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掌篇小説『陰痴気』(599字)

出張先にて。真夜中。酔っている。

無人のタクシー乗場で待つと、エドガードガ……と、重い風な軽い風な音。見れば漆黒の、馬のいない馬車みたいなものがきて、停る。フォルムは不鮮明だが、ホイールや窓枠、屋根を縁どる花の彫刻等が総て銀に耀いている。運転手はまさしくピエロという感じの、下り眉のニヤ笑い顔がはりついた、白いヒョロヒョロの男。

乗る。

……乗れば、エンジンはけっこう煩いわ油臭いわ、揺れが酷くひくい屋根に頭をぶつけるわ吐きそうになるわ隙間風暴れ放題だわで、風情もなく。
窓からの景色は何故かずっと暗闇。果てなく道がある気もするし、黒の天鵞絨カーテンをひくだけで一歩も前進していない変なアトラクションにも思える。

……宿までせいぜい千円の距離なのに『13万』と、ヘラヘラした裏声。ペラペラの漫画みたいな躯の蝶ネクタイを掴み、車にいる時間より長くかけ派出所まで引きずって行った。

入ると、目前の椅子、座っている警官に別の警官が跨がり、マチュピチュ音をたてキスしている。男同士と思いきや、どちらも婦警。あのぉ、と声かければ跨がる方が、『野暮ね、運転中よ』と物憂げに立ち、ペラペラの運転手をビリビリに裂いた。美貌の令嬢が貧民から貰った恋文を破りでもするみたいに……紙屑になったが、運転手の顔だけは9割方のこり、蛍光灯をあびニヤ笑いが床で固まり。よく見ると床は、似たような顔で埋まり、模様をなしていた。

記憶はそこまで。





©2022TSURUOMUKAWA


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