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noteをはじめて、わしの文章を「読んでくれる人」がいることを知った

読者ってどこにいるの?

noteに文章を載せ始めるまで、わしは自分のブログにのみ言葉を綴っていた。
ブログでは「書いてみること」を主眼にやっていたので、自分の頭の中にあったことをアウトプットするという意味ではかなりうまくいっていた。

だが、それが「誰に読まれているのか?」は、全く分かっていなかった。

確かに、ブログのアクセス分析を見ると、どの地域から何人くらいの人が来ているのかが分かる。とはいえ、わしのブログは大して宣伝していなかったし、名刺を渡した友人くらいしか見に来ていなかったのもあって、アクセスの大部分はアメリカからだった。これはおそらく検索BOTだ。

なので、正直「誰も読んでくれていない」感覚のほうが強かった。

「いいね」の魔力

それをこのnoteに転載し始めた。始めは昔の長編小説短編小説を、練習がてら載せ始めた。

そしたらどうだ……

「いいね」がつくではないか(笑)

まあそういう機能なので、当たり前っちゃ当たり前なのだが……いや、これはとてもありがたいことだ。だって、わしの文章を

「読んで」かつ「気に入ってくれる」人がいる

ということを意味しているからだ。かなり衝撃的だった。

「いいね」が原動力

やがて小説の連載が一段落し、現在連載中のブログをnoteに転載し始めた。僕が本当にやりたかったのは、実はこっちなのだ……。

そしたら……ありがたいことに「いいね」をつけてくださる方が何人もいらっしゃった。もうヒデキ、カンゲキ!(年代バレ)
(^~^ )

正直、ブログだけで連載をしていたら、ここまで続かなかったかもしれない。読者の顔、というのが全く見えてこないからだ(しかもアクセス数は週に数人だ)。ひるがえってnoteでは「実際に僕の文章を読んで、そして気に入ってくださる方がいる!」という感覚がダイレクトに伝わってくる。そのことがわしの筆を強く推し進めたことは間違いない。

そいういうわけで、僕も気に入った他の方の文章や作品には必ず「いいね」を押すことにしている。逆に言うと……これはちょっと、というものには押さないようにしている。noteはアクセス数も見られるので、これで結構フェアな評価ができているのではないかと思っている。

もちろん、逆に自分のが「アクセス数の割にいいねの数が少ない」のを知ったときは、結構なんというか、複雑な気持ちです……
(^~^;)

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ではまたマガジンの連載でお会いしましょう。チャオ!

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「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)