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キセキ
水族館の帰りの車の中だった。
「クラゲや。触手の絡まり取るの大変そうやな」
「ジンベイザメって間違えて人飲んだりせえへんのんやろか」
など、二人の間で聞こえるか聞こえないかのめちゃくちゃ小声でくつくつ笑いながら水族館を周ったものだから、ふたりとも少しくたびれていた。
子供の頃に葛西臨海公園の水族館に通っていたから、水族館のあの独特な少し緊張するような静けさには慣れていたつもりだった。
だけれど、水族館でくつくつ笑ったのなんて初めてでわたしはちょっと気持ちが昂っていた。
「楽しかったなぁ」
「ほんまやな」
夫もニコニコしている。わたしも笑っている。
天気が良くて、窓から燦々と夕焼けが差し込んだ。
「このまま何処へでもいけそうやね」
夫が誰にいうわけでもなく呟いたのを、わたしは聞き逃さなかった。
光が差す。
そんな時、つけっぱなしだったFMラジオからGReeeeNの「キセキ」が流れた。
はじめて聴いたわけでもないのに、冒頭の歌詞からわたしは心を掴まれた。
わたしが言葉にしたかったことが、全部包み込まれていた。
こんな、こんなことってあるんや。
涙が溢れてきた。止まらない。
せっかく頑張ってメイクしたのも消えていく。
「どないしました、お嬢さん」
「好きやねん、夫のことが。好きすぎて頭がおかしくなりそうや」
散々泣いても涙は枯れず、スシローの前を通り過ぎ、くら寿司の前を通り過ぎ、涙の供給がストップされたのは自宅近くのガストの前だった。
「あかん。人に見せられる顔してへん」
「鼻の頭が赤いだけや。行くで」
車を降りてずんずん歩いて行ってしまう夫を追いかけて、結局わたしも泣き散らかした顔でハンバーグを食べたのだった。
昨日、夫に訊いてみた。
あの日のことを覚えているか、と。
「俺ちゃうんちゃう?覚えてへんわ」
……。なんや、君しかおらへんやろー!
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