最終回.リシアンからの手紙

 11月も中頃を過ぎると街路樹はすっかり葉を落とし、冷たい風が吹くようになっていた。
「もうすぐ冬休みだわ。毎年、寒い季節になるのが嫌でたまらなかったの。厚着をしなくてはならないし、だいいち、わたしは寒いのが大っ嫌いなんだもん」暖炉の前であぐらをかいて座るパルナンに向かって言う。
「そうだよなあ。ぼくも冬は苦手さ。雪が降るのは楽しいけど、遊んだあとは決まってあかぎれになっちゃうんだ。指の先まで痒くなるんだぞ。あんな不愉快なものって、ほかにはないよ」
「でもね、パル。わたし、今年の冬がとっても待ち遠しいのよ。なぜって、休みになれば、リシー達が来るじゃない? そしたらね、デパートや大きな本屋を案内してあげるの。向こうじゃ、そうした店が一軒もないんですって。少なくとも、町へ行かないとね。だから電話で話していても、そのことが楽しみで仕方ないんだって言ってたわ」
「おかあさんと一緒に、どこか喫茶店に行くって言ってなかったかい?」パルナンは聞いた。
「そうよ。『スズラン』に行くの。これは前からの約束でね、イチゴのたっぷり載ったパフェを2人して食べるのよ」
「ああ、あそこのパフェは確かにおいしいね。ぼくも何度か連れて行ってもらったことがあるけど」
「それからね、前にリシーからもらったノート、それを返さなくっちゃ。わたし達、みんなそろって同じ夢を観たでしょ? それをあの子に書いてもらうの。『木もれ日の王国物語』の結末を書くのは、リシーの役割だもの」
「不思議な夢だったなあ。もう1度言うけど、あれはやっぱり魔法だったんだよ。そうじゃなけりゃ、説明がつかないもんな」パルナンはかたわらに積んである薪を、ぽいっと暖炉に放り込む。「もう2週間ほどで冬なんだなあ。これはあてずっぽに過ぎないんだけど、今度の冬は夏に負けないくらい、思い出深いものになる気がするな。退屈なんて言葉を忘れてしまうくらいにね」
 それから数日して、ゼルジーの元に一通の手紙が届いた。リシアンからである。
「あら、何かしら。用事なら、いつものように電話で済ませればいいことなのに」ゼルジーはテーブルに着くと、封を切った。読み進めるにつれ、その瞳がきらきらと輝きを増していく。
「まあっ、なんてことかしら! なんて素晴らしいんだろう!」パッと立ち上がると、その足でパルナンのいる部屋へと駆け上った。
「どうしたのさ、ゼル」驚いて見つめ返すパルナン。
「たったいま、ソームウッド・タウンのリシーから手紙が来たの。大ニュースが書いてあったんだから! いい? 読んで聞かせるわ」
 手紙にはこう書いてあった。

「親愛なるゼルジーへ。

 ああ、ゼル。わたし、あんたにどうしても伝えたいことがあって、この手紙を書いてるの。電話なんかじゃもったいないわ。それに、興奮してしまって、うまくしゃべれないに決まってるもの。
 ブレアスさんのこと覚えている? 都会へ出て行ってしまった、ウィスターさんの息子さんよ。あの人、こっちに戻ってくるんですって。
 おかあさんから聞いたんだけれど、ブレアスさん、ウィスターさんとちょっとしたことでいさかい合ってしまったんですって。それで家を飛び出してしまったのね。でも、ウィスターさんは突然に考えを変えたのよ。真夜中なのに、居ても立ってもいられずブレアスさんに電話したんだって。それで、すぐに仲直りができたの。素敵なことじゃない?
 わたし、ウィスターさんと会うことがあって、その理由を聞いたの。でも、『わしにもよくわからん。ただ、そうしなくてはならない気がしたんじゃ』とだけしか教えてくれなかったわ。
 ブレアスさんは、都会での仕事をすっぱり辞め、ソームウッド・タウンで農場を引き継ぐことにしたのよ。
 ねえ、ゼル。これってどういうことだかわかる? つまり、ウィスターさんはこっちに住み続けるってこと。だから、あの森も手放さなくて済むことになったってわけ。わたし達の森は、これからもずっと守られ続けられるの!
 ほら、驚いたでしょ? こうしてペンを取りながらも、あんたのびっくりした顔が目に浮かぶようだわ。
 休みの日にあんた達がこっちへ来ても、ちゃんと森はあるんですからね。また『木もれ日の王国』へ行きましょうよ。それができるんですもの。
 このことを知ってロファニー兄さんは大喜びだったわ。ベリオス兄さんは、ちぇっ、せっかくここいらも便利になるところだったのに、なんて口では言っているけど、内心ではほっとしているみたい。あの人にはそういうところがあるのよ。
 わたし達、冬休みに入ったら、すぐにそっちへ行くわ。また、みんなして楽しい空想ごっこをしましょうよ。

あなたを心から愛するリシアンより」

「なんだか信じられないよ」パルナンの顔ときたら、まるで寝起きのネコのようだった。「夢の中では魔王を倒し、現実でもこんな素敵な結末が待っていたなんてさ!」
「でも、これは本当のことよ。わたし達、何もかもすべてうまくいったのね。パルナンの言う通り、やっぱり魔法なのよ。いい魔法使いがどこでわたし達を見ていて、ハッピー・エンドの呪文を唱えたに違いないわ」
「ソームウッド・タウンに行ったとき、そこにあるはずの森がないことを想像して、とっても悲しかったんだ。見慣れた景色が残っているって、いいもんだね」
「そうよ、パル。もう悲しまなくっていいの。うるさいだけの道路なんか通らないし、カブトムシだって、すみかを失うことがなくなったわ」

「じゃあ、2人とも留守番を頼むわね」セルシアはリシアン達を迎えに、駅へと向かった。残されたゼルジーは、ソファーに座ったり、また立ったりとそわそわしている。
「少しは落ち着けよ、ゼルジー」そう言うパルナンも、赤々と燃える暖炉の前で、十分火種があるのにもかかわらず、次から次へと薪をくべていた。
「あと何分くらいで来るかしら。20分くらいかなぁ、それとも30分はかかるかしら。もしかしたしら、途中でどこかへ寄るかもしれない。だとしたら、うんと待たされるに違いないわ」
「まっすぐ帰ってくるさ。そうだなあ、せいぜい15分といったところだよ」
 パルナンの読みは見事的中し、きっかり15分後にドアノブががちゃりと回る音がした。
「帰ってきた!」パルナンとゼルジーはバネのように立ち上がると、玄関へ駆けていく。
「さあさあ、外は寒かったでしょ? なかに入ってちょうだい」セルシアがまず入ってくる。
「お邪魔します」ロファニーが続き、
「こんにちは」とベリオスの懐かしい声が聞こえてきた。
 しんがりを務めるのはリシアンで、赤いコートに身を包んだ姿でドアの前に立っている。
 ゼルジーを見つけると顔をぱっと輝かせて駆け寄り、そのまま飛び付いてきた。
「ゼル、ゼル。どんなにか会いたかったことか、あんたにはわからないでしょうねっ」
 ゼルジーもきつく腕を回し、
「わたしにわからなかったですって? とんでもないわ。来る日も来る日も、あなたのことをずっと待ってたんだから。あなた、元気にしてた?」
 リシアンは腕をそっと振りほどくと、真剣な顔でゼルジーを見つめる。
「あのね、ゼル。わたし、あんたに言わなくちゃならないことがあるの」
 ゼルジーの頭に、さっと不安がよぎる。
「まさか、やっぱり森は切られて、道路ができるっていうんじゃないでしょうね? だけどあなた、手紙では工事は中止になったって、そう書いてたじゃないの」
「ううん、わたし達の森は無事よ。桜の木もね。そうじゃないの。もっと大変なことが起こったのよ」リシアンは、いったん言葉を切った。「『木もれ日の王国』に恐ろしい怪物が現れたの。あの魔王ロードンですら小さな赤ん坊に思えるほどのね。もちろん、わたしとロファニー、それにベリオスで挑んだわ。でも、ぜんぜん歯が立たないの。お願いよ、ゼルジー、パルナン。もう1度、あんた達の力を貸してちょうだい!」

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