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宙より来たるは赤と白 #パルプアドベントカレンダー2020


――2020/12/24、20:10 東京都足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


クリスマスイヴ、借家、男独り。

「結局今年もこうかよぉー……」
「うーさー君、今年も彼女できなかったの?」
「うるさい。そういうまーりんも彼氏いないだろ」

俺は宇佐野。で、俺をうーさーって呼んでるこのごく地味な女は同級生かつ幼馴染の穂鞠。
この「ペンドラゴン」のバイト店員だ。
大学生になって上京し、俺たちは晴れて一人暮らし。
だがだからといって恋愛ができるかどうかは、また別の話だ。
大学二年目、今年のクリスマスもぼっちで過ごさざるを得ないだろう。

「はーぁ、家帰ったら可愛い女の子が居たりしないかなぁ、クリスマスだし……」
「……ある訳ないでしょ」

穂鞠が呆れ声で突っ込むが、反論する気はない。
そもそも俺と同じ立場のまーりんに言われたかねぇよ!あいつも決して可愛くない訳じゃないんだが……。

……とにかく、そんな事をぼやきながらバイト帰りの俺は一人分のケーキを受け取り家路についたんだ……ここまでは、去年と同じだった。


――2020/12/24、20:20 足立区、アパート「明星」13号室玄関


アパート自室のドアがかすかに開いている。
「やっべ、カギ閉め忘れたのか……?」
俺は警戒しつつドアを開けて自宅に入った……電気が点いている!
(これはヤバいやつだ)
泥棒か。最悪の可能性も想定に入れ、玄関に置いてあるモップでできる限りの武装はした。

慎重に、慎重に室内を確かめる。
部屋が暖かい……耳を澄ますと、エアコンの稼働音がする。これか。
さらに奥……キッチン、リビング……荒らされた形跡はない。
そして、俺が寝るのに使っているソファベッド。

(……嘘だろ……)

可愛い女の子が寝ていた。
紫紺のロングストレートを白い肌に流し、俺の布団にくるまって。

「……俺の部屋で何してんだ、起きろ」

俺はモップの柄で床を叩いた。

「んー?……あっ、寝ちゃってた」


――2020/12/24、20:22 足立区、「明星」13号室内


彼女は確かに可愛くて綺麗だった。
12月だというのに胸元から背中を大胆に露出した服を着ており、整った顔つきとたわわな胸に正直目を引かれずにはいられない。
ただ問題は……。

「座れ」「なーに」

……こいつが明らかに人間でないという事だ。

頭には緩やかに湾曲した山羊か牛のような角。まあこれだけならコスプレの付け角と言い張れなくもない……今はクリスマスでハロウィンはとっくに過ぎているが。
背中はうなじの下あたりからガーネットのような赤い色をした鱗に覆われ、肩甲骨のあたりからはまるで悪魔か竜のような真っ赤な翼を生やしている。
さらに言い訳不能な点は、スカートの下から伸ばした長い尻尾の先をぴょこぴょこ動かしているという点だ。

人っぽい姿はしているが、どう考えても人間ではない。
泥棒の方がなんぼかましだったと思いながら、俺は目前の相手に問いかけた。

「とりあえず、何者だ」
「見ての通りの悪魔よー」

自称悪魔の彼女はヴァイオレットの瞳をくりくりさせてこちらを見つめてくる。
正直幻覚だと思いたい。

「どうやって入った」
「悪魔に不可能はないからね」

はぐらかされた。
だがここで俺の中に一つの疑問が浮かぶ。

「そんな姿で外歩いてたら目立たないか?」
「何よー、悪魔を侮ってもらっちゃ困るわね」

そう言うと彼女はやおら床から立ち上がった。
やべぇ、今のは地雷だったか……!?
肝を冷やしたのも一瞬の事、俺が見たのは目を疑う光景だった。

角と尻尾は見る見るうちに縮んで姿を隠し、真っ赤な鱗はきめ細かいファーのように質感を変えていく。
畳まれた翼が体を覆うとそれは赤いコートのような形に変化していった。

これは、まるで……!

「どう、驚いた?」

懐から取り出した帽子を被った彼女の姿は、この時期街でよく見るサンタの衣装そのものだった。

「驚いたぜ……まあ、その格好なら確かに目立たないな」
「ふふふ」

ソファベッドに座り込み、悪戯っぽく笑う彼女。
思わず目を奪われそうになるが、一つ問いたださないといけない事がある。

「そもそも、なんで俺の部屋で寝てたんだ」
「今日は冷え込んだからねー、ちょっとあったまらせてもらったの。あと」

「あと、何だ?」
そんな理由で人の家に侵入したのかお前は、と言いたくなるが下手に刺激したくない。
様子を見る。

「『家帰ったら可愛い女の子が居たりしないかなぁ』とか思ってたの、わたし知ってるし」

この悪魔、自分の可愛さを自覚してるタイプだ。

「……で、温まってたら寝落ちして尻尾出した訳か?」
「それはいわないでー……!」

そのことを追求するとうつむいて恥ずかしがってしまった。
案外話せるタイプかもしれないなこれ?


……と思った矢先。
彼女が何かを訴えかけるようにでこちらを見つめてくる、何だ今度は?

「宇佐野くーん、お腹すいた!!」

悪魔って何食べるんだよ!?


――2020/12/24、20:30 足立区、「明星」13号室内


今俺はキッチンで二人分の鶏肉を焼いている。自分の分と、あいつの分。

どうやら悪魔も人間と食べる物は変わらないらしい。
……血とか魂とか要求されなくてよかったぜ。

「そんなもの食べないわよー」

完全に考えが読まれている。
俺の名前を知ってた事といい、テレパシーか何かか?

「まぁ、悪魔に不可能はないからね」
「その台詞ではぐらかそうとしてないか?」
「んー、ばれちゃった……?」
「もうちょっとましな誤魔化し方あるだろ」

鶏肉の焼ける香ばしい香りが部屋に漂い始める。
脂がじゅう、と音を立てて弾けた……いい感じだ。

「んーっ、これは良い匂い!やっぱりクリスマスくらいは女の子と仲良く話しながら食事したいでしょ」

もはやどこから突っ込んでいいかわからない。
とりあえず問題は向こうは俺の名前を知っているがこっちはあいつの名前を知らない事だ。
「話し相手になりたいならまず名前教えてくれ」
「まぁ、確かに……」


「わたしの名は”ニコル”ドラキエル。ニコルちゃんって呼んで」


俺は皿を落としそうになり、鶏肉も焦がすところだった。


――2020/12/24、20:50 足立区、「明星」13号室内


おいおい、その格好でニコルって、まさか……。

「偽名じゃないよな?」「そんなことないわよ」

俺は皿をテーブルに並べながらニコルとやらに問いただす。
こんがりときつね色に焼き上がった皮つき鶏肉につけ合わせのブロッコリーとパプリカが彩りを添える。

「偽名でないならなんだ、あんたがサンタクロースだとでも言うつもりか?」
「まぁ、親戚みたいなものかな」

頬を膨らませるニコル。話は胡散臭いが、はっきり言って可愛い。
さて、テーブルの上にパンと食器を並べて……。

「ワインない?」「ジュースで我慢してくれ」

二人分のコップに林檎ジュースを注ぐ。
「それじゃ、わたしたちの出会いを祝して」


「かんぱーい!」「あぁ、乾杯」


ニコルが伸ばした腕には何かが刻まれた黄金色のブレスレットが誇らしげに輝いていた。
……可愛いな、こいつ。


――2020/12/24、20:55 足立区、「明星」13号室内


女の子と一緒にクリスマスを過ごしたのは何年ぶりだろう。
まさか悪魔の女の子が転がり込んでくるとは思いもしなかったが。

「この肉火加減が最高でおいしーっ!!」
「まぁ、毎日自炊してるからな」
「こんなに料理上手なのにどうして彼女できないの?」
「それは言うなニコルーっ!!」

食事を口にしてリラックスしたのか、彼女は上着に擬態させていた翼を大きく広げスカートから長い尻尾を伸ばしている。
俺は肉汁溢れる鶏肉を噛み締めた後、ジュースを一口飲んでから切り出した。

「しかし、悪魔って本当にいたんだな」
「……昔はもっと人の近くにいたんだけどね」

ニコルが咀嚼中のパンを飲み込んだ後に答えた。
彼女の尻尾の先がテーブルの下で俺の足首に纏わりついてくる。
俺は肉を切る手を止めた。

「どういう事だ?」
「もともと人間に知恵を与えたのはわたしたちなの」

尻尾で俺の足をぺちぺちと叩くニコル。

「エデンの蛇……知恵の実」
「まぁ、そんなものね」

肉を齧り、ジュースを一口飲んでから彼女は続けた。

「あいつらのせいでだいぶ貶められちゃったけど」
「あいつらって、まさか……」


「天使……と言われてる奴らよ」
俺はパンを喉に詰まらせそうになった。慌ててジュースで流し込む。
「宇佐野くん、だいじょうぶ!?」
「ああ、なんとか……」


どうやら、話を整理する必要がありそうだ。


――2020/12/24、21:15 足立区、「明星」13号室内


「美味しかったー」「それはよかった」
夕食を食べ終えた俺たちは、とりあえずあの話の続きをする事にした。
悪魔が実在するならそりゃぁ天使だっているだろうが……。

「ニコル、その辺もうちょっと詳しく頼む」
「まぁ、ちょっとわたしの近くに来て話そうよ」
「十分近くないか?」
「隣に座って話そうよー」

流石にあざとくないか?だが、悪くはない。
促されるままに俺が隣に座ると、ニコルがぴったりと身を寄せてくる。
彼女の肌は柔らかく、髪はいい香りがする……。

「……で、どこまで話した」
「天使と悪魔の関係ー」
「貶められたとか言ってたよな」
「元々わたしたちとあいつらは同族だったの」
「つまり、堕天ってやつか」

大体話が見えてきた。
聞いた事のある、シンプルな話だ……と思っていた次の瞬間。

「逆よ逆、天使がわたしたちを裏切って陥れたの」
「……それは、どういう」

相当に衝撃的な発言であり、にわかには信じがたかった。

「何よそんな顔してーっ……嘘は言ってないわよ」
「ニコルの言ってる事が本当だとして、天使の目的は何だ」
「わたしも全部知ってるわけじゃない。ただ……」

ニコルが綺麗なヴァイオレットの瞳でこちらを見る。

「宇佐野くんの知らない昔話、しちゃおうかな」


――約150万年前 東アフリカ(現タンザニア)某所


『彼ら』はかつてこの地に降り立ち、知恵を与えた。
火の扱い、言葉、そして……。

……創り出す力を。


――2020/12/24、21:20 東京都足立区、「明星」13号室内


「『彼ら』ってなんだ」「わたしたちの祖先」
頭が真っ白になった。それはどういう意味だ?

「宇佐野くんは、人類が此処まで発展した理由を説明できる?」
「それは……直立二足歩行、それによる頭脳の発達で様々な道具や火の使用が」
「進化論ってやつね。でもそれは全てを語ってないの」

一呼吸置いて、再びニコルが語り出す。
俺はそれを黙って聞いていた。

「わたしたちの祖先は人類の前に降り立ち、様々な知恵を与えていったの」
「…………」
「知恵……創り出す力を得た人類は世界中に散らばり、文明を発展させたわ。そして」
「……そして?」
「『彼ら』は神々として崇められ、人類と共存し続けたの。それを讃えるために古代文明は神話や遺物を生み出した」

明らかに荒唐無稽な話ではあった。
普段の俺なら戯言と聞き流すだろうがこれを喋っているのが悪魔である以上、あり得ないとも言い切れない。

「ちょっと待て、『降り立ち』って……あんたの祖先いったいどこから来たんだ?」
「それはね……聞きたい?言っちゃう?」
ニコルはしばしこちらを見つめてくると、肩を寄せ窓の方を指差した。


「宙の……遥か彼方」


――約150万5000年前 地球より約150万2024光年彼方、ルシフェ星系某所


「我らが輝くルシフェ・ソルに終焉の予兆あり」
「危惧していた時がやって来たか」
「ですが、備えは既に」
「他星系への移住計画……だな?」


――2020/12/24、21:23 東京都足立区、「明星」13号室内


「わたしたちの祖先は母星の太陽が消滅……超新星爆発する事を予期して、第二の故郷となる星を探した」
「すぐには信じられないが、そうだとすれば話が繋がってくるな……」
「そして幾度の超次元航行の果てにこの星に辿り着き、先住人類との共存が始まったの」

確かに可能性としてはあり得る話だ。
エジプトや中南米の精緻なピラミッド遺跡、ナスカの地上絵、ストーンヘンジ、コスタリカ石真球、アンティキティラ島の歯車機械、デリーの錆びない鉄柱……。
現代科学はこれらの遺跡や遺物の全てを解明できてはおらず、いまだにオーパーツとして扱われている物も多い。
だが、もし異星人のテクノロジーが関与しているとしたら……?

「つまりあんたらの祖先は異星人で、後に天使や悪魔と呼ばれる存在になった……こうか」
「そんなものね。まぁわたしはこの星で生まれ育ったんだけど」
「なら、いわゆるオーパーツも」
「あるものはわたしたちの祖先がこの星に遺し、またあるものは古代文明が彼らを崇拝するために創り、またあるものはそれらの稚拙な捏造ってこと」
「そうか……」

二人はソファベッドにもたれかかり、ふぅと息をつく。
ふとニコルが床に積み上げたままの俺の本に目をやると、その一冊を取り上げる。

「なになに、『ブリタニア騎士伝記』……うっわ懐かしーっ!!」

一心不乱にページをめくるニコル。
「ほらこれこれ、魔術師マーリンの話!この頃はわたしたちほんと生き生きしてて……」
「おい、マーリンやアーサー王って伝説上の人物じゃ」
「ところがそうでもないのよ。わたし会ったこともあるし……今はもう伝説に語られるだけだけどね」

ニコルの言葉には真実味があったが、そうすると一つの疑問が浮かぶ。

「ニコルあんたいつ頃から生きてるんだ?」
「この星の公転周期換算で5000歳くらいかな」
「マジで……!ニコルさん、そんな年上だったんですか!?」
「えっいきなりさん付けされるの怖い。ホモサピエンスとは成長も寿命も違うからわたしときみは実質だいたい同い年よ」

それを聞いて安心したような、そうでもないような。
「マーリンはね、わたしの兄ちゃんの子供なのよ」
「それも本当の話か」
そういえば伝説によると魔術師マーリンの父は夢魔だとされているが……?
「兄ちゃんもあれだったの、王女の夢にテレパスで何度も語りかけてさ……でもそのおかげで伝説が生まれたんだよね」
「……はあ」
「古代のストーンヘンジが朽ちて倒れてるのを建て直すってマーリンが言った時はわたしたちも手伝ったの」
「ストーンヘンジは紀元前とアーサー王の時代の二回建てられたことになるのか」

今さらこの程度の事では驚かないぞ。
一方ニコルは別のページを見てまた騒いでいる。


「あ、わたしの活躍してる場面ここよここ!見て!!」


――5世紀半ば ブリテン島、ウェールズ某所


赤き竜と白き竜が交錯しながら高く、より高く飛び上がろうとする。
だが赤竜の劣勢は誰が見ても明らかであった。
その時……。

……裂帛の気合と共に会心の一撃を叩き込む赤竜。
白竜は天に尾を引きながら逃げ去っていった。
その光景を目に静かに語る少年の姿。

「赤き竜はブリテン、白き竜はサクソン……」


――2020/12/24、21:45 東京都足立区、「明星」13号室内


「つまり、そのウェールズの赤い竜が……?」
「そうそう、わたしって事」

そうすると聞いておきたい疑問がまた一つ。

「白い竜は何だったんだ?」
「あいつね……あいつは天使と呼ばれる奴らの一人よ」
「そういえば天使と悪魔の関係から結構話が逸れたな」

今更ながら相当話題の脱線を許していたことに気付く。
まぁ面白い話が聞けたからいいか……。

「まずそれには、宗教の隠された歴史を語る必要があるわね」
「もう何が出てきても驚かないぞ」
「わたしたちの祖先が人類に知恵を与えたって話はしたよねー」
「ああ」
「でも文明が発展するにつれて、人類と争いは切り離せないものになった」

俺は何も言わずに頷いた。
ニコルの奴、そういう歴史の血生臭い側面もずっと見てきたんだな……。
「どうしたの、浮かない顔して?」
屈託もない笑顔でニコルがこちらを見つめてきた、可愛い……。
やっぱり彼女はホモサピエンスとは異なる思考回路を持っているのかもしれない。

「大丈夫。続きは」
「争いを繰り返す人類に知恵を与えたのは失敗だったと判断する勢力が現れた」
「そいつらが天使の正体か?」
「おーっ鋭い。あいつらは強い力でもって人類を導くべきだと言い出した」
「強い力」

不穏な話になってきたぞ。

「わたしに言わせれば支配といったほうが正しいと思うけどね。そのために唯一絶対の神がでっちあげられたのよ」
「……なんだって」
「母星由来のテクノロジーや生来の身体能力で奇跡を捏造したりテレパスによるニセ神託、従わない者は大気圏外からのエネルギー兵器で都市ごと焼き尽くされた」
「邪悪極まりないな……おい待て、それじゃ旧約聖書にあるソドムとゴモラも」
「その通りよ」

まさか聖書に記された退廃都市がかつて実在し、異星人の攻撃で滅びていたとは。
これだけでも驚きだが、それだけでは終わらなかった。

「奴らは滅び去った母星の太陽に目をつけたの。超新星爆発の光がこの星で観測できる日付と時刻を割り出し、占星術師に託宣を吹き込んだ」
「……まさか、その日って」


「グレゴリオ暦にして、紀元前4年の12月24日」


――BC4/12/24、23:40 現パレスチナ、ベツレヘム近郊


盗人か凶賊しか歩かぬような夜遅くの荒野を三人の男が歩む。
彼らは遥か東方から旅をしてきた占星術師である。
夜空に一際輝く客星と各々が夢に見た託宣に導かれ、一人の子を探しに来たのだ。

やがて歩き続ける三人の目にひとつの厩が映った。


――2020/12/24、22:00 東京都足立区、「明星」13号室内


おいおい、それってつまり……。
「キリスト教そのものがでっちあげだったって事か!?」
「乱暴に言うとそうね。ただ『厩の男』は実在したし奇跡に真実味を持たせるために奴らが自分たちの『因子』を注入して近しい存在にしてた」
「なおタチ悪いじゃねーか!!」

ニコルの言う『因子』とやらが何かは分からないが、聞かない事にした。
絶対ろくなもののはずがない。

「ちなみに復活したのも死んでなくてただの仮死状態だったから。わたし知ってるの」
「最悪だな……」
「ほんとよねー。おかげで地方民族と共存していたわたしたちは悪魔呼ばわりされて崇拝者は弾圧されるし」
「さらに科学の発展で弱ってたところから先に割を食って忘れ去られ、大規模な宗教勢力はノーダメージか……世知辛いな」
まぁ俺もついさっきまでは悪魔なんて信じちゃいなかったが。

心なしかニコルの顔が曇っているように見える。

「だいじょうぶだいじょうぶ。ただでは転んでないからね……地方の信仰もキリスト教に上手く取り入ってる要素はあるし。クリスマスとかね」
「そういえばあんたサンタクロースの親戚だとか言ってたな」
「それだけじゃないわ。クリスマスツリー……あれも元々土着の自然信仰が元だったの」

あれキリスト教とは関係なかったのか……。
そういえば俺部屋にツリー立ててなかったな?

「まぁそういうわけで、今となってはあまり気にしてないわね」
「それは良かった、やっぱり女の子は笑顔の方が可愛いしな」
「うふふ」
細かい事はともあれ、ニコルが笑ってくれて本当によかったよ。

「じゃあ気分変えて、アーサー王が旅立ったっていうアヴァロンの話でもする?」
「あれ、結局どこにあったんだ?」
「元々はわたしたちが住むための空中島だったの。わたしの親戚のよしみで彼を迎え入れた」
「そこら辺詳しく」

これはかなり面白い話になりそうだ。

「ねえケーキ食べながら話そうよー、あるんでしょケーキぃ」
「ないことはないが……」

これは困った。
クリスマスケーキの用意は俺一人分しかない……!

「ニコルの分のケーキ用意してなかった」
「やっぱそうなるかー……」
「ダメ元でペンドラゴンのあいつにかけあってみる。運が良ければまだ残ってるかもしれない」
「えっあの洋菓子ペンドラゴンの!美味しいよね」
「食べたかったらあんたもついて来い!」


さっそく俺はペンドラゴンに電話をかけた。
この時はケーキを取りに行くだけで済むと思っていたんだ。


――2020/12/24、22:08 足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


「はい、こちら洋菓子店ペンドラゴン……うーさー君じゃない、こんな遅くにどうしたの?」
『まーりん、ケーキ一人分残ってるか?あったら幼馴染のよしみで頼む』
「あるけど……一体何があったのよ」
『秘密だ。今から店に取りに行くからな』


――2020/12/24、22:10 足立区、「明星」13号室玄関


「ケーキあったぞ!取りに行こう」
「やったー!!」
俺は厚手のコートを羽織り直した。
ニコルもすでに外出用偽装を済ませている、出発だ。

このアパートからペンドラゴンまでは急ぎ足なら10分とかからない。
ニコルは俺の手を握って歩き始めた。彼女の手は温かく、柔らかい。

ふとニコルが夜空を見上げた。

「星空がきれいだね」
「……ああ」
「わたしたちの祖先の星は、もうどこにもない」
「そうだったな……」
「わたしの故郷はガイア、この星なんだよね……」

こんな時俺はどんな言葉をかければいいか分からない。
同じように空を見上げると、あるものが目に映る。

「おいあれ、UFOじゃないか!?」

UFOとしか形容できない円盤型飛行体が発光しながら夜空を横切っていく。
しかも2機だ!
「まさか……」
俺はある一つの可能性に思い至ったが、それを口にする前にニコルに路地裏に引きずり込まれた。


――2020/12/24、22:17 足立区某所、路地裏


「何なんだ一体……」
「かなり不味い事態よ、ケーキはおあずけみたい」
「説明してくれ」
そもそも論としてニコルが部屋に押しかけてきてからだいぶ訳の分からない事になっている。説明責任があるはずだ。

「まず、宇佐野くんの勘は当たってるわ。あれは天使軍の宇宙船よ」
「やっぱりか」
「さらに大きな問題として、奴らの陰謀が本格的に実行に移されようとしてる」
「それはどういう……!」


「超広範囲人類洗脳計画」


一瞬脳が理解を拒絶した。
それほどまでにおぞましい言葉だったんだ。

「わたしが手に入れた情報によると、『イヴの子らが造りしカディンギルを喇叭としケルビムが語る神の導きをあまねく広める』とあるけどそれしか」
「何かの暗号か?」
「イヴの子らは人類、カディンギルはバベルの塔のこととしか」
「バベルの塔を、ラッパに……?」
「わかったわ!電波塔よ……奴らは高出力テレパス波を宇宙船から電波塔で増幅して広範囲に放つつもりよ」
「知ってるかもしれないが、俺からも一つ言っておく」
掴みどころのない天使どものたくらみが、ようやく一か所に像を結んだ。

「世界最大の電波塔は東京スカイツリー……ここから南西だ!!」

それを聞くとニコルは赤い翼を広げ、ばさりと羽ばたく。
たちまち鱗は滑らかなボディースーツのように変化して彼女の全身を覆い、頭はシャープな流線形のヘルメットのようなものに隠された。
頭部のゴーグルのような部位からこちらにニコルの視線が向く。指先で両腕のブレスレットを確かめながら。

「後はわたしにまかせて、ケーキ取りに行ってよ」

その時俺は思った。
彼女を一人で行かせてはいけないと。

「俺も行く」
「これは宇佐野くんには関係ない、わたしの戦いよ」
「……関係なくなんか、ない」
「なんで」
「関係ない奴にあんな荒唐無稽な説明をするか!あんたが俺の事を信じてたから話してくれたんだろ!?」
「それはまあ、そうだけど……」
「ニコル言ったよな、あんたたちのお陰で人類は発展できたって」
俺は覚悟を決めた。

「……今度は、人間にも何かできないか」
「なら、近くにいて。近くで祈って。昔から人々がそうしたように」

そう言うとニコルは俺を後ろから抱きかかえる。

「奴らの計画決行は早ければ25日に日付が変わった瞬間よ、急ぐわ!!」

彼女の両翼から真紅の光が迸り、路地を明々と照らす。
驚いたのもつかの間、ジェット噴射のように光の翼が広がり俺たちは空に舞い上がる!
「しっかりつかまっててね!」
「ああ、もちろんだ!」


俺はニコルの両腕にしがみつき、一方彼女は両足で俺の足首を挟んで固定。
その眼下にはクリスマスイヴの夜景!


――2020/12/24、22:25 足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


穂鞠は訝っていた。
突然ケーキの用意を頼んでおいてなかなか取りに来ないのだ。

「急いで来れば10分かからないでしょ」

彼女はふと窓から夜空を見上げた。
赤い光が流星のように二本の尾を引いて飛んでいく。

「……ペンドラゴン」

店長から聞いた事がある、この店の名の由来。


――2020/12/24、22:45 東京都墨田区、荒川上空


ここまで来るとクリスマスライトアップされたスカイツリーがはっきりと見えてくる。
そして……。

「宇佐野くんの言ったとおりね……南西の塔の上に、天使の宇宙船が集まってる」
「あんた武器は持ってるのか」
「だいじょうぶ。このブレスレットがあるわ」
「ただの飾りじゃなかったのか……」

そういえば飛び立つ前に点検していたような。

「これはね、トリスアギオンなの」
「トリス……何だって?」
「わたしたちの星の言葉ね。オリハルコンとかヒヒイロカネって言ったほうが通りがいいかな」
「つまり、地球外の物質?」
「そう。精神波を伝導する性質があって、適切に加工すれば意思に反応して変形したり、精神力をエネルギーに変えられる」
「夢の物質だな」

あれがそんな凄い代物だったとは。

「問題は天使軍もそれで武装してるって事だけど……きみが祈ってくれれば、わたしの力は増すわ」
「こうなったのもなんかの縁だ、あんたのためならいくらでも祈ってやる」
「ありがと。こっからは奴らに見つからないよう低空で行くわ!」


ニコルは俺を抱えたまま急降下し、スピードを上げてスカイツリーを目指す!


――2020/12/24、22:55 墨田区、東京スカイツリータウン


ニコルと俺は遂に東京スカイツリーの目の前に到着した。
今俺たちは複合商業施設の屋上で敵の様子をうかがっている。

「ケルビム級重宇宙旗艦に、スローンズ級宇宙機動護衛艦4機かぁ……大きく出たわね」
「ケルビムって宇宙船の艦級だったのか」
「あの一番大きいやつよ」

スカイツリーの上空、4機の円盤に守られるようにして、『それ』はあった。
車輪を二つ重ねた上にドームを乗せたような形でゆっくりと回転。
ドームの横からは鳥か獣の頭のような突起物と翼のような光の噴射が四つ。
他にも数えきれないほどの発光体を備え、下からはこれまた四本のアームを伸ばしていた。

「あれを、一人でか?」
「祈っててね」

ニコルはこちらを振り向くと、きらりと光る何かを俺に投げ渡した。
竜がレリーフされた金貨を模ったペンダントだ。
それを受け取った俺が空を見上げると、あたりに浮かんでいた4機の円盤の下側からパワードスーツのようなものに身を包んだ武装エイリアンが投下された。
奴らは背中から白い光の翼を放出してホバリングする。

「……気付いたみたい」
そう言うとニコルは再び俺を抱え、屋上から路面へと鮮やかに舞い降りた。
彼女が数歩歩みを進め、両手指を反対側のブレスレットに触れるとそれは赤い光と共に大きな爪のついたガントレットに形を変えた。


「行ってくるわ」
「……戻ってこいよ」
俺は渡されたペンダントを自分の首にかけ、彼女の勝利を祈る。


彼女が赤い光の尾を引いて舞い上がると共に、俺も脳の奥に強い浮遊感を覚えた……。


――2020/12/24、22:59 東京都足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


「宇佐野くん……」

穂鞠は宇佐野の身を案じていた。
もしや何らかの事件や事故に巻き込まれたのでは?

憔悴する穂鞠の目にきらりと光るものが映る。店の奥だ。

「これって……!」
机の上にあったのは金貨だ。レリーフはこの店の看板と同じ姿の竜。
彼女は指先でそっと金貨に触れた。

次の瞬間穂鞠の脳裏に様々なイメージが去来する。
窓から見えたのと同じ赤く尾を引く星、東京スカイツリー、夜空を埋め尽くす天使、そして……。


「……宇佐野……くん……!!」


――2020/12/24、23:00 東京都墨田区、東京スカイツリー上空


見上げた夜空を、五つの宇宙船と数百の天使軍の噴射光が白く照らす。
その間を赤い流星のように一つの光が飛び、次々にパワードスーツ武装天使たちを爆砕していく。

地上の俺の祈りは、通じているだろうか。

「何今さら弱気になってんの!ちゃんと力になってるわ!」
「良かった……!俺にはこれしかできないからな」

俺とニコルは今テレパスで会話できる状況だ。
なぜ俺からもテレパスを送れるのかはよく分からないが。

「まぁアークエンジェル級機甲兵くらいならいくら来ても余裕……よっ!」
「今ので何体目だ?」
「30体ぐらい……と2体!!」
どうやら、また2体が爪で引き裂かれたらしい。空中に爆発の光。

「行けぇ、行けぇ、行けぇー……!!」
「いくわ、いくわ、行くわよーっ!!」
1000m近くの距離が離れていても、俺たちの心はすぐ近くにいる。
赤い光跡が鋭角にターンすると、角の部分で次々と天使兵が爆散していく!

「で、最終的にはどうする」
「ケルビム級さえ落とせれば、今回の計画はつぶせるはず!」
「突撃するのか!」
「その前にもうちょっと敵を……減らす!」

夜空に伸びる赤い光の枝を、次々と爆発の黄金の華が彩る!

「後どのくらいかかる?」
「最低でも30分くらい!」
「とにかく、あのでかぶつさえ落とせば勝てるんだよな!?」
「……任せといて!」
スカイツリーの直上に浮遊する巨大円盤……ケルビム級旗艦だっけ?を見上げながらニコルと精神の言葉を交わす。
だが、空を見上げる俺はある事に気付く!

「ニコル!後ろだ!!」
「はっ!?」

背後から追いすがる白い光跡。何かが稲妻のように一瞬閃き、消えた。


「ニコルーっ!!!!」


――2020/12/24、23:08 墨田区、東京スカイツリー上空


瞬く星のように幾度となく明滅する光。
赤い流星のようなあの輝かしい光跡はもう見えない。

「応えろ!応えろニコル!」

脳内に応えは帰ってこない。

「応えろ……!!」

それでも俺は、呼び掛けるしかできなかった。
しばらくして、赤と白が混ざった一際大きな輝き……そして、爆発。
黄金の粒子と共に、残骸のような何かが降ってくる。
それは俺の100mほど先の駐車場に突き刺さった。


「……ニコル」
俺は走り出した。


――2020/12/24、23:11 墨田区、東京スカイツリー付近 駐車場


「それ」はあっけなく抜けた。
剣とも槍とも杖ともつかない、金色に輝く武器。
ニコルのブレスレットと似たような模様が刻まれているが、彼女の物かは……。

その時。
「ありがと、宇佐野くん」
「ニコル、心配したんだぞ!!」
「ごめんね。プリンシパリティ級上級強襲機甲に背後を取られて……宇佐野くんが気付かなかったら」
「……とにかく、無事でよかった」
「また来るわ!一気に敵の数を減らさないとだめね」

どうやら、不覚を取って少々苦戦していただけのようだった。
再び夜空に赤い光跡が走り、次々と爆発の華が咲く!
俺はそれをただ祈りながら見ている事しか……。


「力を貸して」


ニコルの声が、すぐ近くに聞こえる。
そうだ、ずっと……。


「心は、近くにいる」
きらりと光るペンダントの金貨を握り締めると、天に光る赤い星がひときわ眩く輝いた。


――2020/12/24、23:20 墨田区、東京スカイツリー上空


俺はその時凄まじいヴィジョンを見た。

飛んでいる。俺がニコルとひとつになっている。

真紅のエネルギーに満ちた両手のガントレットが竜の顎のごとく突き出され……。
次の瞬間、竜の吐息のような凄まじい威力のビームが夜空を貫いた。
「はあああぁっ!!!!」
「うおおおーっ!!!!」

穿ち、焼き、薙ぐ。
百を超える天使兵が爆散し、護衛円盤の一機が直撃を受けて大破する。

全神経が研ぎ澄まされる。そのまま振り返りつつの裏拳!
赤い光が刃となって飛び、パワードスーツに身を包むプリンシパリティ級とアークエンジェル級2体をまとめて両断!


「やっぱり、きみを連れてきてよかった」
「俺もだ。ただの人間でも、力になれて……」


そこからは圧倒的だった。
溢れる情緒と思念の速さで、俺たちは流星になった。


――2020/12/24、23:30 墨田区、東京スカイツリー上空


最後のスローンズ級護衛円盤が大輪の華と散った。
俺が見る限り残存戦力は……。
「アークエンジェル級機甲兵50足らずね、旗艦を叩きにいくわよ」
「よおっし、いくぞ!」

残りの天使兵はケルビム級旗艦の周囲に集結し防衛戦の構えだ。
放たれる一斉射撃の中、ビーム弾の雨を掻い潜り光子ミサイルを切り払って俺たちは飛翔する!

「「いっけえええーっ!!!!」」

赤い光の刃が天使兵どもを薙ぎ払い、次々と両断爆発!

さらに速度を上げ、旗艦に迫ろうと……その時、研ぎ澄まされた神経感覚が危険を告げる。
「「頭上っ!!」」
ケルビム級旗艦に備え付けられた獣の頭のような突起物……。
その一つから何らかの強いエネルギーを感じたのだ!
「砲台だったのか!」
「トリスアギオン粒子砲よ、あれはまずい!」

より一層感覚が研ぎ澄まされ、辺りの全てがスローモーションで動いているように感じられる。
天を引き裂く稲妻の束を急降下し、幾度も鋭角に曲がりながら、再び急上昇して振り切る!

「……よし!」「今よっ!!」

恐るべき雷光が収まった。
俺たちはむき出しの砲口に向け顎を……開く!
竜の吐息を浴びたケルビム級の一角が爆発し、艦の姿勢が揺るぐ。

「「よっしゃ!!」」

このまま一気に喉元に迫り、破壊する手筈だった。
だが……。


「奴らが散開陣形をとったわ、何かおかしい」
「どういうことだ……?」


――2020/12/24、23:35 墨田区、東京スカイツリー上空


俺たちは高度600mほどの位置でホバリングしている……いや、物理的には俺は下の駐車場にいるんだが。
そして、散開した天使兵およそ20とケルビム級旗艦を見上げる。
攻撃はない……その時。

「……来るわ」「何がだ」

旗艦下側のアームが四方に開き、その中央から何者かが降下してきた。
やはり白い噴射光の翼。こいつが親玉か。


『人間と手を組んでまでまたも我の邪魔をするか、ドラキエル!!』


高圧的な男の凄まじい罵声が脳内に響く。
「あいつは……!?」
俺の呼びかけを無視してニコルは返した。
「わたしに負けて逃げ出した身でよくもそんなこと言えるわね、アルビエル」
『貴様、よくもそんな口の利き方を……』

とりあえず奴の名前はわかった。
だがニコルとはどういう関係なんだ?

「宿敵よ。昔わたしが勝ったんだけど、また戦う羽目になるとはね」
「……宿敵」
「これはわたしの戦い。宇佐野くんを巻き込む訳にはいかない」
「ちょっと、待て……!」
目前の景色が薄れ、意識が地上に引き戻される。


最後に映った空中のヴィジョンは、剣を手にした白い竜がニコルの前に舞い降りる姿だった。
そういう事だったのか。


――2020/12/24、23:37 墨田区、東京スカイツリー付近 駐車場


赤と白の光跡が、赤竜と白竜が遥か空中で交錯しては離れる。
一度ぶつかり合うごとに、溢れ出すたった数時間の思い出。
5000年生きたというニコルにとってはそれも一瞬の出来事にすぎないのだろう。

……俺はそれを、今や見ている事しかできなかった。
あの時のウェールズでは彼女が勝っただろうが、今回もそうなるとは限らない。

何十度の交錯の果てだろう、二つの星が眩く輝き赤と白の光線が正面からぶつかり合う……竜の吐息だ。
二つのエネルギーが空中で干渉し合う!

ふと俺は恐ろしい事に気がつく。
トリスアギオンは精神力をエネルギーに変えると言っていた。
そんな武器であの大軍を相手にずっと戦っていたら、いくら彼女が人間でないといってもその消耗は……。
「ニコル!」


俺が次に見たのは、白い光が爆ぜると共に失速し落下していくニコルの姿であった。


――2020/12/24、23:45 墨田区、東京スカイツリー付近 駐車場


俺は走り続けた。
彼女の名を叫びながら。

「ニコル……ニコルっ!!」

弱々しい赤い光が、俺の目に入る。
凹んだ車のルーフの上で縮こまっているニコルの姿があった。
「おい、大丈夫か!?」
「ちょっと厳しいけど……なんとか」

翼の噴射光は弱々しく瞬き、今にも消え入りそうだ。

「宿敵だか何だか知らないが、一人で無茶するんじゃねえ!!」
「宇佐野くん……!!」
「ここまで来たら、俺も一蓮托生だ」
「……ありがとう」

真紅のスーツに覆われた手を伸ばすニコル。俺はその手を握り締める。

「聞いて、宇佐野くん」

「最大出力の『吐息』は後一発しか撃てない。でも」
「さっきみたいに、俺が力を貸せば……そういう事か!」
「いけると思う」

ニコルの翼が真紅の輝きを取り戻す!
それと共に俺たちの意識も空の高みへ昇っていく……。


『貴様ら、まだ生きていたか!!』
「「もちろんよ!!!!」」


――2020/12/24、23:48 墨田区、東京スカイツリー上空


その時の俺たちは、真紅の巨大な竜だった。
尽きぬ闘志、二人の想い、その全てが生み出した姿。

『おのれ……何処までも計画の邪魔をっ!!』

怨嗟の声と共にアルビエルが純白の巨竜に姿を変える。
くすぶらせた復讐心、人類への支配欲、そういったどす黒さがその姿に垣間見えた。

「いくぞ!」「もちろん!」
『愚かな……抵抗を!!』

空中で爪が激突し、尾の薙ぎ払いが繰り返される!
間合いを詰めては離し、背後の取り合いが激しく繰り広げられる!
そして再びのぶつかり合いから激しい接近戦……。
相手の爪正拳突きをクロスガードし、返しの爪クロスチョップを叩き込んだ!

『何処に、何処にこんな力が!?』
「人の祈りが、わたしに力をくれた……絆よ!!」
『何だと……!』
「人間を支配対象としか見てないあんたには分からないでしょうね!!」

体勢が揺らいだところにラッシュパンチ!相手は対応しきれない!

「俺からも言わせてもらう」
『悪魔に誑かされし矮小なる人の子が、今さら何と!』
「確かに人間は弱い、失敗することもある……!」

「だがそっから立ち上がって前に進むのが、人間なんだよぉーっ!!」
頭部に強烈なストレート!手応えあり!


「今よ!!」「行くぜ!!」
俺たちは紅に染まった顎を開き、力を解き放つ。
一方相手も白い光をこちらに向けて解き放ち……。


目も眩むような光と爆発が、俺たちの視界を覆った。


――2020/12/24、23:54 墨田区、東京スカイツリー付近 駐車場


二体の竜は地に墜ちた。
俺はまっすぐニコルの方へ向かう。
どうやら向こうの植えこみに墜落したみたいだが……!

「おい、ニコル!やったのか!?」
「……手応えは……あったわ」
植え込みの中から起き上がるニコル。
だが彼女の消耗はどう見ても明らかだ……!
「大丈夫なのか!?」
「あいつらを倒して計画を止めないと、二人でペンドラゴンのケーキ食べられないでしょ……」

そう言って彼女は不穏にアームを動かすケルビム級旗艦を指差し、再び翼を広げ舞い上がろうとする。
だが既により高く白い光が空に舞い上がっていた……アルビエルだ!

『ここまでだ』

奴が剣を突き出すと、切っ先にギロチンじみた十字の刃が生まれ、ニコルを狙う。

「逃げて!」

ニコルが叫ぶが、そんな選択肢はない。
ずっと握りしめていたこの武器がある、あの時の。
「まさか……無理よ、普通のホモサピエンスにトリスアギオン兵器は使えないわ!!」
「俺は『ウーサー』だ、やってみる価値はある!!」


『消え失せよ!』


……放たれた十字刃は……。

赤く燃える剣に切り裂かれ、霧散した。


――2020/12/24、23:57 墨田区、東京スカイツリー付近 路上


それは杖か槍のような形から勇ましい両刃剣へと形を変え、燃えるような赤いエネルギーを放っていた。
刻印も大きく変形し、刃の中央の部分は何かのアルファベットのようにも見える。
それは、まるで……。


PENDRAGON


「すげえ、本当に……!」
「宇佐野くん、もしかして」
『何故だ、何故人の子が!?』

上空から連続で放たれる十字刃を次々と切り払う!
ニコルもガントレットの爪から三日月刃を放ち応戦、徐々に押し始める!

だがケルビム級旗艦はまだ健在だ。
「あっちを潰さないと間に合わないぞ!」
「わかってるけど、こっちの攻撃もきついわ!」


俺は、賭けに出る事にした。


――2020/12/24、23:58 墨田区、東京スカイツリー付近 路上


全ての意識を自分と奴の剣先、その二点に集める。
そして一瞬に最大の精神を込める。
俺にはそう言った鍛錬の経験はないが、やるしかない。

神経が研ぎ澄まされ……!

今だ!

そう思った瞬間、俺の剣がひときわ強く輝き、奴に向かってビームが放たれた!
十字刃攻撃はかき消える。
そのまま剣を振るい、旗艦の表面をもなで斬りにする!

……だが火花と共にわずかに装甲が削れた程度で、さしたるダメージではない。
その前をアルビエルが勝ち誇ったようにホバリングする。
『このまま我が時を稼げば、計画は成就するのだ!』


そうはさせない。
だが心身ともに限界が近い。
残された手段は何だ?


「今度はわたしが、宇佐野くんに力を貸す番よ」


――5世紀半ば ブリテン島、ウェールズ某所


戦いの中赤い流星が二本の尾を引いて空を流れた。

軍勢を率いていた男が魔術師に尋ねた。あれは何を意味するのか。
魔術師はこう告げた。
この戦に勝たねばならぬ事、男の血筋は代々ブリタニアを治めるであろう事。

かの男こそ、後のアーサー王の父ウーサー・ペンドラゴンである。


――2020/12/24、23:59 東京都墨田区、東京スカイツリー付近 路上


「一人の力でできない事も、力を合わせれば……人間が今までしてきた事よね」

俺とニコルが二人で剣を握る。
『PENDRAGON』の刻印が黄金に輝き、燃えるエネルギーが長大な刀身に変わる!

「「はあああぁっ!!!!」」

高く掲げられた刀身はスカイツリーよりも長大な炎の刃となった。
軽く見積もっても666mはある!
二人の意思がシンクロした。
俺たち二人はその剣を袈裟懸けに二度振るう!


「「ペンドラゴン!!!!」」

『馬鹿な、あ、あああーっ!!!?』
ケルビム級旗艦の装甲が深々と抉られる!!


――2020/12/25、00:00 東京都墨田区、東京スカイツリー付近 路上


凄まじいエネルギーが巨大なケルビム級重宇宙旗艦に致命的なクロス斬撃を刻んだ。
そこから噴水のように黄金の粒子が噴出する。これは再起不能だろう。
「やったのか?」「そうみたい」


「「Merry……」」

ケルビム級旗艦が、大爆発して散った。

「「Xmas!!!!」」


その爆発は眩い八芒星となり、緑と赤にライトアップされたスカイツリーの上に輝いた。
周囲に降り注ぐ黄金のトリスアギオン粒子と相まってまるでベツレヘムの星を戴く巨大なクリスマスツリーだ。


その光景を俺たちは手を繋ぎながら眺めていた……。


――2020/12/25、00:02 墨田区、東京スカイツリー付近 路上


突然、俺のペンダントの金貨が輝いた。

(うーさー君)
(……まーりん……!?)
(勝ったんだね……うーさー君)
(俺だけの力じゃない)
(彼女ができたのねおめでと。メリークリスマス)


……そこで俺の意識は途切れた。


――2020/12/25、01:35 東京都足立区、アパート「明星」13号室内


俺が目を覚ましたのは、見慣れた自室のソファベッドの上だった。

「気がついた!やったー!!」
身を起こそうとするとニコルが無邪気に抱きついてきた。
さっきまでの戦闘服じみた姿ではなく、あの初めて会った時の姿で。
「落ち着けって」
「落ち着いてられるわけないでしょ、さっきまで気絶してたのよ!」
「人間がトリスアギオン使えば、そりゃそうなるか……」

俺はニコルと並んでソファベッドに座り込む。
よく眠ってそれなりに回復したはずだ。

「そもそも本来は使えるはずがないんだけどね……もしかしたら宇佐野くんはわたしたちの時代か、それよりもっと前の血を引いた遠い親戚なのかも」
「俺があんたたちの一族の血を引いてるから、あれを扱えたって?」
「まぁ、想像だけど」

テーブルの上にはペンドラゴンのケーキの箱が二つ置かれている。
「ニコル、あんたが取りに行ったんだな」
「そうだよー。あの子はね、全部知ってるみたいだった」

ニコルが片方の箱を開ける。
純白のレアチーズケーキの上にストロベリーソースで二つの尾の赤い流星が描かれていた。
多分まーりんが書き足したのだろう。
「……なあ」
俺は思っていた事をぶちまけることにした。

「気絶する前に俺はあいつの声を聞いたんだ」
「あいつって……ペンドラゴンの穂鞠さん?」
「そうだ、あいつはあんたを俺の……」

「なんなの?」「彼女だと思ってる」

胸の高鳴る鼓動を感じた。
俺のものか、ニコルのものか、両方か。


「あんたは俺を、どう思ってるんだ」


――2020/12/25、01:38 足立区、「明星」13号室内


「えっ……?」
「確かに5000年もの時を生きてきたニコルにとって、俺との出会いは一瞬の事かもしれない。でも」
「宇佐野くん……」
「……俺はあの戦いが、この出会いが、奇跡だと思ってる」

その間は一瞬だっただろうが、俺にはとほうもなく長い時間に感じられた。

「……わたしもよ、宇佐野くん。出会ってきた人間の中できみが一番、輝いてた」
「ニコル……!!」
「宇佐野くん……!!」


ニコルが俺を抱きしめてきた。強く、強く。
柔肌の感触と甘い匂いが全身に沁みる。
大きな翼で視界が覆われ、目の前が真っ暗になったかと思うと……。

唇に柔らかく湿った感触を感じた。


「……!?」
「しばらく……このままでいて……」


――2020/12/25、01:45 足立区、「明星」13号室内


それからはもう、怒涛のクリスマスパーティーだった。
ニコルもこう言ってるしな!
「これはもう彼氏と彼女といって問題ないじゃないの?今度こそケーキ食べましょケーキ!」
「よし、そうしようぜ!」

あらためて林檎ジュースを二人分のコップに注ぎ、自分のケーキの箱を開ける。
生クリームのトッピングにカラフルな各種ベリー類が乗ったフルーツケーキ。

「「かんぱーい!!」」

二人の息もぴったりだ。

「やっぱりペンドラゴンのケーキおいしいーっ!!」
尻尾をぴょこぴょこさせつつ美味しそうにチーズケーキを食べるニコルはやはり可愛い。
ところでニコルはペンドラゴンのケーキを食べたことがあるような口ぶりだが……?

「前にちょっとね……これあげるから宇佐野くんのも味見させてっ」
三分の一ほどになったチーズケーキを見せつけて俺のケーキを渡すよう迫ってくる。
あからさまに彼女面をしているが実質的には彼女なのでまぁ問題ないだろう。
「後一口食べたらな」「おっけー」


「美味しかったー」
「口にクリームついてるぞ」
「あらら」
ニコルは艶やかな舌をぺろり、と出して口の周りについたクリームを舐めとった。
その後ヴァイオレットの瞳で俺をじっと見ると、こう切り出す。
「ねーぇ、何か話したいことある?」
「ああ、たくさんな」


それから俺たちはいろんな話をした。
俺の知らない人類の隠された歴史、ニコルの知らなかった人間の文化、ニコルたちの祖先の事、世間話……。
さまざまなとりとめもない話を。


そして俺たち二人はあのソファベッドで身を寄せ合って寝る事にした。自然な流れだ。
二人で寝るには少々狭いが、抱き合えばそんなことはどうでもいい。
何より彼女の温もりを肌で感じられる。
「宇佐野くん……こんな時間が永遠に続けばいいね……」
「そうだな……もうここに住んじゃえよ」
抱き合ったまま何を語らい、何をしたのかも曖昧なまま俺は眠りに落ちた……。


――2020/12/25、08:15 足立区、「明星」13号室内


俺が目を覚ますと、ニコルの姿はどこにもなかった。
テーブルの上にも何も置かれていない……。
首から下げていたはずの金貨のペンダントも、二人でケルビム級旗艦を切り裂いたペンドラゴンの剣もない。

「……全部……夢だったのか……」

昨日の俺はいったい何をしていたのかという疑念と共に、陰鬱な気持ちで立ち上がる。
あたりを見回すと玄関のドアノブに見慣れない何かが下がっていた。

「……靴下?」

赤い、靴下。
そしてこの時期。
俺は奇跡を期待し、直感的にそれを取りに行った。


中に入っていたのは金貨。
正確には、金貨のついたペンダントだった。竜がレリーフされており、間違いなく……。
「夢じゃ……なかったのか」
そして一枚の手紙が添えられていた。


――――――――――――


宇佐野くんへ

きみがこの手紙を読むころ、わたしはすでにきみの前にはいないはずです。
二人の力であの恐ろしい計画は潰えましたが、いつまた天使たちが他の陰謀を企むかわかりません。
そこでわたしはまた情報を集めるために旅立ちます。
黙って出ていっちゃってごめんね、あとあの剣は宇佐野くんだと思って持ってくことにしたから。

でも安心して、グレゴリオ暦2021年12月24日にはまた戻ってくるからね。

“ニコル”ドラキエルより、愛をこめて


――――――――――――


読み終わる頃には、自然と涙が溢れていた。
「ニコル……あの馬鹿……っ!!」


――2020/12/25、08:30 足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


俺はあのペンダントを身につけ、着の身着のまま(さすがにコートは羽織った)外へ飛び出した。
そして何かに導かれるようにやってきたのがこの店……ペンドラゴンだった。

俺は店内へ足を踏み入れる。

店を出る誰かとすれ違った。

赤いコートに紫紺の髪、ヴァイオレットの瞳。
そしてこの感覚、間違いない。
俺は踵を返した。


向こうもこちらに気付き、走り出す。俺はそれを追う!
「なんでだ、なんで何も言わず姿を消した!」
「わたしだって、ほんとはずっと一緒にいたかったの!!」
「それはそれで、別れの挨拶ぐらいしてくれよ!」
「そうしたら、もう二度と会えなくなるような気がして……」

あいつは足を止め、こちらを向く。その瞳には涙が滲んでいた。

「あんたには泣き顔は似合わねえ。一年ぐらい余裕で待つぜ」
「……ありがとう」
「あんたこそ生きて帰ってこいよ!じゃあな!!」
「じゃあ、また来年逢おうね!!」


走り去っていく彼女の背中を、俺はいつまでも何時までも見送っていた……。



【完】


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スキするとお姉さんの秘密や海の神秘のメッセージが聞けたりするわよ。