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掌篇小説『鬼のドレス』(665字)

ジンクスがある。
女性に何かしら贈り物を買い、次に会う時渡そうと思うと、二度と会えなくなるのだ。

電話をしても出ない、番号が使用不可、もしくは訪ねた部屋が蛻の殻だったこともある。

買ったレコードや本やスカーフは風に散り、消える。

春。
初めて鬼の娘と恋仲になった。赤い肌、鋭利に耿る、碧い眼。しかし髪は唇はやさしく、気性も鬼でなくたおやかで、周囲さえも凪の風景に変えてしまう。

夏。
ウィンドーに飾られた、銀色のドレス。たわわにふくらんだ鬼灯の皮を何枚にも裂いたような。スカートが腰から愛らしく丸まり、上方へも布が花弁の如く立ち、悩ましい流線を描きマネキンの胸から左肩へと沿う。
赤鬼娘が眼を潤ませ、見つめる。
「好きなの?」
「素敵だわ……でも鬼には豹皮しか似合わないもの」
眸を伏せ、苦笑。

あれは彼女が着るドレスだ。鬼灯の皮を裂き人型をして生まれた、水をもはじく赤い果肉こそ、彼女だ。これ迄出会ったヒトの女も誰ひとりそぐいはせぬ。思いが日に日にまし、私は店に独り赴き、給料4ヶ月分のそれを買う。

果して、と言うべきか、鬼娘には会えなくなった。連絡をとるどころでなく、あれほど愛しあった彼女の暮す洞窟は岩で埋っており。紹介してくれた知人に聞いても、
「どうした? 鬼の娘なんて居るわけないだろ」
と訝しがられ。

私はラッピングを破り、鬼灯のドレスをとりだす。
彼女を求めるがゆえか、おのずと赤くなった肌、不思議にちぢれた髪……碧い眼。
角は流石に生えぬので、鋳物職人に造って貰い、整形手術で頭に固定。

赤鬼となった私は、素肌に銀のドレスを纏い、街をゆく。

夏が卒る。





©2022TSURUOMUKAWA

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