大量(自主)退職時代の到来〜The Great Resignation〜(2) 会社を辞める10の理由
米国では過去最高の400万人以上が自ら退職
米国労働統計局が毎月発表している求人労働異動調査(JOLTS:Job Openings and Labor. Turnover Survey)を元に、Economic Policy Instituteが8月に発表した分析データによると、ロックダウン期間であった昨年4月の210万人から、自発的な退職者の人数は、今年4月には2,000年に計測を開始して以来過去最高の399万人に到達した。また、先週9月8日に米国の労働統計局が発表した最新の7月の速報値によると、ついに月間の自主的な退職者の人数が400万人を超えたようである。新型コロナウィルス感染症の影響下において、自発的に仕事を辞める従業員が大量に増えている現象は、The Great Resignation、または、Big Quitと呼ばれている。
多くの米国の有力メディアがThe Great Resignationについて報道してきている。今年5月から本日まで筆者がざっとカウントしただけで、Forbesは寄稿含めて25本、Fast Companyは13本、Wall Street Journalは6本、Harvard Business Reviewは4本、New York Timesは2本、Business Insiderは2本、といった具合で、今現在も連日のように新たな記事が書かれている。
Monster社が今年7月に発表した調査によると、「95%の従業員が少なくとも現在の仕事を変えようと検討している」という。95%とは言っても、①積極的に転職を考え、行動している、②積極的ではないが、求人情報等を見ている、③行動はしていないが、転職したいと考えている等、温度差は様々であるものの、自社で95%の社員が転職を検討していると考えれば、放置できない危機的な状況である。
また今年8月にパーソナル・キャピタル社とハリス・ポール社の共同調査によると、米国人の2/3(66%)が今すぐにでも転職したいと考えているという。世代別では特に若い世代で顕著であり、Z世代の91%、ミレニアル世代の78%に対し、X世代では47%、ブーマー世代では45%との回答結果が出ている。
マイクロソフトが発表した調査でも、Z世代はパンデミックの中、仕事に没頭できず悪戦苦闘しているというデータが出ている。
The Great Resignationが起きている10の理由
なぜ、The Great Resignation、自発的な従業員の退職が大量に発生しているのだろうか。業種や世代、働いている環境によって理由は千差万別であり、各調査結果によっては相反する結論に至っているものもある。しかしながら、The Great Resignationに関して書かれた100以上の記事を考察してゆく中で大別すると、①価値観の変化、②職場環境への不満、③個人のキャリアに関する不満、に分類することができる。特に注目すべき10の理由について以下挙げてゆく。
1.人生一度きり、YOLOへの共感と挑戦
米国においては新型コロナウィルスへの感染者数は9月13日現在で4,110万人、実に人口の12.5%を占め、また死亡者数の累計は66万に上る。日本とは比較にならないほど、身近な大切な人を亡くす経験をした人たちが多く、人生に対する価値観が大きく変化したという。そのため原点回帰して自分が本来やりたかった事に挑戦するという傾向が顕著になり始めている。
今年4月のNew York Timesの記事にて、YOLO economyというコンセプトが紹介された。安定した仕事を辞め、リモートワーク生活で支出を抑えて貯めてきた貯金をはたき、流行に左右されない冒険を求めて新たな人生を始める、そんな人たちが増えているのだという。2012年にカナダ出身のラッパー、ドレイクが歌って流行したスラング、YOLO(You Only Live Once) 人生一度きりという価値観に共鳴して、特に若い世代が会社を辞め、起業含め自分の人生をコントロールする生き方を選択し始めている。今までの伝統的なアメリカ経済を変えてゆくという見方から、YOLO economyと呼ばれ、新しい働き方として注目されている。
2.ワークライフバランスの見直し
子育てや介護が必要な家族を抱えながら働いている人々は、今までの仕事中心だった価値観を改め、大切な人と過ごす時間の最大化を図るために退職を決断した人のインタビュー記事が各メディアに溢れている。都会から地方へ、両親の住む実家の近くに転居してのリモートワーク等、ワークライフバランスを考える中で、優先順位の見直しが起きている。
3.フレキシブルな働き方の追求
米国で顕著なのが、フレキシブルな働き方を求め、自分の条件に合わない場合に退職するケースである。特にリモートワークを継続したいにも関わらず、オフィスへの出社を強制される場合に、リモートワークを維持できる仕事に転職するという例がとても多いのである。場合によっては、オフィスに出社して同僚たちとダイレクトな繋がりを感じたいというケースもあるが、大事なことは、本人の希望でフレキシブルな働き方を選択できるか否か、という点である。特に長時間の車での通勤をもう2度としたくないという人も多い。
Upwork社の調査によると、「回答者の24%が減給してでもリモートワークをしたい。35%が検討中」「リモートワーク中の人々の17%は、オフィスに戻らなければならなくなった場合、おそらく、あるいは間違いなく、別の仕事を探す(約900万人に該当)」と回答している。
またGallap社の発表データに基づいて換算すると、現在フルタイムで雇用されている20%の人々、1,000万人の米国人がフリーランスになることを検討していることになるというのだ。理由の73%は、フレキシブルな働き方ができることを理由に挙げている。2019年のフリーランス人口5,700万人と比較すると、17%の大幅増となる。
4.従業員のエンゲージメントの低下
Gallup社のグローバル・マネージング・パートナーであるJon Clifton氏によると、The Great Resignationが起きてるいる最大の理由は、給与に対する不満でも、新型コロナウィルス感染症による影響でもないという。データによると、最大原因は従業員のエンゲージメントの著しい低下であり、その3大要因は、①成長の機会がない、②会社の目的とのつながりを感じられない、③職場に大切な人間関係がない、という結果が出ている。特に、新型コロナウィルス感染症の蔓延により打撃を受けている業界等では、自社の将来性対する不安、人員整理を行う会社への幻滅、経営者の対応能力に対する失望なども大きな要因となっている。
5.バーンアウト(燃え尽き症候群)
様々な行動が制限された中でのリモートワーク勤務が長期化し、朝から晩まで仕事をすることを強要され、大きなストレスを抱えて燃え尽き、退職するケースもとても多い。また、特に深刻な人材不足を抱える小売業では、人材不足の少人数体制での長時間労働シフトで一人当たりの負荷が重く、責任感から頑張っていた従業員たちもついには退職を決断するのである。
6. 安全性が確保されていない職場
新型コロナ感染症への感染対策が十分に行き渡っていない職場もいまだ多く、またマスクをしないまま来店する顧客が多い地域の店舗などで働く人々は、自分が感染して帰宅した結果、大切な家族を巻き込むことを恐れ、安全性の確保のために退職するという。特に小売業や接客業に多い傾向である。また安全性という観点では、オフィス出社にあたり、ワクチン接種を強要する会社が出てきており、それに強行に反発する従業員も多く、退職に結びつくケースも出ている。
またWorkforce Logiq社のリサーチによると、雇用の変動傾向と州のワクチン接種率に相関関係があることを発見したという。今年の第2四半期では、ミシシッピ州が73%と最もボラティリティが高く、米国の州別予防接種率が最も低かったという結果が出ている。仮説として、ワクチンを接種していない人は新型コロナウィルスに対する不安が少ない(つまり、リスクを回避している)ため、転職に前向きになっている可能性があるという。
7.給与、評価への不満
昨年4月のロックダウン期間中には、会社都合のレイオフにより失業保険申請者が4,000万件を超えていたが、自主的な退職者数は210万人程度に留まっていた。周囲の同僚が人員整理の対象となる中、安全策として不安定な時期の退職や転職を控えていた人たちがとても多かったと考えられている。その人たちは以前から抱えていた不満、自分に対する不当な人事評価や見合わない給与額に対し、景気回復や採用活動の再開のタイミングを見て、会社と交渉をし、受け入れられなかった場合に退職を決断する。給与に対する不満がThe Great Resignationの最大の原因となっているという論調と、給与が理由の退職は低いという論調と両方の見方が報道されている。
8.更なる成長機会の追求
Monster社が今年7月に実施した調査によると、なんと「80%の従業員が勤務先が成長機会を自分に提供していない」と感じているのだ。
リモートワーク環境下で自分の成長を感じられず、このまま時間だけが過ぎてゆくことに不安を感じる従業員たちは、更なる成長機会を求めて転職してゆくのである。
今年6月のNPRからの取材に対し、Jeremy氏は2ヵ月分の生活費の貯金ができたので、勤務していたレストランを退職し、履歴書を書き、タイピングの練習をしてデータ入力業務などに備え、これまで経験したことのない小売業や保険業等の仕事に就けるよう転職活動を開始した、と回答している。
9.景気回復による売り手市場
Stimulus check(景気刺激のための助成金支給)や失業手当の増額、空前の株式市場の活況などにより、多くの労働者がより大きなセーフティネットを手に入れた。そのため、リスクを取る余裕、選択肢のある人が増えているのだ。一方で多くの分野で深刻な労働力不足に直面しており、今年6月の求人数は過去最高の1,100万件を超えている。必要に応じて簡単に新しい仕事を見つけることができるため、挑戦に失敗しても何とかなるという安心感が持てるのだ。その結果、転職を検討する候補者たちにとっては、現在は究極の売り手市場になっているのだ。
米国では昨年5月のロックダウン開始により、人口の約1/8に該当する4,000万人以上が人員整理により失業保険を申請した。それ以来、生きてゆくために自分のやりたい仕事とは異なる一時的な仕事をして生計を立ててきた人たちがたくさんいる。求人情報サイトJob.comの共同創業者Arran Stewart氏によると、応募データの傾向から分かった傾向として、景気が回復してきた現在、人材募集が再開され、ファーロウ休暇(強制的な一時休暇)の期間中に食料品店等で仕事をしていた人たちが元の職業に戻っているケースが多いとのことである。
新型コロナウィルスへの感染の危険性が高い等、労働環境が悪い環境で働いて得られる給与額と、退職してもらえる失業給付金を比較し、後者を選択して退職する人たちも多いという考察がある。米国の非営利研究団体、The Peterson Institute for International Economics (PIIE) のリサーチ結果によると、割増支給され失業給付金という好条件が、人々を退職する気持ちへ傾けさせたというものだ。ただし、通常失業給付金は会社都合の人員整理やレイオフの場合のみ支給されるはずだが、パンデミックの喧騒の中、自己都合で退職した人々にも支給されているケースがあるという。ケースとしては少ないものの、本末転倒な結果が生まれている。
10.周囲の退職に対する連鎖的な反応
求人情報サイトJob.comの共同創業者Arran Stewart氏によると、「親しい仕事仲間3人が辞めてしまうと、高い確率で自分も辞めてしまう可能性が高くなる」とのこと。特に経営状態が不安定な状態が続くと、優秀な人材から次々と退職し始め、連鎖的に退職が続くのである。会社を去ってゆくその優秀な人材たちは、会社批判も何もせず、理想的な仕事が見つかった、と周囲と良好な関係を維持しながら静かに退職してゆき、周囲がそれに呼応するように次々と退職してゆくのである。
また、メディアが連日のようにThe Great Resignationについて報道する事で、実際に人々の連鎖的な退職を促している、とJack Kelly氏はForbes誌への寄稿の中で述べている。退職や転職を考えていなかった人が、上記に挙げてきたような理由によって退職したり、好条件での転職を実現し、幸せそうな人たちのインタビュー記事などを見ることによって、自分も検討した方が良いのでは、と触発されるということは大いに考えられる。
The Great Resignationが顕著な業界
次に、The Great Resignation現象が顕著に現れている業界とその特徴についてであるが、一般的に業界横断的に起きている現象ではあるものの、特に新型コロナウィルス感染症による影響を大きく受けている業界に顕著に現れているのだという。
出典: The Economist誌。離職率の高い業界の推移グラフ
以下はFast Company誌の複数の特集からの引用を中心にお伝えしたい。
小売、接客業
米国の労働統計局が調査をし始めた20年間の中で、今年の4月だけで、過去最高の約65万人が退職した。パンデミックの状況下における、低賃金やわずかな福利厚生、不安定かつ長時間な労働シフト、慢性的な人員不足などが原因である。上記で述べたファーロウ休暇から抜け出すことができた人が一時的に就いていた小売、接客業から転職してゆくため、残された従業員たちに過度な負担がかかり、更なる退職を引き起こし、深刻な人材不足に苛まれているのである。
どれほど深刻な人材不足な状態かについて、Inc誌の記事によるととある米国バージニア州のカフェで時給$20ドル、サインオンボーナスが$1,000という求人が出た。最低時給が$9.5を考えればかなり良い待遇であるが、同じエリアの店でも数ヶ月間求人が埋まらない状態が続いてる。サーチ会社のKorn Ferryが最近行った調査によると、90%以上の小売業者が空きポジションを埋めるのに苦労しており、3社のうち1社はサインオンボーナスを提供し、さらに3社は、自分の知人を紹介して就業した場合に報酬がもらえるリファーラル・プログラムを導入しているのだそうだ。
FastCompany誌の取材に応じたスーザンさん(44歳)は、Pet Supplies Plusという米国第3位のペット専門店の店長として14年働いたが、昨年9月に退職した。新型コロナウィルスが蔓延する中、通常運営を強いられ、従業員が次々退職してゆく極度の人材不足の中自らを犠牲にし続けた。家族にも2年間全く会えない生活が続くことでついに燃え尽き、退職という道を選んだ。彼女は、「(小売業を辞めるのは)虐待された人間関係から離れるのとよく似ているということ。逃げ出さなければならないのに、抜け出すのはとても難しい」と。どれだけ小売業界で働く人たちが深刻な環境下で働いているかを経営者に伝えたい、と取材を締めくくっている。
製造業
求人情報サイトJob.comの共同創業者Arran Stewart氏によると、退職者が急増しているもうひとつの業界は製造業で、経済が回復してきたことが原因であるという。「人々は常により良い機会を求めている」と彼は言う。例えば、産業用メーカーの時間給労働者が不足しており、人々は高い給与条件を提示してくれる会社に移って行くのだという。製造業は給与に敏感な産業であり、労働力の移動が起こりやすい。「労働者は25セントの賃上げのために新しい雇用主に移る」とStewartは言う。企業は労働力を集めるために給料を上げており、それが人材獲得戦争を引き起こし、退職数の増加をもたらしているのである。
テクノロジー業界
テクノロジー分野での高い離職率は、燃え尽き症候群に起因することが多い、と前述のStewart氏は言う。「誰もがオフィスでの仕事から完全なリモートワークに移行しなければならず、それは大きなストレスと不確実性をもたらした。今では、オフィスに戻ることを主張する企業もあれば、リモートのまま、あるいはハイブリッドに移行する企業もあるが、特にハイテク業界では、従業員たちは自分のワークスタイルに合った企業に移っていく」。
また、今年7月に実施されたイギリスのmthree社が行ったレポートによると、職場の多様性と公平性を実現するためにテクノロジー業界が長い間苦労してきたことが問題の一部であると指摘している。
同社が18歳から28歳までの2,030人の労働者を対象に行った調査によると、技術系やIT系の仕事を辞めた、または辞めたいと思った理由として、50%が
「企業文化によって歓迎されない、居心地が悪いと感じたから」と回答しており、女性やアジア系、黒人、ヒスパニック系の回答者ではそれぞれその割合が高くなっている。また回答者の68%が、「性別、民族、社会経済的背景等を理由に、技術職に就くことに違和感を覚えたことがある」と回答している。
ヘルスケア業界
従業員の燃え尽き症候群が特に顕著なのが、ヘルスケア業界だと言う。看護師の人材紹介会社であるNSI Nursing Solutions社によると、離職率は2020年に2.8%増加し18.7%に到達、病院では欠員率が10%近くある状態。新しい看護師を採用して研修し、配属するまで平均89日かかるため、力尽きてしまい退職してしまうのだという。
医師についても同様で、医師専門の採用会社であるJackson Search社によると、調査した医師の54%が新型コロナウィルス感染症の影響で、雇用計画を変更したという。理由は、約半数の医師が現在勤務中の病院を退職する予定で、うち36%は早期退職または完全に医業から離れることを計画しているのだという。
The Great Reprioritization〜優先順位の見直し〜
今年9月10日に、The Great Resignationについて興味深い新たな調査結果をマイアミ大学ファーマー・スクール・オブ・ビジネス経営学教授であるScott Dust博士がFast Company誌へ寄稿した。タイトルは"It’s not the ‘Great Resignation’ but the ‘Great Reprioritization’、意味は「従業員が大量に辞めていることではなく、優先順位を考え直している人が多くいることが重要なのである」といった趣旨になるだろうか。記事によると、新型コロナウィルス感染症が猛威を振るい始めてから、人々が退職を考える理由が大きく分けて、14あるという(以下、影響力が大きい順に上から掲載)
1. 金銭的な必要性: 報酬に競争力がない
2. 仕事と家庭のバランス: 仕事があまりにも過酷で、仕事以外の活動を楽しむ時間やエネルギーが残っていない。
3. リモートワークの方針: リモートワークへの希望と組織の方針が一致していない。
4. 現在の仕事に興味が持てない: 日々の仕事が好きではない。
5. 仕事や組織の安定性に対する不安: 自分の仕事がなくなるかもしれないという不安。
6. 同僚との軋轢: 上司や同僚にかなり問題がある。(※)
7. 仕事のペース: 仕事量が多く疲労困憊する。
8. フレキシビリティ: 自分の理想的な勤務日や勤務時間に対して、柔軟に対応してもらえない
9. 組織文化: 組織の規範や価値観に共感できない。
10. 閉塞感: 組織の中で昇格する機会が限られている。
11. 自律性の必要性: 仕事や組織内で自分で決められない。
12. 成長機会の欠如: 挑戦したり、新しいことを学んだりする機会が限られている。
13. インクルージョンと帰属意識: グループの一員であると感じられない、または自分のユニークさが認められていないと感じる。
14: ソーシャルインパクト: 自分の組織が、顧客や社会全体に提供している価値に共感できない。
※ 6位〜9位の記述に関してはFast Company誌への掲載はなく、Scott Dust博士のご厚意により筆者がヒアリングしたもの。
上記1位〜3位の項目に対して特に問題があると、直接的な転職活動を開始し、実際に転職に至る傾向が強いとの結果が出ている。平常時であれば、退職理由で高い順位となるはずの、8. 働き方のフレキシビリティの欠如、10. 昇格機会が限られている閉塞感、11. 自分で決められない自律性の低さ、12. 新しい事を学ぶ成長機会の欠如、等について低い調査結果が出ていることから、従業員が自分が大切にしてきた優先順位を時間をかけて見直しているのではと考えている。
Scott博士は、従業員が退職を検討しているかどうかを追求するよりも、何故、従業員が退職を検討しているのかの理由に着目し、上記で挙げられているような項目に対しての解決策を提示する事が重要だと述べている。もし失敗すれば、社内でThe Great Resignationが始まることは避けられなくなるからだ。
The Great Resignation現象の真っ只中、会社を辞めた個人が自分の退職理由をYouTubeに投稿する、"I Quit" というムーブメントが日に日に大きくなってきている。"I Quit"とは、「私は(会社を)辞めました」という意味で、退職した個人が動画のタイトルとサムネに"I Quit"という表現を入れ、YouTubeにアップする件数が日々増え続けているのだ。
個人が退職理由を公表する"I Quit"ムーブメント
The Great Resignation現象の真っ只中、会社を辞めた個人が自分の退職理由をYouTubeに投稿する、"I Quit" というムーブメントが日に日に大きくなってきている。"I Quit"とは、「私は(会社を)辞めました」という意味で、退職した個人が動画のタイトルとサムネに"I Quit"という表現を入れ、YouTubeにアップする件数が日々増え続けているのだ。
出典: YouTubeで"I Quit"と検索して表示された一部の方々
一人ひとり本当に様々な退職理由があるものの、年収やステイタスを重視するあまりプライベートを犠牲にしてきた結果、新型コロナウィルス感染症の蔓延下において自分の人生の優先順位を見直し、自分のやりたいことに向かって新たな挑戦を開始しました!という宣言が多いように思う。前述したYOLO(人生一度きり)という価値観をまさに体現するような現象である。特に印象に残った一つのストーリーをご紹介したい。
年収$250,000、誰もが羨む米国の超有名弁護士事務所で働いていたErikaさんの"I Quit" 動画では、入院して危篤状態の祖父に会いに行けるはずが、直前にシニアパートナーの上司が急な仕事を依頼してきた葛藤が語られている。期限の延長を依頼したものの、上司は期限の延長を許可せず、電話で繰り返し言ったことは、たった10語だったそうだ。
"What do you think we pay you so much for?(何のために我々は君に高給を払っていると思う?)
この10語が意味するものは、企業側の論理であり決して間違ってはいない。しかし、Erikaさんは仕事の納期を守るために祖父が亡くなる前に病院へ行けなかったこと、最期を看取ることができなかったこと、そして仕事を選んでしまった自分に対する後悔の念とずっと向き合い続けているという。
残念なことに、この仕事の期限を伸ばす許可が上司からもらえず、祖父を看取ることができなかったお話は、米国の弁護士事務所の日本支社で起きた話なのである。困っている人を助けたいという夢を叶えるため、Erikaさんは弁護士事務所を辞め、高額な弁護士費用を払うことができない困った人たちをサポートするための自分の会社を起業した。日本人の母とアメリカ人の父をもつErikaさんは、日本での生活に感謝しつつ、日本を去り、これから世界中を旅しながら仕事をするデジタル・ノマドな生活にチャレンジするそうだ。
The Great Resignationの今後の動向は?
個人のプライベートな人生を犠牲にして築き上げられてきたコーポレート・アメリカ(※)の屋台骨が根底から崩れてゆくかもしれない、The Great Resignationという現象。1人ひとりの"I Quit" がついには"Big Quit"となり、これから政治運動的な意味合いを持つのでは、という論調もある。
(※) コーポレート・アメリカ: アグレッシブに成功を追い求める米国の巨大ビジネスの文化を指す言葉。時に軽蔑的なニュアンスを含んで使われる。集合体として株式会社アメリカというのが直訳の意味。
今回引用した調査データについては、いつ実施された調査だったのか、をできるだけ記載するようにした。その理由は、例えば米国においては州によって多少異なるものの、①新型コロナウィルスが猛威を振るっていた時期(1月、2月)、②ロックダウン施工時期(3月〜5月)、③ロックダウン解除(6月)、④デルタ株による感染再拡大期(6月〜現在)と状況が時期によって異なり、どの時期にアンケート調査に回答したか、によって人々の感情や意思決定に差があったのでは、と推察されるからだ。
これから注目すべきは、The Great Resignationの動向が新型コロナウィルスの感染状況と連動して、どのように変化してゆくか、複数のシナリオが考えられ、人々の価値観や行動にもどのような影響が出るかを見極めることだ。デルタ株によるブレイクスルー感染の再拡大、パンデミックがついに終焉を迎える未来、更に進化し感染力の強い変異ウィルスの登場によるパンデミックの長期化等、全く予測がつかない状況である。
9月13日、オーストラリアの公共放送であるABCは、米国から飛び火してオーストラリアにおいても、特にテック業界にてThe Great Resignationが始まっていることを報じている。
いずれのシナリオになるにせよ、The Great Resignationという現象が日本に襲来する前に、何かのきっかけで大量に退職という選択肢を実行しかねない自社の従業員一人ひとりの気持ちに寄り添い、対話を重ね、最大限働く環境を整えてゆくことが重要である。人々は「会社中心」の生活から「自分と家族中心」の生活へ価値観が変化してきているからだ。The Great Resignationという現象の名付け親である、テキサスA&M大学経営学部のAnthony Klotz助教授は、BBCからの取材に対して、 「多くの人が以前のように自分自身への評価を仕事を通じて定義しなくなるだろう」と述べている。
次回は、The Great Resignationという現象が拡大している米国の事例より学ぶことで、従業員の大量退職を引き起こさないための対策、解決策について書いてみたいと思う。