祖母のやりたかったことは唐突に叶った
この春やりたいこと。
それを祖母に聞いたらなんて答えるかはわかっていて、実際やりたいとも言われていたのに、忙しいからと私は断ってしまいました。
「10年ぶりに一緒にお風呂屋さんに行きたい。」
これが祖母がやりたかったことです。
この春だけじゃなくて、本当はいつも。
家のお風呂がとても寒いと祖母の通うスーパー銭湯は、子供の頃に私と妹もよく連れて行ってもらった場所です。
社会人になったら私が遠くへ行ってしまうと信じてやまない祖母は、その前に一緒にお風呂へ行きましょう、そう私を誘いつづけていました。
それを忙しいからと断り、不参加を続けていたことにずっと心苦しさを覚えていたんです。
同じ市内に住んでいるけれどなかなか会えず、会う時間もとっていないこと。まだ元気そうだからと今すぐに合わなくてもいいと正直思っていること。でもおばあちゃんの方は、私に年に1回でも会えればずっと手をつないでいたがるほど喜んでくれるのです。
そんな私が唐突に予定を変えて銭湯に行ってきたのは、つい1週間前のことでした。
なんてことはなく、社会人になる前の最後の1日を実家で過ごしていたところ、妹と祖母とがお風呂に行く約束をしていると言うんです。
ゆっくりしようと思っていた日なので予定も入れていなかった私は、これは行かなきゃいけない大事な日だという直感を覚えました。
人生には、なんとなく面倒がってしなかったことが、後からじわじわ自分を追い詰めるという場面があります。私はこれまでにそうやって大事な人と会うタイミングを逃したことが数回ありました。
おばあちゃんとすぐに会えなくなるとは思わないけれど、80を超えている彼女がいつまではきはきと話し続けてくれるかはわからないんです。まだまだ現役で働いているパワフルな祖母ではありますが、膝が痛くなってきていつまで腰も曲がらないまま歩けるかもわからないんです。
そういういろんな場面が襲ってこないように、私は妹についてお風呂屋さんに行くことを決めました。
祖母の運転するマニュアル車特有の揺れるタイミングを体は覚えていて、妹たちと事あるごとに昔の記憶を見つけてみては驚いたり懐かしんだり忙しい車内でした。
消毒液と体温測定とマスクを付けたひとたち。
そんな変わった日常の奥に、変わらないお風呂屋さんの間取りを見つけます。小学生の時に巻き戻されたように、記憶の断片が流れ込んできます。
争うように入ったつぼ湯
子供には強すぎるジャグジー
どうしても入ってしまうサウナ
お風呂上がりの恒例ソフトクリーム
記憶の中で小学校の時の自分たちは生き生きとしていて、スーパー銭湯をひとつのテーマパークのように楽しんでいました。
あの頃はおばあちゃんと出かけるのがあんなに楽しかったのに、いつから面倒がってしまうようになったんだろう。
3姉妹がそれぞれのソフトクリームを頬張るのを嬉しそうに眺めているおばあちゃんの姿をみて、いつの間にか過ぎた沢山の時間のことを思いました。
この春おばあちゃんがやりたかったこと。
それを私は少しだけ叶えられたのかもしれません。
祖母とあと何回一緒にお風呂に行けるかわからないけれど、綺麗事ではなくこういう思い出を大切にしたいなと思います。
こんな時代だけれど、長生きしてね。
お互い、体を大事にして過ごそうね。
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