最後尾を歩いて、誰かが落としたものを拾えるようになりたい 小川洋子さん著書「物語の役割」を読んで
小説家 小川洋子さんをご存知だろうか?
91年に『妊娠カレンダー』で第104回芥川賞を受賞。2004年『博士の愛した数式』など数多くの作品を発表している人だ。
小川さんが物語の創作について語った書籍『物語の役割(竹馬プリマー新書)』を紹介したい。僕がこっそり漫画家になりたいと思っていた頃、調布市柴崎にある「手紙社」で買った本だ。
手にとった動機は、どうやったら物語が描けるようになれるか知りたかったから。
だけど、読み進めると「こういうストーリー展開にしたら面白い」とかの小手先は書かれていない。
「物語とは何か?」
小川さんが物語に向き合う姿勢と態度が書かれてあった。
その中で、印象的だった一文がある。
小川さんは、「小説を書いている時、ときどき自分は人類、人間たちの後方を歩いているなという感触を持つことがある」と話している。
さらにこう続けている。
人間が山登りをしているとすると、そのリーダーとなって先頭に立っている人がいる人がいて、作家という役割の人間は最後尾を歩いている。先を歩いている人たちが、人知れず落として行ったもの、こぼれ落ちたもの、そんなものを拾い集めて、落とした本人さえ、そんなものを自分が持っていたと気づいていないような落とし物を拾い集めて、でもそれが確かにこの世に存在したんだという印を残すために小説の形にしている。そういう気がします。
優しい目線と言葉だと思った。
作家ではないけど、僕はインタビューする仕事をしている。
東京で編集者をしていた頃は、有名人にインタビューするのが楽しみだった。
関係性があったら、それも楽しいのだけど、今は逆。
少し仲良くなった定食屋のおばちゃんの話とか、引退した寿司屋の大将の声を拾うのが好き。
別に使命感を背負ってはいないけど、自分がいなければ、その人がこれまで積み重ねてきた人生って歴史の中で埋没していたかもしれない。
取材できる人数に限りはあるけど、それはちょっともったいないって思っている。
僕は、作家ではないのかもしれない。
だけど、最後尾で人が落としたものを拾って、それを形にする仕事は好きかもしれない。それは過去の自分の落とし物でもあるし、まだ見たことないものかもしれない。
でも、それをなかったことにしたくないのだと思う。
それを集めて形にできる力、環境がつくれるようになりたい。
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