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#15 ジーコ・スピリットのもとに堅実経営のアントラーズ(2020年度Jクラブ財務分析その4)

公認会計士のゆうと申します。
数あるnoteの記事からご覧いただき、ありがとうございます。

前回はヴィッセルの財務分析をしていきましたが、今回はJ1の2021年シーズンを4位で終えたアントラーズについてみていきたいと思います。

今回利用する指標の定義や計算方法は、#11をご覧ください。また、利用している財務数値はJリーグのHPの経営情報の開示数値を利用しています。

お時間のない方は、目次から6.まとめをご覧ください。

1.アントラーズの決算書の概要について

以下の画像はアントラーズの簡単なプロフィールや決算書等の概要をまとめたものになります。

2020年度決算は、PLの営業収益はJFL所属だった宮崎を除く全56クラブ中5位、営業費用は全56クラブ中5位とJリーグ上位の運営規模となっています。また、新型コロナウィルスの影響により入場料収入が減少する一方で選手報酬は契約に沿って発生するため、規模の大きいクラブが軒並み影響を受けるなか、アントラーズも大きく影響を受けて当期純損失945百万円と全56クラブ中56位(J1クラブ中18位)となりました。

当期純損失の主要因として以下の①~③が挙げられます。

試合関連損益(入場料収入-試合関連経費):前決算478百万円から当決算137百万円と341百万円の減益
スポンサー収入:前決算2,303百万円から当決算2,061百万円と242百万円の少
その他の収入:前決算1595百万円から当決算540百万円と1,055百万円の減少

このうち、①、②は新型コロナウィルスの影響によるものと推測できますが、③は初見ではその他の収入という科目名から原因を把握することができません。そこで③の売上の内容について考えていきたいと思います。

翌年度の予算を考える際に、イレギュラーな事象が想定されない限りは当期純利益になるように設計することが基本となります。また、アントラーズは親会社が上場会社の㈱メルカリであることを考えると、仮に①、②が前期ベースの計上を見込んだとしても見込営業収益が営業費用を下回る形になることから、③も予算設計段階である程度の計上が見込める収入であると考ることができます。

それでは、③のその他の収入には何が計上されているのでしょうか?その他の収入は賞金、移籍金収入、サプライヤー契約収入、ファンクラブ・後援会収入、イベント出演料、その他により構成されています(#7参照)。

このうち、賞金・移籍金収入・イベント出演料は予算設計時に見込み計上しない収入であり、サプライヤー契約収入、ファンクラブ・後援会収入は安定的な収入で例え新型コロナウィルスの影響があったとしても大きく減少することは考えにくい収入であることから、③はその他に該当する売上であると推測できます。

その他に該当する売上として、アントラーズは茨城県立カシマサッカースタジアムの指定管理者であることからカシマサッカースタジアムの指定管理者による収入ではないかと窺えます。

指定管理者になると、以下の❶~❸の収入を得ることができます。
❶茨城県から受け取る指定管理料(アントラーズは維持管理費を負担)
❷スタジアム利用者から受け取る利用料収入
❸スタジアムを利用した自主事業収入

このうち、❶はスポーツ庁が2018年5月に開示している【スポーツ分野における民間資金・先端技術 の活用推進と先進事例の横展開等 (民間資金を活用したスタジアム・アリーナ整備等)】によると、最大年間80百万円の収入を受け取ることが確定している売上である一方、❷、❸が新型コロナウィルスの影響で計上額が左右される売上であると窺えます。なお、❸はカシマサッカーミュージアム、カシマウェルネスプラザ、アントラーズスキンケア、アントラーズスポーツクリニックといったカシマスタジアム内での事業収入となります。各施設のHPを見ると、2020年は新型コロナウィルスの影響で営業の自粛や営業時間の縮小がなされていたことが確認できます。
以上、❷、❸がその他の収入の減益要因であり、新型コロナウィルスの影響によるものだと推測されます。また、❷、❸の減益による影響額は、362百万円(当期純損失945百万円-①の減益分341百万円-②の減益分242百万円)以上と推測されます。

したがって、当期純損失の要因として挙げた①〜③は、全て新型コロナウィルスの影響による減益が要因であり、クラブ運営が怠慢になったというよりはイレギュラーな要因によるものだったと窺えます。

ここで、Jリーグが開示しているクラブ個別経営情報のクラブ決算一覧から2005年以降のアントラーズの過去の決算数値の内容を表でまとめてみました。

クラブとして状態が上向きでタイトルが狙えると判断した年(2007年、2008年、2009年、2015年、2017年、2018年)は、2006年や2017年のように前年度に当期純損失を計上していたとしても、積極的にチーム人件費を前期決算より上乗せをして、その結果、リーグ戦・カップ戦・天皇杯・AFCのいずれかのタイトルを獲得に結び付いています。また、世代交代等の節目のタイミングと判断した年(2012年、2013年、2014年、2020年)は、チームが脆弱化しない(上位が狙える)程度に人件費を圧縮しており、トップチームの状態に応じたチーム人件費をコントロールして、債務超過にならないような柔軟な経営の舵取りをしているように窺えます。

通常のクラブであれば、チーム人件費を圧縮した場合は戦績が悪化する要因になり得ますが、どうしてアントラーズの場合は人件費を圧縮してもなぜ上位をキープすることができるのでしょうか。

アントラーズには「ジーコ・スピリット」と呼ばれる1991年のジーコの入団以降、現在も引き継がれているクラブの哲学があります。フロント・トップチーム・アカデミー等、クラブに関わる多くの人々が哲学の共有・承継をしてきたことで、フロントは経営のプロとして債務超過に陥らない経営成績を、トップチームは多少のチーム人件費の削減にも耐えられる戦績を残してきたのではないのでしょうか。

そんなアントラーズのフロントでも、2021年決算は2020年決算と同様に厳しい状況になったのではないかと推測されます。新型コロナウィルスによる先行き不透明な状況下で消極的な選手補強となり、多額の賞金を獲得できず、また、スポンサー収入、試合関連損益、その他の収入が前期程度を推移している場合は、クラブ史上初の2年連続の多額の当期純損失を計上することになるかもしれません。クラブとして、ここから数年が踏ん張りどころとなります。

ただし、2021年決算において12億円超の当期純損失を計上しなければ、債務超過になることはなく、また、2021年度末はクラブライセンス制度の財務基準の特例措置中であることから、仮に2021年度末に債務超過に陥っても判定対象とはなりません。クラブライセンスについては#5で簡単に説明をしておりますので、こちらを参照ください。

2.収益性分析について

アントラーズの2020年度決算の収益性は以下の表の通りとなります。

ここから、アントラーズの収益性指標で気になった項目をピックアップしてコメントします。

分配金人件費率
配分金人件費率はクラブの配分金に対する人件費の割合を示したものでクラブの前年度の戦績に対する人件費効率の良さを示す指標です。
2020年決算は2017年のリーグ2位による理念強化配当金100百万円、2018年のリーグ3位による理念強化配当金150百万円、2019年のリーグ3位による理念強化配当金200百万円を獲得していることから、川崎F、横浜FMに次ぐ、J1全クラブの3位のJリーグ配分金(843百万円)を計上し、その一方でチーム人件費はJ1クラブ中9位の2,550百万円だったことから、効率良く選手に投資しているクラブではないかと言えるのではないでしょうか。

3.安全性分析について

アントラーズの2020年度決算の安全性は以下の表の通りとなります。なお、各指標の一般的な目安は、自己資本比率は50%以上、流動比率200%以上、負債比率・固定比率は50%以下、固定長期適合率は100%以下となります。

アントラーズはいずれの比率も目安を満たしておりませんが、J1チームの平均は自己資本比率が22.1%、流動比率が87.1%、負債比率が351.4%、固定比率が211.9%、固定長期適合率が120.3%であることから、流動比率、固定長期適合比率を除いて平均を上回っており、J1クラブにおいてBS残高の構成割合は比較的優秀であることが窺えます。

比率が目安を満たしていない中で私が安全性指標の算定に用いたBS残高の中で気になったのは総資産の約62%を占める流動負債(2,505百万円)が計上されていることです。流動負債の中身が開示されていないので内訳が把握でませんが、買掛金等の仕入債務が多額に計上されていることは業種柄想像しにくいことから、横浜FM、神戸と同様に短期借入金※を多額に計上していることが推測されます。
※返済期間が1年以内の借入金を書換する事で長年流動負債として計上されることがあります。

以下の表は、アントラーズの2016年~2020年の過去5年分流動負債の残高の推移となります。

2018年に1,065百万円だった残高が、2019年~2020年にかけて1,440百万円と約2.3倍増加しています。要因として、以下の理由が考えられます。

2019年の増加:その他流動負債が対前年比で463百万円増加しておりますが、総事業費5億円のアカデミーハウスの影響による借入による影響と推測されます。
2019年は前期決算比で負債・純資産サイドは主に流動負債が463百万円、固定負債が147百万円と増加し、資産サイドは流動資産が102百万円、固定資産が511百万円の増加になっています。
すなわち、借入による流動負債の増加により一旦現預金(流動資産)が増加し、借入前の保有現預金と合わせて、期中にアカデミーハウス(固定資産、約500百万円)を取得資金として利用したことが読み取れます。

2020年の増加:2020年度はBSは流動負債以外は資産負債に大きな変動はなく、また、クラブHPのニュースをみても要因となるエビデンスは見つかりませんでした。一方、PLは前年比で営業収益が1,971百万円の減少、営業費用が927百万円の減少であり、Netで営業損益1,044百万円の減益となり、当該減益分がキャッシュのマイナスとなります。また、コロナ禍によりどのような原因で資金不足に陥るか読めないことから、運転資金の安定のための借入をしたのではないかと推測されます。
なお、下記のリンクでは親会社の㈱メルカリが10億円規模の融資を用意している旨のコメントが記載されています(実際に親会社から融資を受けたかは不明)。

4.成長性分析について

アントラーズの2020年度決算の成長性は以下の表の通りとなります。

ここから、アントラーズの成長性指標で気になった項目をピックアップしてコメントします。

一人当たり入場料成長率
2019年シーズンの2,848円から2020年シーズンは4,550円とJ1クラブ中3位の約1.6倍の増加になりました。
アントラーズは、価格変動制「ダイナミックプライシング」を採用していませんし、HPの下記リンクを見る限り、チケット価格に内容に大きな変更はありません。それでは、何故一人当たり入場料が大幅に伸びたのでしょうか。この要因として招待チケットの影響によるものと推測されます。

アントラーズはファンクラブの特典のチケットに加えて、下記リンクの通り、多種の招待チケットをサポーターに提供しています。2020年シーズンは、新型コロナウィルスの影響により、クラブとして配布する招待チケットの枚数を制限したことで結果的に有料入場者数の割合が大幅に増加したことで、一人当たり入場料も増加したことが考えられます。
なお、下記のHPリンク(「Jリーグ新型コロナウイルス感染症対応ガイドライン」)より、2020年シーズンは招待チケットの定員を抽選制かつ全席指定だったことが確認できます。

5.非財務情報について

アントラーズの2020年度決算の非財務情報は以下の表の通りとなります。

ここから、アントラーズの非財務情報で気になった項目をピックアップしてコメントします。

入場者数、スタジアム収容割合
入場者数は、2020年シーズンにおいてJ1クラブ中7位となり、2019年シーズンの9位を上回る結果となりました。また、スタジアム収容割合も2019年シーズンの13位から2020年シーズンは12位と上回る結果となりました。
ただし、これらは順位の話であり入場者数は349,678人から104,402人へ、収容割合も54.9%から15.9%へと大幅に悪化しており、運営会社の代表取締役社長及び親会社の取締役である小泉氏も入場者数について、以下の懸念をしています。

小泉社長がもっとも懸念していたのは、毎週末、Jリーグを観るという習慣がサポーターやファンから無くなってしまうことだ。
 2011年、東日本大震災が起き、鹿島は被災した。そのときの影響は小さくなかった。3連覇を果たしたこともありクラブの人気は最高潮に達し、2010年の総入場者数は35万人を数えていた。しかし、11年は27万人、12年も26万人、13年も27万人。14年でようやく30万人に回復したが、15年は再び27万人に落ち込み、30万人以上をキープできるようになったのは16年からだ。じつに5年間も影響を受けた計算になる。
「習慣化を取り戻すのは難しい。東日本大震災のときもサポーターが戻るのに時間がかかった」(小泉社長)

https://www.targma.jp/の下記リンクより

トップ昇格者数
2020年度はアカデミーからの昇格者は4名(ユース3名、大学経由1名)とJ1クラブ中3位(Jリーグ全クラブ中4位)と上位であり、ユースからの直接昇格に限るとJ1クラブ中1位(Jリーグ全クラブ中1位)となります。

先日、テクニカルディレクターを勇退したジーコ氏は下記のリンクにおいて、アカデミーの重要性について以下の発言をしています。

「30年前にアントラーズが設立されたとき、僕はこのサッカー不毛地帯にまず設備の部分で種をまきました。それが約30年かかって、やっといろんな実をならすようになっています。アカデミーも同じように、種をまいて育てなくてはいけません。そのためには水や肥料を与えることが必要で、それが施設やグラウンドというものになるでしょう。各国のクラブの歴史を見ても、いかにアカデミーから育った選手が重要なのかは実証されています。その選手たちを育成し、またアントラーズが勝利を積み重ねていくために、アカデミーは非常に重要な位置づけなのです」

https://sports.yahoo.co.jp/の下記リンクより

アカデミーを強化することで、アカデミーの段階からジーコ・スピリットが共有され、トップチーム強化の礎となっているのではないでしょうか。また、2021年10月には2011年10月1日に掲げた未来志向の経営方針「VISION KA41」のアップデートを公表し、これからの10年で目指す施策のアカデミー部分として、以下を計画しています。

アカデミー専用グラウンドを新たに整備し、育成組織の施設充実と強化を図る。今年9月にはふるさと納税型クラウドファンディングプロジェクト「アカデミーの未来をみんなで」を開始して着手中の建設費用の寄付を募り、2021年12月の完成を目指す。

https://sports.yahoo.co.jp/の下記リンクより

当該施策は、まさに前述のジーコのアカデミーに対する考えがクラブの経営方針に落とし込んだものであり、また、施策の財源にふるさと納税型クラウドファンディングを用いている点がとてもユニークです。

クラブの親会社やスポンサーへ追加援助を頼らず、サポーターをはじめとする納税者の寄付のもと、一体となってアカデミーの強化を図る姿は他のクラブも参考になるのではないでしょうか。
なお、Jクラブのクラウドファンディングの利用目的はトップチームの運営費や強化費が主流となっています(#9参照)。

クラウドファンディングを利用した結果、2021年10月31日までの募集期間で目標金額300百万円のうち206百万円を確保できたことが下記リンクより確認できます。また、この収益は2021度決算において、PLの営業外収益か特別利益として計上されることが予想されます。

6.まとめ

7.次回

次回は、2021年シーズンを5位で終えた名古屋グランパスを取り上げていきたいと思います。

最後までご覧いただき、ありがとうございました!

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