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【次の戦争を生き残る方法05】 戦争は”男女戦闘機会均等法”か

 男女差別をしてはいけません。ということは、当たり前の、当然の、誰もが疑わないことですが、いざ戦争となるとハテナがいっぱい生まれます。

 しつこいようですが、私は解脱者ですから、単純な善悪を超越しながら、いったいこの世界の真実はどこにあるのか、考察を深めてゆきたいと思います。

 あいかわらずヤバい話をぶちかましますので、気をつけながら読んでくださいね。


 さて、男女は平等です。これは世界共通です。でも、今回のウクライナとロシアの戦いでは、「60歳以下の男性はウクライナに残って戦え、女性と子供は国外に逃げろ」という指示が出ているようです。

 男女平等ではなさそうですね。

 国家として「男も女も、武器を持って戦え」というならまだわかりますが、どうもそうはならないらしい。では、男女平等な日本社会において、次の戦争ではどうなるでしょう。

「男女戦闘機会均等法」

が施行されるでしょうか。それとも、女子供は避難しろ、となるでしょうか。

 そのあたりを想像してみてください。そして、どちらが正しくて正義なのか、自分でも答えを考えてみてほしいと思います。


 結論から言えば、戦争になると女性と子供は避難させられるでしょう。それくらいには、まだまだ日本だけではなく、世界は「男女不平等」が残っているからです。

もちろん、女性の一部が武器を取って自ら戦うということはあると思いますが、国家としてそれを要請することはないと予想します。

 ムコガワは解脱者ですから、これくらいの予言は的中させられるのです(笑)


  これはいったいどういうことかというと、おそらく現代の社会において「男女が不平等」であるのは、たぶん戦争の歴史が関係しているのだと思うわけです。

 もし、これまで人類が戦争を一切経験していなければ、男女はもうちょっと平等だったかもしれませんが、肉体を持って殺し合う場面では、男性が優先的に投入されるのはごく自然なことかもしれません。

 それはたぶん「男のほうが力があって強いから」という側面より、別の理由があるような気がします。もちろん、これはムコガワの独り言レベルの話ですが。


 どういうことかというと、戦争によって人命が失われると、別の形で命の再生産が必要になります。その命の再生産を実際に行うのは、母親である女性ということになるでしょう。

 男性も受精までは参加しますが、妊娠と出産は女性だけが行えるからです。

  この連載の一番最初に、うちの父が団塊の世代である話をしました。団塊の世代とはつまり、平和になって命の再生産が始まった、そのことズバリを意味します。

 男性の多くは兵として死んでしまったけれど、残った女性たち、母たちが国家の再興に尽力したわけです。

 これは微妙な言い回しなので、炎上するかもしれませんから正確に書いておきましょう。ミクロな視点では、お母さんたちはただ、こどもたちを必死に守り、育てただけです。

 それが、マクロな視点では、国力の再興に結果としてつながった、というのが真理真実でしょう。

 お母さんたちは、『戦後の国威発揚のために子育てをしたわけではない』からです。


 とまあ、このあたりの話は、フェミニズムの視点からも、男女平等の視点からもかなりヤバい話だと自覚します。どのように捉えるのがよいのか、どのように自分なりに考えればいいのか、みなさんも自分の考えをまとめておかれるほうがいいかもしれません。


 けれど、実際に砲弾が飛んでくれば、これは理屈ではなく瞬時に本能的な話に切り替わるでしょう。父は武器を手にして飛び出し、敵と戦おうとすると思います。そして、妻と子を「逃げ延び」させ、安全な未来を願いながら、討ち死にするのがリアルな状況だと思います。

 ここでは男女の役割は、完全に分業してしまうのです。それが正義なのか、そうではないのか、誰に判断できると言うのでしょうか。

 それが戦争です。


==========

 戦争を繰り返すと、「兵士としての男性の役割」「復興者としての女性の役割」が何度も生じます。あるいは「未来を生きるこどもたち」が生じるでしょう。

 ということは、それを繰り返すたびに、「男女の役割の差」が正の強化をもたらすことは、充分に予想されると思います。

 であれば、逆に考えると、

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