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美容室で3時間


 

 シャンプーを終えて、姿見の待つ己の席へ戻って正面を向くと、金髪の私が!

 いたんですね……。今日、私は散々先送りにしてきた美容院へ馳せ参じた。
 見せた画像がよくなかったのだ。私は「明るめのブラウン」のつもりだったが、スタッフさんは「明るいブラウンブリーチ一丁!」だったのだ。あとで画像と己の髪を見比べてみると、そこまで差はないと納得する。シャワー台から席に戻った時は仰天したが、デニーズで熱いほうじ茶を飲む今はだいぶ落ち着いてきた。この夏はパツキンでいくぜベイベ、赤リップで決めてやんよ、という気持ち。


 人生で初めてブリーチをした。中学生の頃から頭皮が弱くて、すぐ湿疹が出て痒くなり痛くなる。だからブリーチは避けてきたのだけれど、カラーの相談時にスタッフさんが「根本だけ避けてブリーチできますよ。根本はカラー剤だけで馴染ませます」と言ってくれて、お言葉に甘えてトータル3時間のブリーチコースを敢行した。

 裸眼でも漫画なら読めるかな、と『ものするもの』(とある兼業小説家の日々をつづった漫画)の2巻を持ち込むと、メガネのスタッフさんが「漫画お好きでしたら、こちらどうですか」と、『ブルーピリオド』を3巻まで置いてくれた。おお!これはずっと『ブルーロック』と混同して勝手に忌避していた漫画ではないか!

 裸眼故、すぐ目の奥が疲れてくるので、休み休み時間をかけて3巻まで読み終えた。途中、メガネのスタッフさんが「この漫画、最終的にどこに向かうんですかね」とぽつりとこぼした。たしかに、晴れて藝大に受かって大団円なのか、芸術家になるなりならないなりといった将来まで続くのか。そこまで読者がこの主人公に関心を持ち続けられるかな?と思う。


 このメガネのスタッフさん。真顔でぽつりぽつりと何かを喋る面白い人であった。私の頭にカラー剤を塗布しながら「色の勉強って、すればするほどわからなくなるんですよ」と言いだして、私は落語に出てくる良い旦那さんみたいに「ほう、それはまた」と相槌を打った。

 曰く、色というのは結局見え方に個人差があって、いくら勉強して詳しくなってもお客様と見え方が違ったり伝え方を間違えたら意味がないのだ、と。白も黒も200色あるそうだ。そりゃあ、途方にくれてもしかたあるめえ。

「いきなり宇宙みたいな話しちゃってすいません!」

「いえいえ、面白かったです」

 私はにっこり笑った。最後の最後まで真顔だったこの人が面白いから、次もこの美容室にしよう。

 3時間もいたせいで、お客さんがシャワーを終えたあとの「お疲れ様っしたー!」の掛け声に参加しそうになった。斜向かいに座る黒髪美女をチラチラ見てしまう。美容室で過ごす時間をこんなに楽しめるのに、なんで毎度ギリギリまで来るのを渋ってしまうのだろう?

 パツキンなので、プリン対策に2ヶ月後には来てください!と別の真面目そうなスタッフさんに請われた。そいつはどうかな。私がプリン頭を気にする人間かどうかは、プリンになってみねぇとわからねえ。ニヤリと笑って誤魔化した。さよなら美容室、また来る日まで。


今日はここまで。

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