弱音を吐けることもまた強さ

今日は8月31日。多くの学校は今週の月曜日か次の月曜日に始業式を迎えることと思います。近年はこの時期になると、テレビやネットで「不登校」について話題に上ることが多いようです。私は不登校を経験したことはありませんが、社会人になってから突然仕事に行けなくなるという経験をしているので、早いか遅いかの違いで自分も不登校になっていた可能性はあるなぁと思うことは多々あります。

社会人になって仕事に行けなくなる(26~27歳頃)まで、私はすごく内的規律に厳しい人間だったと思います。「学校には毎日行くべき」「仕事には毎日行くべき」といった規律で自分を縛っていたし、今思えば社会の「常識」とか「当たり前」に洗脳されていたなぁと思ったりもします(笑)。学生時代はほとんど皆勤賞で、多少辛くても耐えて学校に行っていました。幸い大病や事故にも見舞われず、おおむね健康だったと思います。

それでも高校2年生くらいの時、どうにもいつもお腹を壊して辛い時期があり、心配した母が心療内科に私を連れて行き、そこから10年間、精神安定剤を服用することになってしまいました。進学校のストレスや学校になじめないなど、ストレスが重なって不調になったのだと思っていたのですが、ある時、何者かに下駄箱の靴を隠されて、そのことが相当辛かったのだということを大人になってから思い出しました(いつかの記事にも書いたかも)。当時はごく親しい人にしかそのことを言っておらず、親や先生には言えなかったんですね。直接いじめられたことはないので誰が犯人かもわからず、ただ不気味だったのを覚えています。

あの時、親にその日あったことを相談していたら、おそらく泣き崩れただろうし、その翌日に学校に行けたかは定かではありません。そうやって感情に蓋をしていたので、相当身体が緊張していただろうと思うし、よく頑張って耐えたなとは思うんですが、それで精神不安定になったりお腹を壊したりしていたんだとしたら、賢明ではなかったかもしれません。しかし、その時はそうやって生きるのが精いっぱいだったので、大人になった今、感情を解放して癒してあげればいいことだ、とも思っています。

当時の心療内科の先生に「太い大木は強そうに見えるけど負荷がかかるとポキッと折れてしまう。竹のようにしなやかに、曲がるけど折れない生き方もいいんだよ」的なことを言われたのが印象に残っています。弱音を吐かずに学校に行った私はある意味強いし、頑張ったし、偉い部分もあったなと思います。でもそういう生き方は長くは続かないもので、社会人5年目くらいでポキッと折れたんだと思います。それからはある意味真逆のところてんみたいな人間になったんですけど(笑)、それが本性だったのかもしれません。無理はきかない、休みがち、すぐ「疲れた」とか言う、弱音吐きまくりの人生です(笑)。

学校に行けなくなった人とか、仕事に行けなくなった人に対して、厳しいことを言う人もいるし、だからこそ弱音を吐けなかったり、理解されなくて辛いこともあると思います。学校に行けなくなったり仕事に行けなくなった時って、もう我慢の限界というか、蓄積されたものが処理できなくなってポキッ…って感じだと思うんですよね。「弱音を吐いてはいけない」「頑張らなきゃ」と思いすぎると、自分を偽ることにもなるし、たまった感情が心身に与える悪影響が大きすぎて不健康です。私は押し込んだ「弱音」が自然に消えることはないと思っています。辛い時は休んだり、誰かに甘えたり、泣いてみたり、そうでもしないとバランスが取れません。現代がまともな世の中ならまだしも、学校も職場も理不尽でストレスがたまることが多いので、適応できない方が真っ当なのではないかと思うこともあります。これまで頑張って我慢しすぎてたなぁと感じられる方は、たまには無理せず休んで弱音を吐いて、竹のようにしなやかな人生を歩まれてみるのも良いかもしれませんね。

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