあえず「Well……」と呟いて、私は窓の外を眺める。タイムズスクエアの派手なネオンが、横断歩道を行き交う人たちにカラフルな光を投げかけている。

「You know, it’s hard to explain, actually」


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