『三十四億年の狂気』

あらすじ

ある山中にあった廃寺の撤去作業中、地下に謎の空洞が発見された。その空洞は古代の石室であると断定されたが、調査の結果、それらが有史以前に造られた物である可能性があり、有史以前の日本文明の存在を仄めかし、大幅な歴史の記録改変の可能性をも示唆するものだった。
そんなニュースが巷を騒がせる中、僕は奇妙な夢による不眠が続いていた。そんな折、学習塾の経営者である僕は、ある学校の塾長対象説明会に出席し、そこで心理学部教授の下山田に出会う。不眠の原因である奇妙な夢について相談すると、近日、蔓延している非常に奇妙な事象を知ることになる。


本編

一 奇妙な夢
 
 ある人里離れた山中に、古く小さな廃寺があった。長期にわたり放置されていたその寺も、近年になってついに解体されることになった。その作業中、本堂の地下深くに空洞が発見され、そこから奇妙なものが見つかったというニュースが放映された。

そこに安置されていた品々は、マガダマや銅鏡などといった、古い……というよりも、古代……という表現が似つかわしく、寺の残存物というよりは、古代の遺物という表現が相応しいようだ。今までに出土した既存の品々と比べ、どこか異なるそれらに首を傾げた考古学者たちが、あらゆる年代測定を行い調査した結果、それらの多くは紀元二世紀辺り、まだ日本に明確な文明が生まれる以前のものであったらしい。

奇妙な物とは、出土品の中に、それらよりも遥かに古いと思われる品々が混じっていたことだ。この発見は、はるか紀元前の日本文明存在をほのめかすものであり、歴史の一部が改変される可能性すら見えた。登記簿上における現管理者も、そんな品々、もといそのような空洞の存在すら知らず、遠い過去にその寺が意図してその遺跡の上に建立された可能性すらあるようだった。

(へぇ、面白いな。近場でそんな所が……)

「次のニュースです。知的障害者の失踪に、事件性が…………」

そんな神秘的なニュースも、メインで取り扱われることもなく、番組は次の話題に移る。少し寂しさを感じながらも、それどころではない僕がいた。眠れない……、いや、寝ているはずなのだが、睡眠をとった気がしないのだ。

ここ連日、奇妙な夢を見て何度も目が覚める。

はっきりとは覚えていないのだが、何か……やたらと黄色い世界で、見たことのない生き物や植物が繁茂する、廃墟のような場所を当てもなくウロウロしている。そんなことをしている内に、何故か見てはいけないものを見ているような感じがして、ゾッとした気持ちで飛び起きるのだ。

目覚めると共に、それは急速に希薄化し、『また同じような奇妙な夢を見た』という朧気な認識しかなくなってしまうのだが、覚えてもいないのに、恐怖として認識されるその夢は、むしろ起床直後が最も恐怖を感じる瞬間だった。そんな『奇妙な夢』をここ数週間に渡って見続けている。

 (気温か気候か湿度か……、それともそんな時期なのか……)

 と、僕は自身に起こる不調を軽く考え、重い頭を振り、仕事に出掛ける準備をした。

 僕は小さいながらも個別指導塾を経営している。そんな寝不足の日々の中、僕はある高校の塾長対象説明会に出席していた。この学校はある大学の付属校で、その大学には僕の塾の卒業生が何人か通っていた。適切な温度、淡々と綴られる学校説明会の中、僕はついウトウトしてしまっていたらしい……。

ついていた頬杖から、顎が落ちると共に目覚めた僕は、白く艶のある石造りの広場の端にいた。この異常な状況においても恐怖や不思議な感情などを一切、感じない。夢独特の安心感とでもいうのだろうか?遠く、薄ぼんやりと見えた、実に無機質で、生命力を感じない白い広場の中央には、緑色の植物に侵食されている円柱形の、直径にして五メートルほどもある台のような物が見える。何の気なしに僕はそちらに歩みを進める……。

(!)

 無音の世界、遠く見えた円台の輪郭がはっきりし始めると共に、それを侵食する緑色の物体に……何か違和感が……。

(あれは……、あれは…!!)

 そこで目が覚めた。体が汗ばんでいて頭がひどく混乱している。今が夢か現実かが解らない。ホール後方の長机の端、淡々と繰り返される学校説明を見て状況を把握した僕だったが、同時に不安にもなった。

(つい……ウトウトした時でさえ……妙な夢に起こされるのか……)

 先刻の夢は、いつもよりも明確だったものの、急速な希薄化のため、はっきりとは思い出すことができない……。

(僕は、あの夢の最後に……何を見たんだ!?)

 見てはいけないものを……まるで隠された宇宙の深淵を覗いてしまったような……。何を見たのか覚えてもいないのに、洪水のように押し寄せ、退いていく恐怖……、それに対してどんな身構えをすればいいのかもわからない……。

(所詮……夢だ)

 と無理矢理に納得した。

そんなことをしている間に説明会は終わり、ホールは名刺交換の場に変わった……。

(さて……顔を作って……行くか……)

 と、僕も名刺を用意してその人混みに加わった。学校関係者との定型的な挨拶、名刺の交換……、いつもと変わらぬ形式的な儀式の中、

「やけに……お疲れのようで……。お忙しいんですね……」

 と、苦笑された。

(顔を作ったつもりだったが……ばれたか……。この調子なら心療内科にでも行かねばならないかも……)

 そんなことが頭に浮かび、

「はは、最近、悪夢ばかりみて寝れませんで……。心療内科とかいった方がいいのかな……などと考えています」

 と、つい頭に浮かんだことが、口から出てしまった。

「不眠ですか……。深刻そうで……。大変ですな」

 余計なことを言ってしまったと後悔したが、後の祭りだ。しかし事態は意外な方へ進み始めた。

「おい、下山田教授は……、今日来てましたよね……」 

 と、彼らは身内で何か話をしている。そして僕に向かって

「先生。今日はこの説明会に、うちの大学の心理学科の教授が来ています。良かったら話をしてみますか?」

 と尋ねてきた。

「いや……僕は……」

 と言葉を濁している間に、彼らはその教授を呼んでしまった。

「はじめまして……」

 と、にこやかに挨拶するその教授を前に、僕は自身の立場を思い出し、名刺を手に、

「はじめまして。すいません……、何と言ったら良いのか……」

 言葉を選んでいる間に、彼を呼んだ先生方が、僕が不眠で困っているという旨を簡単に伝える。

「なるほど。不眠で心療内科の受診を考えていらっしゃると……」

「本当に申し訳ありません。私事で……」

 と、頭を下げると

「いやいや!構いませんよ。私ども精神科とも付き合いがありますし、私の生徒も何人も精神科の医者になってますし……」

 と、彼は気さくに笑い

「不眠の原因について、何か心当たりはありますか?」

 と尋ねられた。僕は少し迷ったが、この際、渡りに船と考えることにして

「それが……恥ずかしい話なんですが、悪夢を見て目を覚まさせられるんです……、ここ連日……」

 と正直に伝えることにした。

「悪夢ですか……。悪夢にも種類がありまして……。どんな悪夢を見ますか?」 

 という質問に、僕は先刻、説明会の最中に見た夢を話した。一笑に臥せられると思ったのだが、彼は鋭い目をして、

「よかったら……詳しくお聞かせ願えますか?」

 と僕を他の席に誘導する。促されるままに僕が少し離れた席に移動すると、間髪いれずに

「で、その台の他には……何がありましたか?」

 と尋ねてくる。

「いや……夢なので……、あまり詳しく覚えていないんです。夢占いか何かですか……?」

 と、どこかで聞いたことのある夢占いについて尋ねてみた。

「いや……」

 言葉を濁した彼は

「すいません。もう少し質問をさせて下さい」

 と断り、続けて

「夢で……それ以外の……、奇妙な場所などは見た覚えはありませんか?」

 と尋ねられた。

(場所……か)

 僕は例の砂漠の夢のことを簡単に伝えた。

「黄色い……砂漠」

 目に見えて驚きの表情が彼の顔に浮かぶ。そして話に割り込むように、

「その黄色い砂漠には……、風船のような宙に舞う実をつける木々や、自身の根で這い回る奇怪な植物などがいた」

と断言するように言った。

(何だ……。何を……)

 背筋がゾクゾクする感覚……。だが、僕はそれをどこかで……。硬直した僕を前に

「加えて言うと、あなたがそのような夢を見始めたのは、今から約三週間前……」

(そうだ……。多分、そのぐらいだ)

 僕は額に浮かぶ汗を感じながら

「なぜ……、そんなことを……」 

 と絶句した。そんな僕を前に、深いため息をついた教授は

「実は……、ここ数週間でかなり多くの方々があなたと同じような訴えをしているんです」

(同じような……訴え?不眠のことか……?)

「興味深いことは……皆が同じような……『奇妙な夢』を見ていることです」

(同じような夢……!?)

「どういうことですか?」 

 僕は動揺を隠しきれず、心に浮かんだことが言葉をつづった。

「ご動揺は最もです。非常に非現実的で奇妙な事象ですが、あなたと同じような……、いや、同一と言ってもよい夢を見て、体の異常を訴える人々がここ最近、かなりの量に渡っています」

(同一の夢……?同じ夢を多数の人間が見ることなど……有り得るのか……?)

 彼は続けて

「しかし……あなたは彼らとは決定的に違う。先生、出来るだけ早く……、今週末にでもあなたにもう一度会いたい。私のオフィスに来ていただくか……、ご迷惑でなければ私が伺ってもいい。その時までに準備をしておきますので……どうか」

 と有無を言わさず頼み込まれ、僕は首を縦に振るしかなかった。説明会という状況、自分と相手方の立場上、それ以上のことを尋ねることを憚られた僕は、その場を後にしたのだが、

(あなたは彼らとは決定的に違う)

 と言った彼の言葉が、いつまでも頭に渦巻いていた。


二 共通夢|六幻 (note.com)


#創作大賞2023 #ミステリー小説部門

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