![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/57557084/rectangle_large_type_2_c12477fce544eff676190ef6aba3e5df.jpg?width=1200)
夏の夜のタクシー幽霊譚…意外すぎる乗客とその行く先/黒史郎・妖怪補遺々々
講談の世界でも「冬は義士、夏はお化けで飯を食い」などというように、夏のお話といえば怪談! なかでも「タクシーの幽霊」は定番中の定番ですが、そこはいかにも妖怪補遺々々らしい斜め上なお話を紹介しよう。
ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
文・絵=黒史郎 #妖怪補遺々々
タクシー怪談
ひと気のない夜道を走る、1台のタクシー。
舗装された道から未舗装の道に変わると、節くれだった木々の影が視界の左右から迫り、跳ねた小石が車体に当たる音が聞こえだす。
ヘッドライトの先端が、ひとり佇む女性の姿を闇の中から浮かび上がらせる。
こんな時間に、こんな場所で、たったひとりで荷物も持たず、いったい、あの女性は何を――あっ。
手を、挙げている。
乗るのか……。
女性の前で車を止めてドアを開けると、するりと乗り込んだ。
俯き加減の女性は低い声で目的地を告げると、そこからはもう、何も話さなくなる。
息をしているのかも疑わしい沈黙に耐え切れず、運転手は声をかける。
が、返事はない。
寝ているのか? 窓のガラス越しに女性の様子をうかがう。
ガラスに、女性客の姿は映っていない。
車を止めて、恐る恐る振り返る。
――そんな……ばかな……
たしかに乗せたはずの女性の姿が、忽然と消えている。
そして。
彼女の座っていた後部座席は、ぐっしょりと濡れていた。
※
「タクシーに乗る幽霊」の話は、あまりに有名な怪談です。
自動車という完全な個室に、どこのだれかもわからない人とふたりきり。怪談が生まれるシチュエーションとしては最高です。
乗り物と幽霊の相性はとても良いようで、このような怪談は、古くは駕籠や人力車などの走っていた時代からあるようです。
よく聞くのは、乗ってきた客が幽霊だったという話ですが、乗り物も幽霊だったという例もあります。「朧駕籠(おぼろかご)」という言葉があり、これはぼんやりと霞んで見える駕籠のことで、幽霊などが乗っている幻の駕籠を指す言葉なのだそうです。
池田弥三郎は『日本の幽霊』で、東京のタクシーには車中に人形を下げている車が多く、気になって運転手に理由を訊ねた、というエピソードを書いています。
そこで語られた人形を下げる理由はふたつ。ひとつは、「運転手のいない自動車」とすれ違うことがあるからだといいます。この無人の車と出遭うと、2、3日中に事故を起こすのだそうです。人形を下げるのは、魔除けの意味だといいます。
もうひとつの理由は、深夜の営業をしていると、幽霊を乗せることがあるから――。
「乗り物の形の怪」については、またの機会にご紹介するとして、今回は「乗り物に乗ってくる怪」のお話をします。やはりタクシーがいいでしょう。
それも、ちょっと変わった「乗客」のお話をご紹介いたします。
実に「妖怪補遺々々」らしい1話です。
シートを濡らすもの
ここから先は
¥ 200
ネットの海からあなたの端末へ「ムー」をお届け。フォローやマガジン購読、サポートで、より深い”ムー民”体験を!