見出し画像

仕事の帰り道。そこの路地を曲がれば家だ。今日は夕暮れ時に帰る事が出来てとても心は穏やかだ。風呂に入って飯を食ってビールを飲みながら映画でも見ようと少しの幸せを思い浮かべながら足は軽やかだった。
ついさっきまでは・・・

今、僕の体は強張っている。そして人通りの少ない細い路地に漠然と立ち尽くしている。そこの10メートル先の角を曲がれば家なのだが。足は震えているし脳はフル回転しっぱなしだし心臓の中で何かが暴れているかのように鼓動が揺れっぱなしだ。

なぜかと言うとその手前にとてもとても恐ろしい物が置いてあって進む事が出来ないのだ。

どうすればいいのか? 怖い!そこには1メートル立方くらいのダンボール箱がある。そして上の蓋の隙間からぶらぁーっと手だけがこちらに出ているという状況だから。さらに箱には赤い文字で近付くなと書いてある。

立ち止まって15分くらいが経っている。もちろん、見た当初、慌ててすぐさま警察には連絡した。驚きすぎて上手く伝えられたかは覚えていないがすぐに来てくれるらしい。

もの凄く怖い!
だけども何故か僕は帰ってからの至福の一時よりも脳のどこかでちらほらこちらのほうの刺激に僕を徐々に高ぶらせていた。

これはきっと死体だ。その手はピクリとも動かない。何かのトラブルに捲き込まれた事件なのか? ヤクザの抗争なのか? 確実に死んでいる。

可哀想に最後に段ボールにいれられて捨てられるなんて。こんな終わりかたなんかは絶対に嫌だ。その人がどう生きてきたかはわからないがこんな最後を遂げるなんて。哀れだ。恐ろしすぎる故に同情が生まれた。
だが、そんな死体を少し見てみたいという願望は人間の心の奥にある闇から沸いてくる。

警察が来る前に少しだけ見てみようか。しかし見たところで中でぐちゃぐちゃになっていたら僕は見なきゃ良かったと一生後悔するだろう。

いや、待てよ!
近付くなって明らかに変だろ!

まさか、近付くなと書いてあるって事はまだ生きていてテレビドラマで観るような犯人の何か仕掛けがあるのかもしれない。へたに近付いて爆発でもしたら大惨事だ。巻き添えはごめんだ。

僕はどんどん冷静になってくる。
辺りを見渡してみる。住宅街で住人が1人も居ない。おかしい。

いや、人が居ないのは元々か。ここは人通りがすくないし、近所付き合いもない路地だ。珍しくはないか。

んっ? 待てよ! そうか。これは今テレビなどで流行っているドッキリなのか? 確かに何も変化ないこんな町で僕にだけこんな事が起こりうるだろうか? 誰かが僕を嵌めようとしているに違いない。

そうだ、きっと人形かおもちゃの手に違いない。ただのいたづらさ。ヤバい! 警察を呼んでしまった・・・・

いや、それにしてもリアルすぎる。あの、人間特有の質感、見た目でもわかる。あれはきっと本物だ。本物に違いない。でもありえるだろうか?

しかし・・・もしこれが本物なら何かが起き、僕はとんでもない間違いをしてしまう事になるかもしれない。
ただただ、警察が来てあわただしくなるのを待つが最良手なのはわかっているが。

ゾクゾク、気持ち悪いこの気持ちを心の奥に落とし込もうとも奥から闇の好奇心が僕を向かわせようとしている。

やめとけ! 僕は僕に何回も言い聞かせていた。見なかった事にして通りすぎればいいのだ。

しかし、僕の中の何処かの細胞が行くと決めたのか足は其処に向かって歩き出していく。

恐る恐る近づいて行く。だんだんと近付く手。鳥肌が一斉にたつ。冷たい空気が僕の周りを包み込み始めている。僕は怖さと好奇心が戦っているのが自分でわかる。胸の鼓動が速くなっていく。それと共に僕の思考はミステリーを解くようにこの謎を解こうとさえしている。

これはどんな事件なのか? 何かしらした恨みの果てなのか? 何をしでかしたんだ? この人は。犯人はなぜ死体を隠さずこんな形でここに放置したのか? そして近付くなとさえ書き残したのか? それともただの何事もないゴミなのか? いたずらか?

しかし何かを残すという行為は誰かに何かを気付いてほしいからでであると推測する。犯人は捕まえてほしがってるのか、挑戦状なのか、それはわからないがこちらの気を誘っている。

じっくりと考察したい気持ちはあるが僕は刑事ではない。そんな事より死体が見たい。早くしないと警察が来てしまう。恐る恐る近づいて行く。あと5メートル。

だが、僕もへたをできないのはわかっている。

何を企んでいる? この犯人は?
もう一度、辺りを見渡して見る。古びた家々が並んでいるばかりで何一つおかしな所は無い。どこかの家の二階から見ていそうだ。一件一件、目をやるがやはり人影はない。やはり事件でないのか? 手掛かりが無さすぎる。そして目を箱に戻した。

あと2メートルだ。足が重たい。僕は何をしているのだ? 頭が他方にぴきぴきと離れていくようだ。わからなくなってくる。

その時だった。体内に衝撃が走った。

な、なんと、手が横に二回大きく振れた。

それを見てしまった僕の脳も揺れ動き後ろへぶっ倒れた。

い、生きてる!?
そんなわけない。この状態で生きているわけはない。僕の鼓動は闇の中へ加速していく。

どういう事だ? どういう事だ?

僕は頭首だけを起こしその手を見た。その手は動いていない。僕の見間違いだろうか? いや、確かに動いた。確かにだ。僕はじっとその手を見つめながら重い体を起き上がらせた。

その時、僕はその手に気づいてしまった。その手の人差し指の付け根の辺りに五センチほどのキズがある事に。

それは弟の手だという事を瞬時に認識した。

あぁー、あぁー、なんて事だ!! まさかぁ・・・止めてくれ・・・そんな・・・

僕は全ての感情を失いかけた。助けなきゃ。助けなきゃ。死んでない・・・弟は死んでない・・・

僕の思考はバラバラ殺人の様に飛び散らかってしまった。

あぁ、あぁ、何でだ。何でだよ! 足を一歩一歩箱に向かわせていく。何でだよ・・・

そして箱の前まで来た。箱は何も動かない。僕は、最早何も考えられなくなった。
ただ、ここにある箱を開けなければならない。

ゆっくり、ゆっくり箱を開けた。 完

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?