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帰ってきた赤竜 #パルプアドベントカレンダー2021


――2021/12/23、19:10 東京都足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


「店長、約束通り明日夜のシフト開けてくれますよね?」「うーむ」

多くの洋菓子店の例にもれずこの小さな店「ペンドラゴン」もこの時期は忙しくなる。
そして店員は店長を除くとバイトの宇佐野……俺の事だ……と、もう一人しかいない。
だが俺は明日は休まねばならない。これは最優先事項で、なぜならば……。

「店長ーっ!!」噂をすれば。

彼女はもう一人のバイト店員で幼馴染の穂毬。通称まーりん。

「うーさー……宇佐野くんには遠距離恋愛の彼女と会う約束があるんです!!」

そういう関係と言い切れるかは微妙だが、まーりんは事情をだいたい察している。
そして店長は何だかんだでこの手の話に弱かった。

「……なら今夜は明日の分まで仕事してくれよ!」
「「ありがとうございました!!」」


(――グレゴリオ暦2021年12月24日にはまた戻ってくるからね)

忘れもしない……『あいつ』が、帰ってくる。


――2021/12/23、21:45 足立区、「ペンドラゴン」


「ところでさ」

俺たちの話題はいつの間にか地球への最接近が近づいたエル・エノク彗星の話になっていた。

「エル・エノク彗星の最接近って確かクリスマスだったっけ」
「……えーっと、ニュースでやってたな。最接近時間は確か24日未明から25日夜までだってさ」
「666年に一回地球に近づくんだよね……うーさー君、今回を見逃したらチャンスはないよ!」
「まーりん、お前もだぞ」

お前は昔からよく大きなイベントがあると楽しみで寝られずに当日寝坊するタイプだったよな。
そこまで言うとさすがに悪いかと思い、口にはしなかったが。
しかし666年周期か……『あいつ』は見た事があるだろうか?

「しかしまぁ、彗星とはな」

話に割って入ったのは店長だ。

「これは昔親父が言っていた話だが、ハレー彗星が来た時外国の何とかいう学者が彗星の尾に毒ガスが入ってるだの空気中の酸素がなくなるだのホラ話ぶち上げたせいで大パニックが起きた、らしい」
「「……はぁ……」」

そういえば昔読んだ国語の教科書にそんな話があったな。
そんなことを思っていると、店長はドアを開けて店外へ一歩踏み出した。

「空にほうき星が流れる時、世が大きく変わると言う……今回は何事もないといいんだが」

そんな大げさな。
開いたドアから見える夜空には一際明るく彗星が輝いていた。


――2021/12/23、22:02 足立区、「ペンドラゴン」


「宇佐野、そろそろ帰っていいんだぞ?」
「あっもうそんな時間でしたか」
「明日は大事な人と会うんだろ」

店の片付け作業をしていた俺に、店長が声をかけてくれた。

「そうでしょうーさー君。後はわたし達でなんとかするから……そうだ、これこれ」

まーりんは二人分のケーキが入った箱を俺に渡してきた。
「去年はいろいろあって大変だったけど、今年は……ね?」
「……何だよその表情は」
そういや去年のあの一件もだいたい把握されてるんだったな……。

「ありがとうございました店長!!……まーりんは風邪ひくなよー」
「うーさー君ったらもーっ」

帰る先はいつもと同じ安アパートだが、その足取りは心持ち軽く感じた。


――2020/12/23、22:13 足立区、アパート「明星」13号室


俺は冷蔵庫の中身を確かめていた。

「さて、明日明後日の分の食材は」
いつもは安く手に入った食材の自炊でやりくりしているが流石にクリスマスぐらいはいい食材で豪華なものを作りたい訳だ。
……奮発して外食に行くという選択肢は脇に置かれているのが悲しいところ。
「鶏肉が足りないな……」

他にも足りない食材があるかもしれない……が、腹が減った。
今夜はカップラーメンでも食べて、明日の朝に買い出しに出かけるか。


――2021/12/23、22:30 足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


夜遅くに店のドアを開けて、赤い服にサンタ帽の少女が入ってくる。

「すまないね、もうケーキは売り切れで……いや待て、君確か」
店主の言葉に穂毬が反応し、少女と目を合わせる。しばしの沈黙。
「きみ達の分ならもう届けておいたから、安心して」
「ありがとね!」

少女は快活な返事を返すと、再びクリスマスムード一色の街路へと消えていった。
その様子を遠くから赤銅色のコートを着た大柄な女性が見つめていた……。


――2021/12/24、00:05 足立区、アパート「明星」13号室


寒い。寒くて目が覚めた。

すきま風か?いや、寝る前にはそんな事はなかったし、そもそもそんな隙間……と俺が身を起こすと、鍵を閉めたはずの窓が少し開いていた。
これはもしや……。


「来ちゃった」
「窓ちゃんと閉めろ」


ソファベッドの横に立っていたのは紫紺の長い髪に、ヴァイオレットの瞳の少女。
一年ぶりに、あいつが帰ってきたんだ。


――2021/12/24、00:08 足立区、「明星」13号室


「待たせちゃったね」

彼女が上着を翻すと、鱗に覆われた翼と長い尻尾を持つ半人半竜のような姿があらわになった。
頭からは緩やかに湾曲した二本の角。
その神話的な見た目通り、人間ではない。

「いやまだ日付変わったばっかだぞ……まぁ座ろうぜ」
「はーい」
「ちょっと明かりつけてくる」

彼女……ニコル・ドラキエルと出会ったのは、ちょうど一年前の今日の事だ。
あの時は驚いたぜ、悪魔を自称する少女が俺のソファベッドで勝手に寝てたんだからな!
「でも嬉しかったでしょ」
「勝手に人の考えを読んで……結果的にはな」
否定はできない。
電気スタンドの薄明かりに照らされたニコルはガーネットのような真紅の翼と尻尾、紫紺に艶めくロングストレートの髪を揺らめかせ、それとは対照的な白い肌をドレスに包んでいる。
その美しさを表現する言葉は初めて出会ってから一年経った今でも見つからない。

「ところで宇佐野くーん、お腹すいたー」

しかもこんな綺麗な少女が既に彼女面しているのだ。


――2021/12/24、00:10 足立区、「明星」13号室


「言っとくが、今から飯作るのは無理だぞ」
「なんでー」
「今真夜中だし、朝になってから買い出し行くつもりだったから材料が全然ない」
「困ったなー?」

俺のほうを上目遣いで見つめてくるニコル。困ってるのはこっちだ……。

「カップラーメンなら、まだある」
「おーっ、聞いた事あるわねそれ」
「食べた事ないのか?」
「わたしの若い頃にはなかったし」
「今でも若いだろ!!」
まあ5000年も生きてるらしいし若いとか年取ったとかいう感覚がずれたりするのかもしれない。
あるいはニコルの事だからそういうジョークの類かもしれないが……。

しかし彼女が超古代の地球に移住した異星人の末裔だったって話を聞いた時は驚いたな。

「あっ、これ返し忘れてたわね」
「お湯沸かしてくるから、ちょっとその辺に置いといてくれ」
「いい感じの鞘見つけてきちゃった」
振り向いた俺の目に入ったのは一本の両刃剣。
今は竜が意匠された鞘に納まっているが、それでも凄まじい存在感を放っている。
「その鞘もトリスアギオンなのか?」
「そう。使わない時は剣ごと圧縮してキーホルダーとかにできる」
「キーホルダー」

トリスアギオン、地球外の物質だ。精神力を物理エネルギーにして変形させたりビームを撃ったりできるらしい。
……というか、去年俺も撃った。ニコル曰く本来普通の人間には扱えない代物らしいが……。
「あの時は宇佐野くんが気失って心配したんだからねー?」
「結構無茶したからな」
やかんをコンロの火にかけながら、去年の思い出話に花を咲かせる。
あの時は空飛ぶ円盤の艦隊がスカイツリーを……。
「まぁ、終わってみればいい思い出よね」
「そうだな……ただ」
「なぁに?」
「あの帰り方はちょっとずるくないか」
「だって別れの言葉を言うのつらかったから」

まあそういう訳で、今年もニコルがやってきたのだが。

「そろそろ湯が沸くから作り方ちゃんと読んどけよ」
「はーい」
今度もいろいろとありそうだ。


――2021/12/24、00:18 足立区、「明星」13号室


「で、湯を入れて待つ……手気をつけろ、火傷するぞ」
慌てて手を引っ込めるニコル。
「さて人の子の叡智の結晶の味やいかに」
「大仰な」

実際カップラーメンが彼女の口に合うかどうかという一抹の不安はあったんだが……。


――2021/12/24、00:21 足立区、「明星」13号室


「美味しい」「よかったな!」
「すごい」「俺もそう思う」
ニコルは翼をぱたぱた尻尾を振り振りしながら麺を口に運んでいる。
神話的存在の威厳はゼロだが、これはこれで可愛い。
「思うんだけど」「何?」

「3分でこの味なら、倍にしたらもっと美味しく」
「ならない!!」


――2021/12/24、00:30 足立区、「明星」13号室


ニコルのお腹も満たされたみたいだし、たくさん話したい事があるな。
……そういえば、店長から紅茶とハーブティーをもらったんだった。

「ということで、ペンドラゴンのハーブティーだ」
「やったー!」
「ニコルはほんとペンドラゴンが好きだよな」
「わたしにゆかりの名前だってのもあるけど……」
そっと肩を寄せてきて、続ける。
「あそこのお菓子、美味しいもの」
「……だな」
俺はハーブティーを一口飲み終えると、軽く言葉を返した。
落ち着く風味と香りが口の中に広がる。

「ねぇ」
ニコルの呼びかけにふと振り向くと……。
「なんだよ」
彼女が俺の首筋に手を回してきた。
「そのままわたしの目を見てて」
吸い込まれそうなヴァイオレットの瞳。
それが目の前まで近付いてくる。
そして。


ニコルの唇は、ハーブとはまた違う甘くて不思議な香りがした……気がする。
あれ、俺は結局何を話したかったんだ?


――2021/12/24、00:42 足立区、「明星」敷地内


アパートの庭に明らかに住人とは思えない雰囲気を纏った女性の姿。
不思議そうに建物を見つめている。

「ええと、ここで間違いないのよね?それにしても、どういう成り行きなのかしら……」

そのような事をぶつぶつと呟きながら、女性は赤銅色のコートを翻し戸口の方へと姿を消していった。


――2021/12/24、同時刻 足立区、「明星」13号室


「しかし、まんまとしてやられたぜ」
「何言ってんの、宇佐野くんも嬉しそうだったじゃない」
「ははは……」
「宇佐野くんわたしの彼氏なんでしょ。もっと積極的に……ん?」
「どうした急に」
「誰か来る」
そう言うなり、ニコルが立ち上がった。
同時にドアをノックする音。

こんな夜遅くに誰だろう、ニコルの知り合いか……?

「あー、あんたもしかして!」
「ニコちゃーん、元気してたー!?」

勝手に招き入れるんじゃない。


――2021/12/24、00:45 足立区、「明星」13号室


部屋に入ってきたのは、赤銅色のコートを羽織ったアッシュブロンドの大柄な女性だった。
軽く190cmはあるだろうか、ただでさえ狭い部屋がさらに狭く感じられる。

「彼氏ができたんですってね、ニコちゃん」
「そうなのアリー、せっかく来てくれたんだし紹介しようかな」
俺を置いて話を進めるな。アリーって誰だ。

「おいおい、ちょっと待て」
俺の一言に反応したのか、大柄な女性がこちらを向いた。
炎のように赤い瞳が俺を見つめる。
「可愛い子じゃないの。宇佐野くん、だったわね」
彼女がしゃがみ込み、こちらに右手を伸ばす。
小麦色の肌に黄金色のブレスレットとアンクレットの輝きが際立っている。


「あたしはアリアン・ネフィラよ。気軽にアリーって呼んでいいわ」


そう言うと、彼女は大きな手で俺の手を取った。
ニコルが何か言いたそうにしているが、まずは状況を整理する必要がある。


――2021/12/24、00:50 足立区、「明星」13号室


「で、アリーはニコルとはどういう関係なんだよ」
「幼なじみというか、お姉さんみたいなものね」
そういうことらしい。

「ちょっと、宇佐野くんはわたしの彼氏だから手出しちゃだめ!」
ニコルが俺にしがみついて抗議の声をあげる。
「そういうニコちゃんこそ、宇佐野くんとはどの辺までいってるのかしら?」
おいおいおい。

「とにかく俺を挟んで喧嘩するのはやめろ。ニコルは俺の彼女。以上だ」
「彼女認定いただきましたー!!」
「ちょっとからかってみただけなのに……」
これでよかったのか?


「思い出した、今日はワインを持ってきたのよ」
アリーに言われて気付くと、テーブルの上には既に赤ワインの入ったグラスが並んでいた。
いつの間に……。


――2021/12/24、00:55 足立区、「明星」13.3号室


俺は一応二十歳過ぎてるし酒も飲んだことある、これくらいは問題ない。
ただあの二人が酒飲んだ結果は正直予想がつかない。

「酒の勢いで既成事実作っちゃえばいいのよ?」
「アリーそれで成功したことあったっけ」
これはひどい。
「いつもいい所までいくんだけど……」とか言いながら飲み始めたアリーを無視して、俺はニコルと肌を寄せ合って二人で飲む事にした。


「乾杯」
「かんぱーい」


ニコルの肌の温かみを感じる。
彼女と一緒なら何十分でも、何時間でも飲み続けられる気がした。


――2021/12/24、00:90 足立区、「明星」13.3号室


「……寝ちゃってた?」
いつの間にか俺の肩にもたれて舟を漕いでいたニコル。ちょうど今気が付いたばかりだ。
「あー、そろそろ寝るか?」
「んーっ、そうする……」
ニコルは立ち上がろうとしたが、よろめいてしまった。
「大丈夫か?肩貸すぞ」
「ありがとね」
鱗に覆われた背中に手を回すと、柔らかい胸が俺の肩に当たった。
翼と尻尾のせいか、彼女の体は見た目より重く感じる。

ふと横を見るとアリーが半裸で潰れていた。あいつは放っておこう。

ニコルをソファベッドに座らせた時、ふとあることに気付いた。
「ペンドラゴンの剣がねえ」
「えっ」
確かに本棚のところに立て掛けておいたはずなんだが……。
「どうしちゃったのかな」
「まぁあんな大きな物すぐ見つかるだろ、今は寝よう」
「そうね」


こうして俺たち二人はソファベッドで互いの温もりを感じながら抱き合って眠りに落ちた。
去年と同じように……。


――2210/21/33、14:65 東京都足立区、「マィテスマ」ルぺャチドンラグ


……そんな日々が続き、俺とニコルも洋菓子ペンドラゴンで正式に働く事になった。
そして俺たちは遂にこの日を迎えた……。

バージンロードを歩くウエディングドレス姿のニコルと、タキシードを着てそれを壇上で見守る俺。
俺の前まで来たニコルは幸せそうに整った顔をほころばせる。

「今のわたし……とっても幸せ」
「ああ、俺もだ」

厳かに式は進んでいった。
牧師が俺たち二人の名を読み上げ、式辞を述べる。
「この二人の結婚に異議のある者は今すぐ申し出なさい」
「ないならば……」

その時。


「この結婚、異議あり!!」


――2210/21/33、14:80 足立区、「マィテスマ」ルぺャチドンラグ


出席者の一人が立ち上がり、大声で異議を唱えた。
あの顔は……まーりん!?

「うーさー君!」
「どうした急に」
突然の事態に、俺たちは顔を見合わせた。
穂毬も俺たちの結婚を祝福していたはずじゃ?
そんな俺とニコルの困惑をよそに、あいつは声を張り上げる。

「目ぇ覚ましなさい!わたし達の世界が何かに侵略されてんのよ!!」

式場内がにわかにざわつき始める。
「ちょっとちょっと何言い出しちゃってるのよ穂毬ちゃんはー、結婚式ぶち壊すつもりかしら?」
眉根を寄せたのはアリー。
俺の家族もなんかひそひそ話を始めた。
「厳粛に!神の御前です……」
牧師が混乱を収めようとするが、その顔は引きつっている。

一方俺の中には穂毬の言葉に、この状況に何か引っかかるものを感じた。
そして出席者の中でただ一人、この状況で落ち着き払った人物の存在に。


――2210/21/33、14:90 足立区、「マィテスマ」ルぺャチドンラグ


彼はゆっくりとした動作で席から立ち上がった。
(……店長……!?)
「私からも一言言わせてもらおう」

「結婚というのは、お互い一生の付き合いって事だ。相手をよく見て、細かい所まで気を配ってやって……」
「そういう説教臭い話するタイミングじゃないでしょ今」
アリーが口を挟んだが、店長の言葉には有無を言わさぬ説得力があった。
「何事も、その場の雰囲気に流されちゃ駄目だ。物事の本質を理解する力」

言葉の一つ一つが、俺の中で引っかかっていた違和感と嚙み合う。

「……そして時には、初心に帰る事だな」


――2210/21/33、14:95 足立区、「マィテスマ」ルぺャチドンラグ


初心に、帰る……。
俺の脳裏にニコルと初めて出会った時の記憶が鮮明に蘇る。

勝手に部屋に上がり込んでソファベッドで寝ていたこと。
俺が焼いた鶏肉を美味しそうに食べていたこと。
ウェールズの赤竜本人(?)を名乗ったこと。
そして……。

「えー、それではこれより新郎新婦の誓いの言葉を……」
牧師はあれだけの騒ぎがあったのに強引に式を進行しようとしている。
その様子は明らかに不審に見えた。


(おいニコル、おかしくないか?)
(…………!!)
俺はニコルの目を見る。何かを感じ取ったように彼女も見つめ返してきた。
(あんたキリスト教式の結婚式とかするやつじゃないだろ)
(奇遇ね、わたしもそう思ってたわ)
(それじゃあ、この結婚は……)
(わたしと宇佐野くんの仲でしょ、言わなくても気付いてるんじゃない?)

「……病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで……」


――2210/21/33、14:97 足立区、「マィテスマ」ルぺャチドンラグ


その時俺たちは、すべてを思い出した。

「誓いますか?」
「「否!!!!」」

動揺する牧師を目の前に、俺たちは光に包まれた。
立ち上がった穂毬から、店長からも二人に輝きが集まっている……!
やがてその光は二人の手指に収束し、黄金に輝く一組の指輪となった。

「うーさー君、わかってるよね」
穂毬が。
「後は君たちの仕事だ」
店長が。
「……だいたい状況はわかったわ。ならやることは決まりよね?」
そしてアリーがこちらに視線を向ける。

「「「合言葉は……」」」

『PENDRAGON!!!!』

その言葉と共に俺とニコルは同時に腕を突き上げた!!


――2210/21/33、14:98 足立区、「マィテスマ」ルぺャチドンラグ


俺の指輪とニコルの指輪が触れ合い、激しくスパークを放つ。
その中から宙を舞い、回転しながら足元に落ちてきたのは鞘に収まったペンドラゴンの剣!
柄に手をかけると、鞘の内側から光が溢れた。


「わたしたちの答えはこれよ」


ニコルは一歩踏み出すと、持っていたブーケを牧師に向け放り投げた。
そして俺と一緒に柄に手をかけ、二人で剣を抜く!
『PENDRAGON』の刻印が紅く輝き、式場内の空間が軋む。

俺たちは剣先を突き出し、バージンロードを逆走!!


――2210/21/33、14:99 足立区、「マィテスマ」ルぺャチドンラグ


空間に激しいノイズが走るとともに、あれだけいた出席者たちも皆姿を消していた。
……アリーを除いて。
「よくも……あたしを嵌めたわねぇ!?」
「グフゥ!!」

後ろでは鈍い音と牧師の呻き声が聞こえる。

気付けばニコルの姿もウエディングドレスから胸元と背中を大きく開けたいつもの服装に戻っていた。
「急いで脱出しましょ、宇佐野くん」
「言われなくてもだ」
『PENDRAGON』の刻印が白銀に変わり、剣の切っ先が鍵のような形状にモーフィングする。

銀の鍵を扉の鍵穴に突き入れ、二人で……回した!!


――2210/21/33、14:100 ERROR100 グランドチャペル01マスティマ10


鍵穴から、白銀の光が溢れ出す。

扉は音もなく開き、その向こうには光の路が続いていた。

俺とニコルは迷いなく床を蹴って外へ飛び出す。
アリーもそれに続いた。
その一呼吸後……。


式場は空間のノイズに散り、跡形もなく消え去っていた。
俺たちは輝きに包まれ何処までも昇っていく……!


――2021/12/24、15:40 東京都足立区、アパート「明星」13号室


気付けば俺たちは元のアパートの部屋に戻ってきていた。

「つまり、わたし達はずっと夢を見させられてたわけ」
「不覚だった……しかし誰がこんな真似を」

「……天使だ」俺の口から自然に言葉が漏れる。

よく思い出せば怪しい点はいくらでもあった。
いつの間にか消えていたペンドラゴンの剣。
薄明かりでも遠くからはっきりと見えたアリーの人相。
突然現れいくら飲んでも無くならなかったワイン。
……あらゆる事に説明がつく。

「何かはわからねえ、けど何かから目を逸らさせようとしてる……ニコル、アリー、心当たりないか!?」


――2021/12/24、同時刻 東京都足立区、グランドチャペル「マスティマ」


チャペルの上空には、身の丈100m近くあろうかという巨大な天使の姿。
純白のローブに黄金に輝く装身具と翼、全てを見通すような碧眼は荘厳と呼ぶに相応しいものであった。

その時、チャペルの尖塔にスパークが走り頂上が砕け散る!

それと同時に天使の姿にもわずかにノイズが走った。


――2021/12/24、15:43 足立区、アパート「明星」13号室


真っ先に声を上げたのはアリーだった、
「そうよ、確かあたしはエル・エノク彗星の定点観測のために来たのよ」
「俺も思い出した、ニコルにエル・エノク彗星を見た事はあるかって世間話をしようとしてたはずだったんだが……」
「宇佐野くん、アリー、それって……!」

「「「エル・エノク彗星がすべての鍵」」」

その結論に達した時、インターホンの連打音が響いた。
「うーさー君!うーさー君ー!!」


――2021/12/24、15:45 足立区、アパート「明星」13号室玄関


玄関を開けて外に出ると、息を切らしたまーりんが立ち尽くしていた。
その首からは竜がレリーフされた金貨のペンダントが下がっている。

「そのペンダントは……!」
「店長が持っていきなさいって。それよりこれ!!」
まーりんが示したスマホ画面には、『エル・エノク彗星地球衝突か』のニュースが表示されていた。
だが、にわかには信じがたい。

「その話が本当なら、どうしてパニックが起きてないんだ?」
「多分、あいつのせいだと思う」

まーりんが指差す先には、黄金の翼を持つ巨大な純白の天使が浮遊していた。

(……滅びを恐れてはいけません……)
(……天の裁きを受け入れ、偉大なる神を信ずれば救われます……)

「ときどき声が聞こえるのよ、頭の中に。もしかしたらみんな……」
「そういうことだったのか。で、衝突するとどのぐらいの被害が出るって?」

「その事だけれど」アリーが神妙な面持ちで口を開いた。


――2021/12/24、15:47 神奈川県相模原市、宇宙科学研究所管制室


何台ものコンピューターから弾き出されたシミュレーション結果がモニタに出力される。
それはどれも一様に冷酷な答えを映し出していた。

――軌道を変更したエル・エノク彗星は東京湾内に落下、東京湾沿岸と23区は沈没し余波で関東一都六県が壊滅する――


――2021/12/24、15:48 東京都足立区、アパート「明星」13号室玄関


「「「関東消滅!!?」」」

「恐らくあいつは衝突寸前に彗星を破壊して、救世主を気取るつもりよ」
「アリー、彗星の軌道を変えたのも?」
「その通りね、ニコ」
何たるたちの悪いマッチポンプか。

「じゃあどうする気?」
まーりんが訊ねたその時、空を赤黒い何かの大群が覆った。
俺の直感だが、あれは鳥ではない!

ふと、アリーが何かを手に握り構えるのを見た。


――2021/12/24、15:50 足立区、アパート「明星」13号室玄関


一瞬後、おぞましい咆哮と共に赤黒い飛行体が俺たちめがけて迫り来る!
それは燃える光の矢に射抜かれ、撃ち落とされた。

「何?何なの!?」
戸惑うまーりんをニコルに任せ、アリーに目をやる。
右手に鈍色の閉じた蕾のような道具を構えている。先端からは炎のように輝く発光体が露出していた。

「まだ来るのね」
アリーは光線銃らしき道具から熱線を連射し、飛行体を次々爆散させる!
最初の一体は半分炭化して動かないが、赤黒い肉塊に薄汚れた白い繊毛がびっしりと生えた姿はこの世のものとは思えない。

「ニコル、一体これは」
「確か……レギオン級有機攻撃機。天使軍の生体兵器よ」
「ニコ、第一波は乗り切ったけどこの数じゃね……」
アリーが戻り、ニコルと顔を見合わせる。


(……悪しき霊を恐れるなかれ……)
(……神の御名において護ります……)

あの天使が黄金の翼を広げると散らばった羽根一つ一つが光の粒となり、無数のホーミングレーザーと化して赤黒い飛翔肉塊の大群を薙ぎ払った。

(……神を信じなさい、私を信じなさい、さすれば救われます……)


「……黒幕を倒すしかないってことだな」


――2021/12/24、15:54 足立区、アパート「明星」13号室玄関


「それって、また去年みたいに無茶するってこと?」

俺の言葉に、まーりんが心配そうに返してきた。
「大丈夫だ……絶対無事に戻ってくる」
「約束だよ、うーさー君」
「ああ、だからまーりんは俺の部屋で待ってろ」
「……わかった」
俺は懐から金貨のペンダントを取り出し、首にかける。
ニコルと、まーりんと揃いの。


13号室の扉を閉じる時、一瞬ペンダントが強く輝いた。


――2021/12/24、16:00 足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


俺たちはとりあえず勝手知ったる「ペンドラゴン」を間借りし、作戦会議を始めた。

「で、今回の黒幕に思い当たる節はあるか?」
まずは敵が何者なのか確認する、そうしないと始まらない。
「あんな卑劣で悪質な手を使うのは、マスティマ以外考えられない」
「天使軍の幹部かつ汚れ仕事専門……そういう奴だったわね」
どうやら正体はすでに分かっているようだが……。

「ニコルから聞いた話だと、天使ってみんな卑劣で悪辣なんじゃないのか」
「ニコこの子に何話したのよ……とにかく、マスティマは飛び抜けてヤバい。引く」
「それってどういう」
「地上に悪行や戦乱の火種を自らばらまいて、それを理由に人類種を出来損ない呼ばわり」
と食い気味にアリー。
「天使達の目的は基本的に人類の支配だけど、あいつはその過程で人類を弄ぶ事に喜びを感じてる節があるみたい」
ニコルが付け加えた。
そりゃドン引きだぜ……。

「とにかく彗星を何とかしなきゃいけないわ。でもあたしだけだと奴を抑えておけない」
「つまり?」
「彗星を破壊している隙に、マスティマがよからぬ動きをする可能性が高いってこと」
頭を抱えていると、ニコルがある提案をしてきた。

「天使軍のトリスアギオン増幅装置がまだ使えるはずよ、そのエネルギーで彗星を落とす」


――2021/12/24、16:10 足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


「それは、こっから南西のあの巨大な電波塔のこと?」
「そう。一公転周期前の天使軍の襲来はアリーも知ってるでしょ」
「ケルビム級旗艦まで来たらしいわね」
「あの後調査したら、電波塔内部に秘密裏にトリスアギオン増幅装置が設置されていたわ。奴らは洗脳電波の広範囲送信目的で置いたんだろうけど、利用できるかも」

去年の出来事の記憶がつい昨日のように蘇ってくる。

「というわけで、彗星の方はこっちが引き受けるわ。アリーはマスティマを何とか」
「ちょっと待ってニコ。いくら増幅装置があるからって、その装備で星を落とすのは無理じゃない?」

だが俺にはニコルの策に確証があった。何故なら……。

「大丈夫だ、これがある」
俺はアリーの前にペンドラゴンの剣を差し出し、抜いて見せる。
「宇佐野くんそれは……トリスアギオン兵器!?出力は高そうだけど」
「普通のホモサピエンスには無理……そういう事だろ?」
「大丈夫よアリー、わたしたち二人が力を合わせれば」
ニコルもアリーの目を見つめそう説得する。

「去年ケルビム級を落とした武器だ、威力は十分なはず」
「あそこの土地勘ならわたしたちの方があるわ、だから彗星は任せて」
「……わかった、マスティマはあたしが何とかする」

話はまとまった。


――2021/12/24、16:17 足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


大まかな作戦はこうだ。

アリーがここでマスティマと戦って気を引いている隙に、ニコルと俺が東京スカイツリーまで飛んで増幅装置とやらを作動させる。
ペンドラゴンの剣のエネルギーと俺たち二人の精神力をビームに変えてエル・エノク彗星を破壊する算段だ。


「で、誰か質問ある?」
ニコルが皆を見回して問う。
「さっきから思ってたんだが、アリーはどうやってあのでかぶつと事を構える気なんだ?」
「そのことなら心配ないわよ、まぁ見ればわかるわね」
両腕のブレスレットを確かめながらニコルは事もなげに返す。
特に問題はなさそうだ。

「装備よし」「装備よし」「俺もいける」

その時店の奥から店長が姿を見せると、一言口を開いた。
「……君たち、無事に帰ってきなさいよ」
その言葉には、有無を言わさぬ『重み』があった。


俺たちは無言で頷くと、静かにドアを開けて店を出た。


――2021/12/24、16:20 足立区某所、路上


俺は剣をキーホルダーサイズに圧縮して懐に忍ばせた。

ニコルが翼を広げると、鱗が滑らかなボディースーツのように変化して全身を覆い、頭はシャープな流線形のヘルメットのようなものに隠された。

そしてアリーはあの鈍色の蕾のような形の武器を握り、高々と掲げた。


『ネフィリムーッ!!!!』


裂帛の叫び声と共に蕾が展開し内側の発光体が露になった瞬間、周囲が凄まじい輝きに包まれる……!!

光が収まった後現れたのは、空中から遠くの国道に降下しコンクリートを踏み砕いて土煙を噴き上げながら着地する巨大なアリーの姿だった。
全身はボディースーツのようなものに包み、肩から胸にかけてをプロテクターで覆っている。
体を赤銅色と金色のファイアーパターンが彩り、燃えるように赤い目が兜と一体化したバイザーの奥で輝く。

「あれは……巨人……!!」
「驚いてないでこっちも行くわよ、つかまって!」
ニコルは俺を後ろから抱きかかえ、両翼から真紅のジェット光噴射!
たちまちのうちに空に舞い上がる。


(……おお見よ!巨大なる悪魔の、災いの姿を!!)
「ふざけんじゃないわよッ!!」


マスティマが黄金の翼を広げ無数のホーミングレーザーを発射!
「はあッ!」
それをアリーは赤く燃える光の剣を伸ばしことごとく切り払う!

戦いの始まりを横目に、俺たち二人が目指すは東京スカイツリー……!!


――2021/12/24、16:45 東京都墨田区、荒川上空


「ああもう、鬱陶しい!」
「どうにかならないのか!?」
ニコルはジグザグ飛行を繰り返す。
その理由は振り返る度に後ろに見える赤黒い群れ……レギオン級有機攻撃機だ。

ニコルの翼のジェット光が収束し、後方に無数の紅い尾を引く光子ミサイルが放たれる!
飛行肉塊が次々と爆散!

「正直わたし一人なら何てことない相手なんだけど、運びながらってなるとこれぐらいしか」
「とにかく数を減らさねえと……」
「こうなったら急降下するわよ、気をつけて!」

今まで以上に速度を上げる彼女の両腕に俺は必死でしがみつく!

「河川敷で迎撃するわ!!」


――2021/12/24、同時刻 足立区某所


アリアンとマスティマの激しい攻防はいまだ続いていた。

「はぁッ!」アリアンが光剣からビームを放ち。
『フンッ!』マスティマが光の杖を手元で回転させそれを弾く!

両者地面を蹴って滑るように肉薄、同時に仕掛ける!一合二合三合!!
初めは拮抗するも、徐々にアリアンが押していく……。

「たあぁーッ!!」『クッ』
マスティマの光の杖が弾き飛ばされ、空中で霧散!
だがアリアンの光剣は手甲に受け止められる!
「うあッ!」
エネルギーを帯びたカウンターパンチを腹部に受け、吹っ飛ばされるアリアン。

『フフフ』マスティマは上空へ飛翔!
「やってやるわ」アリアンも納刀するとプロテクターを変形、光の翼を発生させて後を追う!


――2021/12/24、16:47 墨田区、荒川河川敷


俺たちはいったん河川敷に着地、忌まわしいイナゴじみたレギオン級の群れを迎え撃つ。

「バックアップ頼んだわよ、宇佐野くん!!」
「よし、分かったぜ!!」
目の前にはブレスレットを大きな爪付きのガントレットに変形させたニコルが立っている。
俺が彼女に祈ると、首から下げた金貨のペンダントが輝きだした。

ニコルが重ねて突き出した両手を左右に開くと、真一文字の紅い光が煌めく。
「はああぁっ!!!!」
その手を上空に突き出すと、竜の吐息のような凄まじい威力のビームがレギオン級を一気に薙ぎ払った!!

「やったな!」
「ええ。でも……ちょっと時間がないわ」


――2021/12/24、同時刻 足立区上空


マスティマとアリアンは空中で激しく幾度も交錯!

『フヌゥーッ!!』「はあぁーッ!!」

再び高速飛翔で距離を離すと、マスティマが手を突き出し白く輝く光弾を複数発射!
しかしアリアンは動作を見切り、ブレスレットから稲妻の矢を放って相殺。
空を揺るがす連鎖爆発が起こる!

射撃戦では決着がつかないか。
アリアンが再び間合いを詰めようとした時、彼女はある事に気付いた。
(不味いね……!)
マスティマを釘付けにしておく手筈が、南西に誘導されている。


「早めにけり付けるよっ!!」
《エリアル クロー》
ブレスレットとアンクレットを猛禽じみた鉤爪に変形させ、大きく回り込んでマスティマの進路を塞ぐ!


――2021/12/24、16:55 墨田区、東京スカイツリータウン


そういえば例の増幅装置とやらの所までどうやって行くかは聞いていなかった気がする。
「ずいぶん飛ばしたが……こっからはどうするんだ?」
「スカイツリー地下駐車場の業務用エレベータで秘匿された地下二階に行くわ」

そう言うとニコルはゴーグルの奥から目配せした。

「あの一件以降天使軍はスカイツリーから手を引いてるはずだけど、一応気をつけてね」
「ああ、もちろんだぜ」
その時、北の空で稲妻のような爆発が見えた。

「アリーも……うまくやってるみたいね。急ぎましょ!」


――2021/12/24、同時刻 葛飾区上空


『小癪な真似をしますね……フンッ!!』
「あんたこそ卑怯な手を……ッ!!」

マスティマの放った光弾をガントレットで弾いて逸らすアリアン。
しかしマスティマは今までにない量のホーミングレーザーを発射!こちらが本命!

『フフフフ!我が勝利です!!』

アリアンはきりもみ回転上昇!レーザーを振り切るつもりか……?
否!ガントレットとアンクレットが纏う稲妻が全身を覆い、それが紫電のバリアへと変わる!!
「はああぁーッ!!」『何いっ!?』
ホーミングレーザーが全て弾き返される!

アリアンはその体勢から電光の速度で急降下飛び蹴り!
マスティマは対応しきれず空中で大きく体勢を崩す。


「食らいなさいッ!」
《エリアル クロー スラッシュ》
『アアアアーッ!?』
紫電を帯びた鉤爪が突き出され、マスティマの純白のボディを切り裂く!
怒涛の連撃になすすべもなく地上に墜落!

『……貴様……貴様だけは……』
「その化けの皮、剥がしてやるわよ」
墜落してもなお立ち上がるマスティマ。傷口からは血潮じみた赤黒い火花が噴き出している。
空中のアリアンが腕を前に突き出す!

「たあぁーッ!!」
《エリアル ライトニングアロー》
紫電の矢が立て続けにマスティマを貫く!
その純白のボディに激しいスパークとノイズが走り……。


『ブオオオォーッ……!!!!』


爆風の中から姿を現したのは歪な爬虫類と哺乳類のキメラじみた異形の有翼巨人だった。
「……正体を現したわね」


――2021/12/24、16:58 墨田区、東京スカイツリー付近 路上


しかし、業務用エレベータか……そう簡単に忍び込めるものなのか?

「地下駐車場まで潜り込めればわたしが何とかする、大丈夫よ」
「わかった、何とかしてみる」
とは言ったものの、いい手は見つからない。
……その時。


『ブオオオォーッ……!!!!』


大地が揺れ、耳をつんざくおぞましい叫び声。
「まさか……!?」
突如ニコルが俺を抱え上げ上昇する。
目に映ったのは、悪魔を通り越して魑魅魍魎や悪鬼羅刹としか形容できない姿の巨人と、それと相対するアリーの姿。
「もしかしてあれって」
「……マスティマよ。もうなりふり構わないみたいね」

地上に降りると、あたりが急に騒がしくなってきた。

「怪獣が出た!!」
「荒川の向こうがやばい!!」
「こっちに来るかもしれない……!!」

騒ぎは徐々に大きくなりつつある。パニックになる人も出ているようだ。
「おいニコル」
「何か思いついた?」
「……この騒ぎのどさくさに紛れて忍び込む」


――2021/12/24、16:59 東京都葛飾区、荒川河川敷


それは、『邪悪』の物質的顕現であった。

全身はぬめるような万色に黒光りする鱗で覆われ、長い指の先には血のように赤い鉤爪。
それが白骨じみた冒涜的で攻撃的な意匠の鎧に覆われている。
狼とも猿ともつかぬ頭部は山羊にも鹿にも見える奇怪な形状の角を生やし、それが兜じみた形となって顔の大半を覆っている。
碧く透き通っていた眼はチアノーゼめいて青黒く濁り、黄金に輝いていた翼は赤黒い血の色を廃油で彩ったようなおぞましい斑。

何より恐ろしいのは胸部に露出した心臓めいて蠢く歪な肉腑であり、これがマスティマの醜悪さをかきたてていた。


『ウアーーアァァ……ウアーーアァァ……!!』
災害警報サイレンじみた叫び声を上げ、マスティマが構える!

「……やってやろうじゃない」
《クラッシュ ナックル》
ブレスレットとアンクレットを鋲打ち手甲と脛当てに変形させ、真っ向勝負の体勢!

『ブオオォーッ……!!』マスティマは獣性をむき出しに鉤爪を振りかざす!
「……たあぁーッ!!」アリアンは小刻みのブロックでいなし、キックを放つ!


――2021/12/24、17:05 墨田区、東京スカイツリー 地下駐車場


「何とかうまく潜り込めたみたいだな。で、ここからは?」
「わたしが案内するから心配しないで。あっ、剣はいつでも出せるようにしといてね」
「わかった」
そして、言われるがままニコルの後をついていくと。

「確かここらへんに……あった、これよ」
『非常用発電機No.00』と書かれている。これが増幅装置なのか?
そう思っているとニコルは装置の穴に何かが刻印されたキーを差し込んだ。
「これでよし」
その直後どこの言語かわからない音声アナウンスと共に壁がスライドし、その奥からエレベータが現れた!

「このエレベータで増幅装置のある地下二階へ行けるわ、乗りましょう」
「よし!!」


――2021/12/24、同時刻 葛飾区、荒川河川敷


「たあったあったあったあーッ!!」
『ウアーウアーウアーアァーォ!!』
アリアンとマスティマの激しい打撃応酬が……。

「はあぁーッ!!」

破られた!
マスティマの手刀をかいくぐりアリアンのストレートパンチが胸部を痛打!
『ブオオォッ!?』
マスティマは後転して衝撃を逃がすが、ダメージは避けられない。
間合いを取りながら青黒いエネルギー弾で反撃するが、アリアンはこれをジャブで砕く!


「……無礼なめるなよ」
『ウアーーアァァ……!』
叫び声と共にマスティマが振り上げたのは、青黒くスパークする一本の光剣。


――2021/12/24、17:08 墨田区、東京スカイツリー 地下2階


「着いたわ」
隠しエレベータから地下二階に降りるとすぐ、白い壁とそれに沿った円環モニタ、そして中央に柱のような装置のある宇宙船の中のような空間に出た。

「すげぇな、この真ん中のでかいのが増幅装置か?」
「そうよ。今起動するから宇佐野くんは剣を!」
俺は腰に下げた鞘からペンドラゴンの剣を抜く。

刀身に刻まれた『PENDRAGON』の刻印が赤く輝き、白一色の部屋を照らした。
それと同時に、壁の全方位モニタが上空から地平線まであらゆる角度を映し出す!


「メインシステムが起動したわ!彗星の様子はどう?」
「まるで火の玉だ!明らかにヤバい」
上空モニタにはすでに暗くなった空を今にも突き破ってきそうな光が映っている。
……あれがエル・エノク彗星か。

「早く破壊しないとまずいわね……えっ、何これ」
「どうした?」
「あっちの映像を見て」

そこに映っていたのは、明らかに劣勢に立たされているアリーの姿だった。


――2021/12/24、同時刻 葛飾区、荒川河川敷


『ブオオォーッ!!』
マスティマが青黒の光剣を振るうと、それがセグメント分割し蛇めいてうねり襲い掛かる!
「はぁーッ!はあぁーッ!!」
アリアンは手甲でさばき、あるいは紙一重でかわそうとするが変幻自在の攻撃の全てを防ぐことはできぬ。
さらに分割された光剣が散弾のごとくアリアンに浴びせられた!

『……ウアーアァァ!』「くあぁーッ!!」
全弾をまともに受けよろめいたアリアンにマスティマは追撃でエネルギー弾を放つ!
ノーガードで直撃したアリアンはついに地に倒れこんだ……。

「ぐっ……!」


――2021/12/24、17:10 墨田区、東京スカイツリー 地下2階


事態は、悪化するばかりだった。
「どーすんだこの状況!?」
「アリーを援護するにも、まずは増幅装置の起動を終わらせないと……!」

とりあえず、今はニコルに任せるしかないようだが……。

「統一ルシフェ星系語の文法なんてうろ覚えだから無理よ、ガイア地球の言語は……」
「ヘブライ語、ラテン語……案の定日本語がフルサポートされてない!」
どうすんだ俺はラテン語なんてわからんぞ。
「英語ならサポートされてるわ、いける?」
「……何とかするしかない!」

モニタの下に映っている判読不能な文字が英数字に変換された。
どうやらシステムが英語対応したらしい、だが……。

《POWER EMPTY》

「今の音声は何だ」
「エネルギーが無いのよ。早く剣を」


――2021/12/24、17:12 葛飾区、荒川河川敷


マスティマは立ち上がろうとするアリアンの胸元を片手で掴み、爪を首筋に容赦なく食い込ませる!

『ブオブオォーッ……!!』
「うぐっ……うぐっ……!」
締め上げられるたびにアリアンの体から力が失われ、対するマスティマは胸部のおぞましき肉腑を強く鼓動させる。
アリアンのエネルギーを吸収しているのだ!

『ブオオォー……』
愉悦するがごとくその顔を醜く歪ませたマスティマはもう片手を掲げる。
赤黒いオーラが迸ると共に現れ夜空をなお黒く覆うあの大群は……。
何という事か!レギオン級有機攻撃機の大群である!!


――2021/12/24、17:13 墨田区、東京スカイツリー 地下2階


ペンドラゴンの剣は増幅装置の台座にあつらえたように収まった。
もしかしたら自ら変形したのかもしれない。

《BOOT UP/40%》

「これが100になったら撃てるんだな!?」
「細かい調整とか必要だと思うけど、この勢いなら間に合う!」
「アリーの方はどうだ」
「方位U-40モニタをコンソールに……何よこれ!!」

ニコルの絶叫に、俺も剣から離れU-40番モニタを確認する。
黒いイナゴじみた大群が荒川周辺に集まり、アリーとマスティマの戦いの行方はよくわからない。

「またレギオン級か!」
「よくない状況ね」


――2021/12/24、17:14 葛飾区、荒川河川敷


『ウアーアァ……ウアーーアァァ!!』
「うっ……ぐはぁッ……」
マスティマは仰向けに倒れたアリアンを繰り返し足蹴にする。
さらにアリアンの背後には赤黒い肉塊の群れがひとところに集まっていく……。

何たるおぞましき地獄のごとき光景か。
レギオン級の群体は一塊ののたうつ巨肉と化し、幾つもの泡めいた単眼を発生させるとアリアンに狙いを定める。
(まずい……ッ!?)
アリアンは転がって離れようとするが、マスティマの痛烈なローキックを受ける!
「ぐあぁッ!!」

背後から巨大レギオン級が薄汚れた白色の繊毛を海棲生物めいて無数に伸ばす。
無防備を晒したアリアンの体は容易く絡めとられてしまう。
彼女は抵抗しようとするが、体は痺れと共に力なく痙攣するばかり。
生体電流攻撃を受けているのだ!


「うぐっ……このままじゃ……」
『ブオッブオッブオォー……ッ』


――2021/12/24、17:15 墨田区、東京スカイツリー 地下2階


「今U-40モニタにアクセスしてるわ、宇佐野くんは剣を握ってて!」
「言われなくてもだ!」

《BOOT UP/50%》

だがさすがに俺一人ではきつい。まだエネルギー量は半分だ。
「U-40モニタ、解像度クリア!……えっ、噓でしょ」
「何があった……おい、アリーが!」
壁面の大型モニタには、汚れた繊毛に絡みつかれ力なく肉塊に頭から沈んでいくアリーの姿が映し出されていた……!

「このままじゃアリーが食われちまうぞ、手はないか!?」
「エネルギー波長を切り替えてアリーに照射すれば回復させられるかも」
「間に合うか」

《BOOT UP/60%》

「この調子だと、二人の力でも厳しいわね……」


ニコルの顔に沈痛な表情が浮かぶ。
もう、手遅れなのか……?


――2021/12/24、同時刻 東京都足立区、アパート「明星」13号室


「まだ……帰ってこないの……?」
アパートの一室に残された穂毬は案じていた。

「うーさー君」宇佐野を。
「ニコルちゃん」ニコルを。
「アリーさん」そしてアリアンを。

「みんな……無事に帰ってきて……!!」

その切なる祈りに共鳴するがごとく、胸元の金貨ペンダントが輝いた!


――2021/12/24、同時刻 足立区、洋菓子店「ペンドラゴン」


何時ものクリスマスイヴとはうって変わって、誰も訪れぬ静寂に包まれた店内。
今や残っているのは店長だけだった。

「……『審判の時は来たれり』か」
「悪いが、もう少し先延ばしにしてくれないかな」

「……あの子達のためにも……!!」

祈りの語気が強まるとともに、彼の胸元に光が灯る!


――2021/12/24、同時刻 墨田区、四ツ木橋付近 路上


多くの市民が避難を終えていたが、対岸からこの戦いを見ていた者も多かった。
そしてその多くが絶望していた……が、そうでない者もいた。

若者の一人が突然大声でヤジを飛ばす。

「……おいそこのでけぇ姉ちゃん!そこでくたばってる場合かよ……お前はあの悪魔と戦うんじゃなかったのか!?」

それにビジネスマンらしき男が続く。

「そうだ!あんたが倒れたら世界もおしまいだ!!」

カップルらしき二人も。

「そんな気持ち悪いぶよぶよなんてぶちのめしちゃってー!!」
「最後はヒーローが必ず勝つっ!!」


『立ち上がれ!!』『負けるな!!』『がんばれ!!』

その掛け声が多くなるとともに、空に光が舞い散る。
地上から逆さに黄金の雪が昇っているかのように……!


――2021/12/24、同時刻 葛飾区、荒川河川敷


汚らわしい肉塊が開口し、赤黒く蠢く体内へと頭からアリアンを引きずり込んだ。
彼女は抜け出そうとするが、肉壁の重量と手足に絡みつく繊毛がそれを許さない。
ずるり、ずるりと力なく上半身が体内に吞み込まれていく。

(……もう……駄目なの……?)
『ブオォーッブオッブオッブオ……ッ!?』

絶望するアリアンを前に響くマスティマの哄笑……。
それが、止まった。


――2021/12/24、17:16 墨田区、東京スカイツリー 地下2階


「……諦めるの?」
「……諦めたくは、ない。アリーを助けたい」
「わたしもそう思ってた。やるだけやってみましょう」

だが実際のところ二人の精神力で最速充填しても満タンまで二分以上かかる。
照射までの最終調整にかかる作業も考えると……。
「相当ギリギリね……待って、これどういうこと」

《BOOT UP/95%》

「ニコル、外周モニタを見ろ!」
「これは……トリスアギオン光子!?いったい何でこんなに……」
黄金に輝く光の粒が、東京中からスカイツリーに集まっているのがモニタ越しに見える。

《BOOT UP/97%》

「多分……奇跡だ」
「そうね」

《BOOT UP/99%》

「いくぞ!!」「ええ!!」
俺たちは二人で同時に剣の柄を握り、心をひとつにする!

《BOOT UP/MAXIMUM》

「すでにトリスアギオン・マグナニューム波への変換は開始済み、30秒で撃てるわ!」


――2021/12/24、17:17 葛飾区、荒川河川敷


周囲の市街地から黄金の逆さ雪が天に昇っていく。
それは異星より地球にもたらされたトリスアギオンの光であり……
……紛れもなく人々の祈りの力である。

そしてそれは、アリアンにも奇跡をもたらした。

(……聞こえる)
(あたしを応援する声が、帰りを待つ想いが)
「……あたしは、まだ終わらないよッ……!!」

残された力を振り絞り両足を大地に踏ん張る。
両の肩と肘に力を込め貪欲に全身を呑み込まんとする力に抗う!

『ウアーーアァ……ウアーーアァァ……!?』

マスティマが追い打ちをかけようと迫ったその時、空の彼方から一条の光がアリアンに向けて放たれた!
光を受けたアリアンの体は炎めいて輝き、その眩さに怯んで後退するマスティマ。

「……はあぁーッ……」
アリアンの手甲が熔鉄めいて橙色に燃える。
「たああぁーッ!!!!」
《クラッシュ ナックル インパクト》
そのまま肉塊の中に拳を叩き込み、爆発的エネルギーを体内で開放!


巨大レギオン級の頭部が内部から破裂、連鎖的に全身が爆散して炭化した破片と化す!
アリアンは煙の中から光を纏ってネックスプリングで立ち上がった!


――2021/12/24、同時刻 墨田区、東京スカイツリー 地下2階


俺はニコルと一緒に増幅装置のコンソールに張り付いてその様子を見ていた。
「やったー!成功よ!!」「ああ、やったぜ!!」
アリーが光を纏って立ち上がった時、俺たちは思わずハイタッチした。
壁面のモニタにもアリーの雄姿がはっきりと映っている。

これで残る仕事はひとつだ。

「今度こそエル・エノク彗星を破壊するわ」
「よし、急ごう!」

モニタに映った彗星は、明らかに前より明るくなっている。
急がないとな……。


――2021/12/24、17:18 葛飾区、荒川河川敷


『ウアーアァァー!!』
「たああぁーッ!!」
マスティマとアリアンはダッシュで間合いを詰め、正面から激突!

「たあったったったったあーッ!!」
『ウアーアーアーアァァーォッ!?』
アリアンの激しいラッシュ攻撃に、今やマスティマは防戦一方だ。
「はあぁーッ!!」
強烈なボディブローが腹部に入り、大きく後退!
『ブオオォッ!?』

アリアンは手甲を熔鉄めいて輝かせると、拳を大きく引いて力を溜める。
「はああぁーッ!!!!」
《クラッシュ ブレイジングスフィア》
突き出されたアリアンの拳から燃え滾る橙色の光球が放たれた!

マスティマは腕を交差させ直撃に耐えるが……。
『……ブオオオォーッ!?』
衝撃で白骨じみた装甲が一部砕け飛ぶ!
だが肉体は無事。何たる執念か。
青黒のエネルギー弾を乱射し反撃を試みる!

「たあッ!」光の刃が閃き、その全てが切り払われた。

《フォトン ソード》
「ケリつけてやろうじゃないの」
アリアンの手には黄金に輝く光剣!
『ウアーーアァァ……!!』
マスティマも叫び声と共に青黒にスパークする光剣を振り上げる!


両者黄金と赤黒のオーラを纏うと翼を広げ……
……剣を構えて空中に舞い上がる!!


――2021/12/24、17:19 墨田区、東京スカイツリー 地下2階


エル・エノク彗星破壊作戦は、ついに最終段階を迎えていた。
「トリスアギオン粒子砲、メインシステム起動」
「コンソールモニタ同期完了」
「宇佐野くん、エネルギー量はどのくらい?」

《BOOT UP/90%》

「90いってる……が、俺一人じゃきつい!」
「もう90%!?わかった、わたしも一緒に!!」
もう一度二人で剣の柄を握りしめる。
俺とニコルだけじゃない。
まーりんの、店長の、アリーの、いや……。

世界の存続を願う、すべての人の想いが流れ込んでいる気がした。

《BOOT UP/MAXIMUM》

「「よしっ!!」」
ニコルがコンソールを操作すると、増幅装置のパワーラインが一際輝き始めた。

《SYSTEM OLL GREEN》
《TARGET LOOK-ON》

エル・エノク彗星を映したモニタの一つがロックオン画面に切り替わる。
「トリスアギオン粒子砲発射準備、完了!」
「これで撃てるのか」
「わたしの合図で同時にレバーを引くわよ」
撃ち方は案外単純なようだ。


「「三、二、一さん、にい、いち……!!!!」」
《 FIRE 》


――2021/12/24、17:20 墨田区、荒川水上


空中で一瞬の交錯の後、両者着水。水飛沫が上がる。
先に翼を広げたのはマスティマであった。アリアンが膝をつく。
赤黒く汚れた翼で夜空高くへと飛翔せんとするマスティマ。

……その時!

マスティマの左翼が根元から赤黒い火花を散らし、折れ爆ぜる。
『ブオアーアァーッ!?』
片翼を失ったマスティマはそのまま墜落し、背中から荒川に落水!
そしてゆっくりとアリアンが立ち上がり、振り返る……。
「これで決める」

アリアンは両腕のブレスレットを眼前で合わせると、左右の腕を上下にずらす。
ブレスレットが黄金に輝き、両手首の間に縦一直線の光が!
マスティマも膝立ちの体勢を取り、全身の赤黒いオーラを解き放つ。
それを破れかぶれとばかりに両腕に集め、前に突き出した!


《ネフィリムフォトンバースト》
裂帛の叫び声と共にアリアンの腕から黄金の光の奔流が放たれる!

「ネフィリムフォトンバーストォォーッ!!!!」
『ウアーーアァァー!!!!』

災害警報サイレンじみた叫びと共にマスティマも暗黒の光線を放つ!
黄金と赤黒の光線がぶつかり、せめぎ合う。
そして……。


『ブッ!ブオッ!ブオオォー!!!!』
黄金の光がマスティマの胸の肉腑を貫いた。
邪悪の具現が、八芒星の輝きと共に内側から砕け爆ぜる。
その火柱が、クリスマスイヴを祝う花火のごとく川面を彩った……!!


――2021/12/24、同時刻 墨田区、東京スカイツリー上空


緑と白にライトアップされた東京スカイツリーに、今は黄金の輝きが加わっている。
人々が起こした、クリスマスの奇跡である。

その頂から空に向けて一筋の光の矢トリスアギオン粒子砲が放たれた。
恐るべき、滅びの星を射抜くために。
人々の想いに応えるために。

おお、見よ……。
それは天を貫き、大気圏を超え、衛星軌道上まで達する。


そして地球に迫る凶星エル・エノク彗星を……射抜いた!
核が砕け散り、破片は蒸発して天上の塵となってゆく。
その様子は、地上からでもはっきりと見えた事だろう。


――2021/12/24、17:22 墨田区、東京スカイツリー 地下2階


「……やったわね」
「ああ……正直、もう疲れた」

《TARGET VANISHED》

ロックオン画面には『目標消滅』の文字が点灯している。
モニタ越しの空にも、もう彗星の光はない。

「まぁここまで持たせた宇佐野くんの精神力もすごいわよ、ここ出たら抱えて部屋まで飛んでってあげるから」
「……全部……終わったんだな」
ぐったりと床に座り込む俺。
別のモニタには街の人々に手を振るアリーの姿が映し出されていた。


「帰りましょ。『わたしたち』わたしの彼氏の家に」
「そうだな、帰ろう」


――2021/12/24、18:15 東京都足立区、アパート「明星」13号室


部屋に帰ってくると、まーりんが今にも泣き出しそうな顔で詰め寄ってきた。

「うーさー君……無事だったんだね……!」
「……まーりん?」
「……良かった……うーさー君生きてた……!!」
そう言うと、まーりんは俺の胸に飛び込んできた。
「……ニコル、どうすればいい?」
「そっとしておいてあげて」
そうして、俺はしばらく生まれたての小鹿みたいになったまーりんに寄り添っていた。
……幼馴染って、こういうもんだったな。


――2021/12/24、18:20 足立区、アパート「明星」13号室


まーりんがようやく元気を取り戻したので、聞きたい事があった。

「疲れたからちょっと風呂入りたいんだけど電気ついてるんだよな、誰が使ってる?」
「今アリーさんが入ってるよ」
「……あー、そういう事か」

さすがにあんな目に遭ってしまっては、一刻も早く体を洗いたい気分は想像に余りある。

問題はこの後の段取りだ。
ニコルと部屋でクリスマスパーティーをやりたかったのだが、マスティマとかいう奴あの腐れ外道のせいで何もかも台無しだ。
これからパーティーをやるにしても、準備をする気力体力がないし食材だって足りない。
どうしたものか……。
「何浮かない顔してるのよ」
「聞いてくれニコル、実はだな……」

その時、風呂場のドアが開いてアリーが出てきた。
「……んーっ、いくら洗ってもきれいになった気がしないね」
「心中察するぜ、アリー」
「そういう宇佐野くんこそしけた顔してんじゃないの、英雄でしょ!剣掲げなさい!」
「あー、その件なんだが込み入った事情が」

俺はアリーとニコルに訳を話した。

「だったらこのあたしに任せなさい。ニコちゃんと彼氏のためなら買い出しくらい余裕で行ってあげるわよ」
「……本当にいいのか?」
「こういう時はパーッと祝勝会よ。お金全部あたしが出す」
「よし任せた」
「アリーこういう時頼れる」


そういう訳で、その間に俺は風呂に入って体を休めることにした。
「ニコも一緒に入ったら?」とかいうアリーの声が外から聞こえてきたが、まさかニコルが本当に真に受けて入ってくるとは……。


――2021/12/24、19:15 足立区、アパート「明星」13号室


「そろそろ服を着ろ、風邪ひくぞ」
「体の丈夫さが違うのよ」
「……それだけの問題じゃないんだが」

風呂上がってからずっとアクロバティックな巻き方のバスタオル一枚で過ごしているニコルに服を着ろと迫り続け数分が経過した。
そんな身のない時間の中……。

「帰ってきたわーっ!!」

アリーが帰ってきた。
持っている麻袋には大量の食材とワインボトルが二本入っている。
丸鶏など、少し部屋のキッチンでは調理が難しいものもあるようだが……。
「とことんやってやる」


「ニコル!料理作るからまーりんが風呂出るまでに服着て待ってろ」
「はーい!」


――2021/12/24、19:30 足立区、アパート「明星」13号室


キッチンに立った俺は、しばし考え込んでいた。

まずこの丸鶏だが……このまま調理はできねえぞ?
まあばらせば普通の骨付き鶏肉になる、問題ない。

それとこれは……ロブスター。
正直料理した事はない。普通に茹でるのが安牌か?
ただ鍋を占拠しちまうからな……

それとサーモンの切り身。
これはいろいろと使えるやつだな、使えすぎて逆に迷う。

野菜類は……特に難しそうなのはないな!

さてこれをどうするかだが、まずは鶏をばらさねえと。


――2021/12/24、19:40 足立区、アパート「明星」13号室


……そういえばハムとゆで卵が冷蔵庫に残ってたな?
じゃがいもと玉ねぎがここにあるし、ポテトサラダだな。

ならまずは芋を電子レンジに……しまった、問題があるんだった!
「まーりん、まだ風呂入ってるか!!」
「もう出た!!」
「だったら風呂場の電気消してくれ!!」
「今消したーっ!!」

危うくブレーカーが落ちるとこだったぜ……。
この間にロブスターを茹でて、ハムと野菜を切る!


――2021/12/24、19:50 足立区、アパート「明星」13号室


マッシュポテトよし玉ねぎよし人参よしハムよし、調味料入れて混ぜる!
後は盛り付ける時にレタスとゆで卵でいい感じにするか。

……後はこのきのこと残った玉ねぎを使って…。
ロブスターどかせば鶏肉と同時に焼けるな?

「もうすぐ一品目できるぞーっ!!」


――2021/12/24、19:56 足立区、アパート「明星」13号室


「一品目!ポテトサラダ」
「「「ぱちぱちぱち」」」
既に人数分のフランスパンと食器が置かれたテーブルに彩り豊かな皿が乗せられると、皆が小さな拍手を送る。
「二品目!ロブスター丸ごと茹でたやつ」
「「「おおーっ」」」
茹でて二つ割りにしただけなのに反響大きくなってないか?
「なんか……ごめん」
「そういえばそうだよね」

気まずい空気も一瞬流れたが……。

「焦がす前にキッチンに戻る。まだ料理はあるからな!」
「期待して待ってる!」


――2021/12/24、19:57 足立区、アパート「明星」13号室


「あっ、いい匂いがしてきたわよ!」
「懐かしいわねー」
そんな声が聞こえてきた。

鶏肉の焼ける香ばしい香りが部屋に漂い始める。
脂がじゅう、と音を立てて弾けた……いい感じだ。
……去年も、こんな感覚だったな。

そして隣のフライパンのホイル包みも、いい頃合だ。


――2021/12/24、20:00 足立区、アパート「明星」13号室


こんがりときつね色に焼き上がった骨付きの鶏肉が皿に盛られテーブル上に追加される。
「これが皮つき鶏肉の塩焼き」
「この料理が宇佐野くんとニコちゃんの思い出ってほんと?」
「ほんとほんと。胃袋掴まれちゃった」
そんなに重要なポジションの料理だったのか……。

「最後はこれだ、サーモンの香草ホイル焼き」
アルミホイルの包みを開くと、ハーブとレモンスライス香るサーモンの赤い身にエリンギとしめじ、玉ねぎのつけ合わせ。
オリーブオイルの具合も悪くない。
「ちょっとちょっとーっ、絶対美味しいやつじゃない!」とアリー。
「これはお菓子作らせても上手いやつよねー」まーりんも続く。

「宇佐野くん、早く隣来て一緒に食べようー?」
ニコルまでこう言い出しては、もはやテーブルを囲む以外の選択肢はない。
俺はニコルの隣に座ると、ワイングラスを手に取り……。


「乾杯しようぜ!」
「「「かんぱーい!!!」」」


――2021/12/24、20:22 足立区、アパート「明星」13号室


あれだけ作った料理もさすがに四人もいると見る見るうちに減っていく。
皿の八割がたは食べ終えられていた。ニコルが鶏肉を齧る。

「ところで思い出したんだがまーりん」
「なに?」
「バイトほっぽり出してきて平気なのか?」
「そのへんは大丈夫。店長が『今晩くらい一人で回す』って言ってた」
その話で思い出したんだが……。
「洋菓子ペンドラゴンの箱が冷蔵庫にもう一つ入ってたが、あれは……」
「あたしよあたし。足りないと思ってフルーツタルト人数分買ってきたわ!」
やっぱりアリーだったか。

「ところで、料理の感想は」
「サーモンがいい香りに風味付けされててセンスあるわね」
アリーがサーモンのホイル焼きを口に運びながら答える。
「ロブスターはシンプルだけどソースまでこだわってるやつ!」
「溶かしバターが定番らしいけど、マヨネーズソースだとカニ感覚で食べられるよね」
ニコルとまーりんが好感触だ。二種類ソース作っといてよかった。
「で、外カリカリ中ジューシーの鶏肉の合間に」
「ポテトサラダがめちゃくちゃ合う」
「ねぇ宇佐野くん、こんな料理いつも作ってるのー?」

ニコルが俺に顔を近づけて尋ねてくる。
言っとくがいつもはこんな豪華なの作ってないからな!


――2021/12/24、20:30 足立区、アパート「明星」13号室


すべての皿が空になり、代わりにテーブルの上には紅茶とケーキが運ばれる。

「やったー!ペンドラゴンのケーキーっ!!」
ニコルは想像通りはしゃいでいる。
「ワイン追加入りまーす」
アリーはすっかり出来上がっていて、ぴっちりした服の胸元を大きくはだけて小麦色の肌を晒している。
前閉めろ……まあいいか。

ちなみにまーりんは三杯目から林檎ジュースに切り替えた。

「これが俺とニコルの分」
「今年はお揃いになってるよ」とまーりん。
箱を開けて出てきた二つの純白のレアチーズケーキの上には、ストロベリーソースで二つの尾の赤い流星が描かれていた。
それを彩るようにラズベリーやブルーベリーなどがトッピングされている。
「「すごい……」」
ニコルだけでなく開けてみた俺も思わず感嘆した。

「あたしが買ってきたのはこれよ!」とアリー。
色とりどりのベリーやフルーツが乗ったタルトが二つ……三つ、いや、四つも!
「ちょっと買いすぎちゃったみたいねぇ」
「足りないよりは問題ないでしょ。店長も助かるし」
人数以上のケーキが乗ったテーブルを前にまーりんが温かいフォローを入れる。

「ペンドラゴンのケーキっていつもおいしいーっ!!」
「よかった。店長に後で伝えとくね!」
尻尾をふりふりしながら嬉しそうにケーキを口に運ぶニコル。
ときどき俺の背中に尻尾の先が当たる。
俺も一切れケーキを口に運ぶと、甘酸っぱい幸福感が広がった。


「ところでさ」
アリーはタルトを一口齧ると、しばらくして口を開いた。
「ニコちゃんに日本首都圏エリアの観測担当やってほしいって話来てるけど、受ける気ない?」
「えっ、それって……?」
「あの子が良ければ、ずっと彼氏といっしょに過ごせるってことよ」
そう言うとアリーは視線をニコルから俺に向ける。

「俺はそれでいい」
「……ニコルはどうなんだ」

ニコルの方を振り返り、目を見つめて向かい合う。
彼女は黙って縋り付いてきた。甘い匂いが全身を包む。
「もう……黙ってどっか行ったりしない」
その言葉と共に彼女の腕の力が強くなり、顔が近づく。

俺がニコルの唇をそっと塞ぐと、柔らかく確かな感触が返ってきた。


――2021/12/24、20:45 足立区、アパート「明星」13号室


「つーわけでニコルがうちに住む事になった」
「仕事先は洋菓子ペンドラゴンの店主と知り合いだからそこー」
「あーっ、二人ともお熱いねぇー!!あたしも早くいい男見つけないと!!」
「そんな事よりみんな窓見て、雪降ってるよ外ー!!」

宇佐野、ニコル、アリアン、穂毬……。

それぞれの想いを乗せてクリスマスイヴの夜は更け行く。
そしてそこには奇跡の証、ペンドラゴンの剣が確かに輝いていた。


Merry……Xmas!!!!



【帰ってきた赤竜:完】



▼こちらの企画の参加作品です!▼

あとがき

POOLさんからバトンを引き継いで12/10担当はこのわたし、無銘海姫こと無銘お姉さんよ!!

……はてさて今回も25000字オーバーという凄まじい文章量になってしまったわけですが。

今回は魚屋さんで行かず百合要素も大幅に減らしました。
去年のクリスマスに出遅れで投げ込んだアレの後日談です。ずっと温めてたやつなので良かったら前日談(一年前)もぜひ見てね……。


↑前日談

……というわけで初見でもついていけるように序盤では主人公のモノローグで設定が振り返られてるのよ。
そしてまた鍵となるスカイツリー。今回は巨大戦も同時進行させたかったから「主人公とニコルがスカイツリーで四苦八苦してるカット」⇔「アリーの荒川巨大戦カット」を時点テロップで切って交互に出すという荒業をやってるのよね。
アリー呼びとアリアン呼びが混在してるのは、後者が使われてるカットが三人称視点になってるから。

……これでも同カット内で一人称視点と三人称視点を混ぜない程度の奥ゆかしさはあるわよ!?

わたしの書くパルプに出てくるヴィランのイメージカラーに白が多いのは、摂取した特撮の影響が否めないわね(仮面ライダーだとクウガとかウィザード、ウルトラマンだとガイアとか)


Q:チャペル飛び出す時のニコルのモーション、元ネタあるよね?
A:向きが違うけどね。他にもいろいろあるので探してみて。
Q:洋菓子ペンドラゴンの店長重要人物っぽいのに名前出てこないの何で?
A:仕様よ。彼は謎に包まれた人物ね。


明日12/11担当はazitarouさん『今夜、接近遭遇に染まる。』よ!
楽しみにしててね!!



スキするとお姉さんの秘密や海の神秘のメッセージが聞けたりするわよ。