掌篇小説『琥珀の序章・黒のフィナーレ』(623字)
ショー最後に現れた、モデル。
かつては教会であった場所。2階の楽廊より、ヴァイオリンの音が降り。
バランストイのクイーンほど小さな顔とほそい躯。グレイの床にある脚は歩むと言うより浮遊し。纏うのはクリノリンドレス。金属による骨組が傘の如く広がり。琥珀色、或はビール色のシルクサテン生地に、無数のスパンコールが、不規則なドレープと戯れつつ、踊る。観客に衝突しそうだが、モデルは巧みにかわしつつ、琥珀の女王たる威厳を醸し、更には無垢と色香を併せた眼差しと舞で、フルーティな香するビールをぶちまけるみたいに、周りを恍惚へとみちびき……
……そして、半袖シャツのデザイナーが姿を見せ。最後のモデルの傍らに。脂がのった男ぶりと溢れかえる才覚が、異質のオーラを放つ。
おおきな傘スカートの芯に咲くモデルへと腰を屈め、肩を抱き、キスをする。挨拶の意味でない、深いキス。
一層湧く観衆、騒ぐストロボ。愛の結を無言で公に、この場に居るか不明だが神に告げた、彼と、彼。
客および関係者、他のモデル達の眼には拍手には、心よりの祝福、羨望や嫉妬、侮蔑や憎悪もまざる。奏でつづけるヴァイオリンもそれを顕すように、弦をちぎるほどの歓喜と狂気と不穏さを音に孕ませ。
二人はまるで何も知らぬ風に笑いあい身を寄せ、傘スカートの光、反射した琥珀の光をあび、永劫なる瞬間の刻まれた彫像さながら、無数に踊るスパンコールの泡と共に、煌く。
<今の内、精精お幸せに>
呟き、再び黒眼鏡をかけ私は独り、出口へと。
©2022TSURUOMUKAWA
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