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掌篇小説『国いちばんの絵描き』(406字)

国いちばんの絵描きに、誰もが描いて貰いたがった。

彼の銀色に光る眼で見据えられると石になってしまうが、それでも身を捧げカンバスに閉じ籠められることを、女も男も望み。

絵描きのアトリエ脇には、種々のポーズをとり石化した裸の女たち男たちがごろごろ転がっている。

彼の眼に耀きを吸われ、そして画のなかへ埋蔵された魂たち。男女が佇む或は踊る瞬間を切り抜いたその舞台は、恐らく現世ではない。

松の枝の如くうねり雲を突くほど高いビルの壁に男が微睡んでいたり、エメラルドの海底で女が巨大なイソギンチャクに身を縛られていたり、水牛数匹を串刺しにし火山口に突っ込み焼き喰っている大女がいたり、サーカスの球乗りの如く男がちいさな星のうえ片足で立っていたり……

私は絵描きに会い「彼等は画のなかで生きているのですか?」と問う。彼は黒いサングラスをかけ、額に無数の皺を寄せ、
「さあぁどおなんでしょおねえぇー」
と、童の如く甲高く、弛緩した声を出す。





©2022TSURUOMUKAWA

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