17.ルールに変更なし

 ゼルジー達は、ニレの木の下に集まって座っていた。セミの鳴き声が次第にやかましくなり、じわじわと暑さが増していく、そんな午前だった。
「わたし達、どうして勝てなかったんだろう?」ゼルジーがぽつりと洩らす。
「ロファニー兄さん、言ったよね。魔王ロードンは、1度にすべての種類の魔法なんか、防げないって。でも、ぼくらは、同時に魔法を放ったのにさ」パルナンはロファニーを見た。
 黙ったままのロファニーに代わり、ベリオスが答える。
「きっと、おれ達の魔法が弱かったんだ。最強の魔法を唱えるべきだった。まあ、おれは持てる力をすべて出したつもりだけどな」
「あら、わたしだって一番強い魔法だったわ」リシアンは即座に反論した。ゼルジーとパルナンも、うんうんとうなずく。どうやら、手加減をした者など誰もいないらしい。
「タイミングがずれたのかも」とパルナン。「魔法を投げかけるとき、同時じゃなかったんじゃないかなあ。魔王はきっと、その隙を捉えて、反発する呪文でかわしたんだ」
「あれ以上は、ぴったり合わせられないわ。ロファニー兄さんの掛け声で、いっせいにやったんですもの」今度はゼルジーが異を唱える。
「魔法が弱いわけでもなく、タイミングも合っていたとなると、やっぱ考えられるのは、単純に魔王ロードンが強すぎたってことだな。奴も言ってたじゃねえか。眠っている間に力を付けたって」ベリオスが結論づけた。
「なら、簡単じゃない」リシアンが、わかったと言うように顔を向ける。「わたし達も、強くなればいいだけのことだわ。相手が5大元素なら、こっちは6大元素の魔法を使えるようにするとか」
「だめだよ、リシアン。それじゃ、ルール違反になっちゃう」パルナンがすかさず指摘した。
「そうね、最初に取り決めしたんだったわ。わたし達、自分の持っている属性でしか魔法は使えないのよ」ゼルジーもがっかりしたように言う。
「でもよ、それじゃどうあっても魔王にゃ勝てねえぞ。この際、ルールを変えるしかないんじゃないのか?」ベリオスはルールの変更を求めた。
「ルールを変える……かぁ」リシアンは梢を見上げる。きらきらと日の光が輝いていた。
「ベリオス兄さんの言う通りかも知れない。ねえ、リシー、パルナン。物語がすっかり行き詰まってしまったんですもの、ルールの変更を考えてみない?」
「もう、それしかないのかなあ」パルナンもあきらめたようにため息をつく。「ロファニー兄さんはどう思う?」
 あぐらをかいて頬杖をついていたロファニーは、つぶっていた目を久しぶりに開いた。
「そうだなあ。ぼくらには、まだ何かが足りない気がするんだ。うまく言えないけれど、魔王にないものがぼくらにはある。それさえわかれば、すっかりうまく行くと思うんだ」
「魔王には5大元素の魔法があるわ。それは、わたし達も持っているから、この点は互角よね」とリシアン。
「魔王は1人、ぼく達は5人。ここが違うんだね。ヒントがあるとすれば、それなんだけど」パルナンは考え巡らせる。
「人数が多い分、わたし達のほうが有利なはずよ。そうはならなかったけど」ゼルジーが思い出させた。
「そこだよね、不思議なのは」ロファニーはうなずく。
「頭数は関係ないのかもな」ベリオスが慎重に口を開いた。「1人対5人だとしても、魔法の属性としては同格なんだろ? そのうえにきて、あいつは『長い眠り』とやらで、さらに力を付けちまった。力比べじゃ、もうかないっこないぞ」
「そうなると、やっぱり……」リシアンは言葉を濁す。
「ルールの変更しかないのかしら」ゼルジーがリシアンの後を継いだ。
 半時ばかり話し合ったものの、妙案が浮かばなかったので、会議はいったんお開きとなった。
 ロファニーがパルナンに、カブトムシのいい穴場があると教えると、すっかりその気になってしまう。ロファニーとベリオスは、森のことなら隅々まで知っていた。山のふもとまで足を伸ばせば、里では滅多に見られない珍しい昆虫がいるぞと聞かされ、このところご無沙汰だった虫採りに胸をときめかせるのだった。
 いっぽう、ゼルジーとリシアンは、何かほかの空想ごっこをしようと話し合う。けれども「木もれ日の王国」のことで頭がいっぱいで、どうにも身が入らなかった。
 しかたなく庭に咲いている花を見て回るが、それも飽きてしまうと、夕飯に使うサヤエンドウの皮むきを手伝うことにする。
「わたし、自慢にもなんにもならないけど、家事の手伝いをしたことってなかったの」ゼルジーは、サヤエンドウの1つと格闘しながら言った。
「わたしは暇なときによくやるわ。ここって田舎でしょ? だから、畑で野菜を拾ってきたり、ときどきはジャガイモの皮むきだってすることがあるんだから」
「ああ、これってなかなか皮が剥けないわ」
「いい? ゼル。最初に筋を取ってしまうの。そうすればあとが楽だから」リシアンは器用に筋を取ると、するっと豆を取り出して見せる。
「あら、本当。なかなか面白いわ。退屈しのぎにはうってつけね。でも、ロンダー・パステルじゃ、初めっからさやをとってある豆ばっかり売っているのよ」
「あんた、向こうじゃ休みの日はどうやって過ごしてるの?」リシアンが聞いた。
「図書館に行って本を読んだり、友達の家で遊んだりすることが多いわ」
「外ではあんまり遊ばないのね」
「公園なら行くわ。でも、それ以外だと確かに家の中ばかりね。だって、ほかに遊ぶ場所がないんですもの」ゼルジーはふうっと溜め息をつく。
「こっちじゃ、図書館にしたって友達の家にしたって、みんな町のほうだから、おとうさんにクルマを出してもらわないとだめだわ。ほんとのことを言うと、あんたがとってもうらやましいの」リシアンが白状する。
「わたしのほうこそ、あなたがうらやましいわ!」ゼルジーはびっくりしてしまう。「木や花がこんなにたくさんあって、1日中走り回ることが出来るんですもの。クルマもめったに来ないから、事故に気をつけろってうるさく言われないですむじゃないの」
 サヤエンドウをすっかりむき終わってしまうと、クレイアがトウモロコシを焼いてくれた。
「男の子達はまだ戻ってこないの?」
「うん、いまごろは森の中で虫取り網を振り回していると思う」トウモロコシを囓りながら、リシアンが答える。
「パルナンったら、大喜びでついてったわね。こっちへ来てこのかた、大きなカブトムシを見つけるんだ、って夢中になっていたもの」ゼルジーは、まるで年の離れた弟でもあるかのように笑った。
「お昼までには帰ってくればいいんだけど」クレイアは窓の外に顔を向ける。目を凝らせば子ども達が見つかる、とでもいうかのように。
「大丈夫よ、お母さん。ロファニー兄さんが一緒なんだもん」
「うんうん、大人だものね、ロファニー兄さんって」ゼルジーはうなずいた。
 リシアンの予言通り、ほどなくしてパルナン達は戻ってきた。虫かごは、カブトムシやクワガタムシで真っ黒に見えるほどである。
「見てっ、ゼルジー。ほら、こんなにいっぱい採れたよ。しかも、どれもでっかい奴ばっかり!」パルナンは虫かごを自慢げにかざした。かごの中では虫たちがぎちぎちと音を立ててひしめき合っている。
「すごいけど、お願いよ、パル。それを部屋に放したりしないでね。髪の毛に付いたら飛び上がっちゃうに決まってるもの」
「捕まえてこなかったけど、こんなでけえカマキリもいたんだぜ」ベリオスは両手を広げた。どう見ても30センチは超えていたが、ゼルジーは真に受けた。もちろん、リシアンにそんな大げさなど通じなかったけれど。
「お昼までに戻ってくれて助かったわ。食事はいちどきじゃないと、後片付けが面倒だからねえ」クレイアは昼ご飯の支度に取りかかる。
 リシアンがテーブルに着くと、隣に座っていたロファニーがそっと耳打ちをした。
「ねえ、リシアン。虫採りの間ずっと考えていたんだけど、ルールの変更はしなくてもいいんじゃないかな。なんとなくだけど、ぼくらに足りないもの、それがわかったような気がするんだ。あとは見つけ出すだけさ。なあに、それほど難しいことじゃない。きっと、うまく行くよ」

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