【短編小説】壁の中のまち【#暮らしたい未来のまち】
「…………」
孫のミハイムがめいっぱい高くを見上げていた。
「ははは、どうしたんだそんな真剣な顔をして?」
「おじいちゃん。この大きな壁は何なの?」
ミハイムが見ていたのはどうやらこの≪まち≫を囲む外壁だったようだ。
ミハイムが必死になって顔を持ち上げなくてはならないのも当たり前だ。その壁は約500メートル。
かつてこの近辺にあった『東京タワー』よりも高いのだから、幼いこの子からすると壮観だろう。
もしかするとその大きさに恐怖すら覚えるのかもしれない。
「よいしょ」
私はミハイムを抱きかかえてほんのわずかだけ壁に高さを合わせてやる。
「ミハイムは始めて見るんだったかな? あの壁はこの≪まち≫全体を丸く囲んでいるんだよ?」
「前に来たときはなかった」
「そうかい?」
興味津々という様子で目を輝かしているミハイムに私は思わず笑みをこぼした。
「きっと前はもっと明るい時間だったんじゃないかな? お昼とか?」
「うん。お昼ごはんを食べる前だった」
「そうだろう? その時間にはまだお陽さまがこちら側にあっただろう? その時間は壁は透明なんだよ」
もちろん季節や天気によっても壁の透明度はコントロールされているが幼いミハイムにそれを行っても理解できないだろう。
「なんであんな壁があるの? 壁の向こうには何があるの?」
「これこれ、ちょっと落ち着きなさい。……この壁は、向こう側とこっち側を行き来できないようにしているんだよ。そうしているのは、向こう側にはたくさんの動物や植物たちが暮らしているからだ」
「…………」
少し難しすぎたかもしれない。ミハイムは考えたように黙り込んでしまった。
しかし、
「一緒には暮らせないの?」
「え?」
「壁の向こうの動物や植物とは一緒には暮らせないの?」
今度は私の方が答えに窮していくらか黙り込んでしまった。
「……おじいちゃんがまだミハイムくらい小さかったころはね、一緒に暮らせると思ってたんだよ。でも、できないんだなって気がついたからああやって壁を作ることにしたのさ」
「壁がないと恐いから?」
「……そうだね」
壁がないと、恐い私たち人間は外の動植物を絶滅に追い込んでしまうから、とまでは説明しなかった。
この国が、壁で囲った≪まち≫の中だけで暮らす、ということを決心するまでにはとても時間がかかった。
この子がそれを受け入れるかどうかは別にして、同じように時間をかけて自分で考えることが大切だと、私は思った。
ミハイムの父親の様にそれに賛同してこの国へやって来た者もいれば、逆にこの国から出ていった者もいる。
どちらが良いのかを考えることは、ミハイムもこれから先に自分でするべきことだろう。
「いつか壁の外にも行ける?」
「そうだね。ここ以外にも≪まち≫はある。いつかきっとその目で見られるといいね」
「うん!」
彼が私くらいの歳になったとき、この≪まち≫は今度はどんな姿になっているのだろう。
✒あとがき
こちらの投稿コンテストに参加する短編小説を書いてみました。
私は「こうならないといいな」という気持ちと「こうなった方がいいのかもしれないな」という気持ちと両方を感じていたりします。
こういうSFっぽい作品は普段はあんまり書かないのですが楽しかったです。
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