見出し画像

掌篇小説『プレイボーイ・プレイボール』

野球中継を観る。まともに観るのは初めてかもしれない。どうして夜にやるのだろう。子供の頃から私の好きなアニメやドラマやクイズ番組が野球に喰い潰されてきた。テレビ画面の球場には、外野にこれまで潰された番組のプロデューサーやディレクターやヘアメイクの生首がころがる他、塁に囲まれたなかにも胴をぶった斬りにされたアニメの魔法少女や、石像にされたクイズ番組レギュラーの漫画家などがおり。首より下をペットのチワワにされたメロドラマ女優は、三塁手の水牛みたいな向う脛に噛みつくが、あえなく振り払われる。野球を生業とする人間は兎に角無敵なのである。今夜の試合は塁が八塁まであって、1回につきアウトは15まで。夕方に始まり昼前には終ると思われ。選手の数が足りないので、野球に潰されたテレビ番組の人間まで徴用される。今夜のピッチャーは、クイズ番組にも時代劇にも出ている世渡りの上手そうな落語家だ。鶯色の着物を尻端折りにし手拭を鉢巻きにし、己の番組よりはりきる。ゲームは一塁から八塁、およびホームベースまで各所総てに於いてニュースとなるファインプレイを見せるか、選手同士乱闘なり私生活のスキャンダルなり何かしら起こさねばならないルール。今夜はまず落語家が「ボールこわいっ」と女の仕草でなよっと投げた250キロの剛速球をフェンスを突き破りながら受けたキャッチャーの丸々とした尻に、光が灯る。「マジック8」という女性アナウンスと共に観客が湧く。外野の生首たちも「おー」という口をして拍手するみたいに揺れ喜びあう。胴を斬られ横たわる魔法少女が「ぶっちゃけた話あたしの衣裳がいちばんセンス悪いよね?」と唇で綴る。石像の漫画家は気不味げに眼をそらす。残り8つの塁を護る選手のたわわな尻に蛍の如く光が点けば今夜の試合は完成する。今夜の塁およびそれらを繋ぐやや不均衡な線は秋の星座「シャトーブリアン座」を模すかたちで、完成すれば天にある本物の「シャトーブリアン座」へと光がのびてゆき、交接・交信する。交わって何が起る訳でもない。過去の「シャトーブリアン座」記録はせいぜい牛柄の鬼百合が咲くだとか黒胡椒の雨が降るだとか、世界の4割の人間の鼻の穴が牛っぽくなるとかそんなもんだが、人々は今宵も天の星座へナンセンスにノーメッセージで奉納する野球に、只々熱狂………私はテレビをラブホテルで観ている。今夜の試合でシックス(六塁)を護る筈の男とセックスをしつつ。どうして夜にやるのだろう。男は試合をサボってここにいる。「私生活のスキャンダルが必要だからさ」と私の耳に囁き。髪を撫でる左手薬指にはリングが10ほど重なる。私は野球を憎んでいるが野球選手とは寝てみたかったので直球のサインに頷いたものの、男のセックスはチームワークもスポーツマンシップも何処へやら身勝手極まりなく。「クリーンヒット」「ナックルボール」「猛打賞」「殿堂入り」「雨天中止」とかなんとか言いながら独りよがりに果て、私についた波紋を拭きもせずシャワーを浴びに行ってしまった。ビキニ跡のほかは茶褐色に焦げた桃のような男の尻をずっと見ていたが光る気配はなく。ピンク壁の部屋にはアニメの魔法少女の仲間である三毛猫とスフィンクス猫が、互いの尻尾を堅結びにされた状態でおり、さらにはサングラスをかけた二枚目俳優が下半身魚になって薔薇柄の絨毯に寝そべる。猫は二匹とも魚を囓り半分骨にしているが、二枚目俳優はそれを気にかけず鬘の位置を気にしつつホームベース、一塁、五塁の尻が白・青・オレンジの星になったテレビ画面(一塁手は審判との乱闘で、五塁手は特異な祈祷のポーズで宗教がバレて点灯した)を眺めつつ「テレビもラジオもない国へアナタを島流し! スマッシュチャンスでウッシッシ」とクイズ番組の決まり文句をときどき言いつつ、ビーフ味のポテトチップを摘む。


私がテレビの電源を切ると、三毛猫は魚の腹から顔をあげ、スフィンクスは「俺の魚を返せ!」と怒るが無視して部屋を出る。
廊下ではさっきの男が裸で踊っている。そのリズムに合わせて、私の部屋のドアの前で腰を振っていた女が「あんたたちいい加減にしてっ」と言い捨てる。私は自分の部屋に帰って、TVを観る。すると今度は隣の部屋の扉が開いて、男が出てきた。私は慌てて電気を消したが、遅かった。男は全裸のまま踊り狂い、私の部屋のドアの前に立った。
「俺の尻を見てくれ。尻が光らないんだ。スランプなんだ」
私は「見ない」と言うが、男は勝手に「頼む」と言ってドアを開けた。
「見てどうするの? スランプってなに?」
「尻が光るかどうかで俺は明日からの運命が決まる。頼む、見てくれ」
「嫌だ。それに、なんであたしなの?」
「君ならきっと尻が光ると思うからだ」
「どうして」
「君はいつも何かを憎んでるからさ」
そうかもしれない。でも、そんなことでは私はもう何も憎めない。今夜はもう充分すぎるほど色んなものを憎んできた。そして、これ以上何を憎めば良いのかわからないのだ。私は観念して、ドアを開ける。
男はやはり裸だった。筋肉質で尻も大きいが、光が点らなかった。男は私に「ありがとう」と言った。
「お礼を言うのはまだ早いわ」
「そうだな。まだ時間がある。何か飲むかい?」
「ビールがあれば頂戴」
「冷蔵庫にあるよ。じゃあ、おやすみ」
男は出て行った。私は暫くの間、冷蔵庫の中の缶ビールを手に持たぬまま、じっと暗闇のなかで佇んでいた。しかしやがて堪え切れずに、プルタブを開けて飲んだ。酔うために飲んでいた。酔いたいのだから、こんなに美味しいことはない。
「尻が光るのはどんな人間なのかしら?」
呟いてみたが、答えはなかった。
翌朝、男は隣室で死んでいるのが見つかった。
警察は殺人事件として捜査を始めた。
容疑者は私と、それから昨夜、私の部屋の前の廊下にいた女。二人共、深夜に外出していたから。しかし証拠はない。アリバイだってある。
だけど、あの時、もし私が彼の部屋に入っていたら、彼は死ななかったろうか。それとも、やっぱり死んでしまっただろうか。
今夜も私はTVをラブホテルで観ている。今夜の試合の結果はどうなるだろう。今夜はホームランが出るかな。
今夜も私は、隣の部屋から聞こえる悲鳴に耳を塞いでいる。
「ああ、今日も星が見えない」
私は、TV画面に映る「シャトーブリアン座」を睨みつけながら、
「早く消えろ、この星座」
と呪った。
そして、今夜も私は、隣の部屋で響く断末魔の叫びに、
「うるさいよ。黙れよ」
と願った。
今朝、新聞に載っていた記事によると、
「謎の通り魔殺人 被害者は二十代男性」
という見出しの下に、被害者の写真が載っていた。
その顔を見て驚いた。
それは、私の知っている顔だった。
「嘘……」
思わず声が出た。
「ねえ、これって、もしかしたら――」
私は三毛猫に話しかけた。三毛猫は私の声など聞こえていないかのように、眠そうな目つきで新聞紙の上を眺めている。
「ねえ、聞いてよ。これは多分、あなたと同じ名前の人だと思うの」
三毛猫はやっと気づいてくれたようだ。
「えっ、僕の名前? 何の話だい?」
「ほら、この記事。『三毛猫』って書いてあるでしょう。あなたのことじゃないかと思って」
「違うよ。僕の名は三毛猫じゃない。僕はスフィンクスだよ」


ーーーーーーーー

【後書】
お読み戴き有難うございます。
お気づきでしょうか、1は私が書き、2はAIが書きました。
闇夜のカラスさんが実験してらしたのと同じアプリです。
アプリに1の文章を入力して、「続きを書く」のボタンを押すと少しずつ書いてくれます(気に入らなければやり直しも出来る)。書き込んだ文の特徴やよく使うワードを理解しながら。凄いですね。
とは言え、私との相性はあまり良くないか、普段の書き方ではリアクションが薄かったので、「尻」とか繰り返し言ってみたりアク強めの言葉遣いを意識しました。話がどう転んでも良いよう意味不明度も濃くして。
結果、自分で書きそうで書かないことが色々出てきて愉快でした。AIの方が伸び伸び書いている気がしないでもない。何か教わった心地です。
無料のアプリでここまで出来るのだから実用性が確立されるのも時間の問題かもしれませんね。ちょっと怖い。あまり深入りし過ぎず、遊びの関係でいたいと思います。
因みに同じ文でもう1パターン続きを書かせたところ、
「部屋に落語家が現れて尻を振り続け、たかと思えばまたピッチャーマウンドに戻っていて。『私』の膝の上には映画女優の生首があり。部屋を出て外を歩く。『私の観たい番組はどこ行った?』と言いながら、自分の番組を、いつしか現れた自分の生首をメインパーソナリティーに据え製作する。『恥ずかしい緊張しちゃう』とか言う生首を『私』は『あなたならできるわよ』と励ます」
みたいなのが出ました。





©2022TSURUOMUKAWA

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?