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【21日目】オカネとココロには『共通点』があった!(オカネのトリセツ)

◆オカネの本質と性質のまとめ

 結局のところ「オカネとは何か」という『本質』に迫っていった結論として

オカネとは『価値』を「可視化」する試みである

という、まぁそうっちゃそうだよなー、というものが導き出されましたよね。

 オカネとは、モノやサービスを「買う」とき渡すもので、ものやサービスを「提供する」ときもらうものでした。

 これらは

・目に見えない
・触ることもできない
・だけど、確かに『ある』

という性質の「概念」である『価値』に

「金額」

という数字をつけることで、それが「実際に『ある』ことがわかる」ようにした仕組みだと言えます。これこそが「オカネ」なのです。

◆そして『モトの話』へ

 さて、ここで僕がいつも話している

『モト』

の話が関係してきます。久しぶりなので、ここでちょっと『モト』について復習してみましょう。

 入門編や初級編、中級編の「レンアイ」の話で明らかにしてきたように、僕たちの「ココロ」というものは、この『モト』というものの量に大きく影響されます。具体的には、増えると幸せな気持ちに、減るとイヤな気持ちになるもの、だったですよね。

 問題はこの「ココロ」というものが

・目に見えない
・触ることもできない
・だけど、確かに『ある』

という性質をもっているため、これまではこういった「ココロに起こる気持ち・感情の変化」というものが
「なんとなく」
「カンで」
「経験で」

語られてきたことです。

 つまり、僕がこれまで何度も語ってきた『モトの量』という基準を上手に使うことで、この「あいまい」な「気分の変化」を、きちんと説明可能なものにしましょう、というのが【モトの話】だったはずです。

◆『価値』と『ココロ』の意外な共通点

 そこで……ですよ。今『価値』と『ココロ』に共通しているフレーズが出てきましたよね?

 そうなんです!実は『価値』も『ココロ』も

・目に見えない
・触ることもできない
・だけど、確実に『ある』

という同じ「性質」を持っているんです。これは果たして偶然なのでしょうか?

 実は「オカネの話」と「モトの話」には、まだ共通点があります。それは

やり取りされる

という点です。

 オカネは「やり取りされる」ものですし、そもそも「そのために作られたシステム」ですよね。価値のあるモノ同士を直接交換するより(この野菜とその魚を交換しようぜ、という感じ)、予め決められた「価値の数値」をやり取りしたほうが手っ取り早い(野菜は何円、魚は何円)、という理由と目的で作られたものです。

 一方で……モトというものも、人のココロとココロの間で「やり取りされる」ものでした。モトというココロの材料(粒子)は、「注目した方へ飛んでいく」という性質を持っていますので、その性質を使ってココロとココロの間を行ったり来たりしているんでしたね(入門編参照)。

 このように、オカネとココロには不思議な共通点があるんです。

◆モトはオカネより「古い」

 ココロの話については「僕が勝手に言っているだけ」と思われるかもしれませんが、これまでの【モトの話】を読んでもらえれば、いくらかでも
「そうかも知れないなぁ」
という納得感があるのではないかと思うんです。

 ここで、考えてほしいことが一つ。

 この「オカネ」と「ココロ」。

 歴史が古いのは、どちらだと思いますか?

 確かに、オカネというものはものすごく古く、人類の歴史が始まった頃にはすでにやり取りされていた、という話もあります。

 ですが……ココロは「人間に必ずあるもの」ですよね? 人間がサルから進化したんだとすれば、まだ人間に進化したてのころ、つまり「ギリギリでサル」だったころにはすでに「あった」ことになります。

 つまり「ココロのほうが圧倒的に古い」んです。次回は、この事実が何を意味しているかを探っていきますね。


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「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)