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雑談#3 思いついたら、書かずにいられない

 今回は「書く」ということについて、お話しようと思います。

 私はこのnoteでガンダムの二次創作小説を書いていますが、ほかにもアニメや映画のレビュー、読書感想文などを別のnoteで書いています。二つのアカウントを使っているのは、アカウント一つ当たり、マガジンの作成上限数が21に制限されているからで、レビューも小説の方もそれくらい必要だろうと思い、別アカウントにした次第です。

 このnoteは完全に趣味の範疇でやっていますが、もともと、ずっと仕事でもライターとしてさまざまな文章を書いてきたので、書くこと自体は自分にとって慣れ親しんだ作業といえます。
 ただ、仕事として義務感で書く文章と、ここで書きたいと思って自由に書く文章では、書く際の自分自身のスタンスがものすごく違っています。それは、書きたいと思って自由に書く文章というのは、「思いついたのだから、書かずにはいられない」というものだからです。

 物語全体だったり、ある連続する場面だったり、セリフだったり、あるいは書くべきテーマの中心となる文言が頭に浮かぶ。そうすると、それを書くという作業によってアウトプットしてしまうまで、ずっと、暇さえあればそのことを考え続けてしまう、ということが、ありませんか。頭の中にずっと映像が流れていたり、書くべき文言が字幕のようになって流れ続けるという感じになって、とにかく、これを止めるためには書かないといけない、ということが。

 このとき大切なのは、浮かんできたことをそのまま書いても、人に伝わる文章にはならない、ということです。小説であれば、状況が伝わるような描写を適宜加えていくことが必要です。特に最初の書き出しで、自分が頭に描いたその世界、その映像の中に読者を引き込めるかどうか、これはとても大事なことだと思います。

 二次創作小説では、土台となる映像作品があるので、多くの場合、こうした描写をしなくても、読者は共通認識を持っています。多くの場合、とくに書き手が女性だったりする場合、登場人物の固有名詞さえ省かれていることがあります。わかる人だけに読んでほしい、という工夫なのでしょう。
 私の場合は、それと対極で、なるべく誰が読んでも入っていけるように書くようにと心がけています。どちらがいい、ということではなく志向性の違いでしょう。

 はじめて二次創作小説を書いた頃から20年近くがたちました。その間、インターネットで得られる情報量が格段に増え、私の場合、自分が行ったことのない街の地理や情景なども、グーグルマップやストリートビューを見ながら、具体的にイメージして書くことができるので、舞台設定がとても豊富になりました。

 noteに公開している小説で、特に自身の旅の経験が生かされたのは「ククルス・ドアンの島前日譚 逃れの海」です。日本100名城・続日本100名城で九州の城めぐりをした経験をもとに、ジオン軍がどこに降下し、どういう経路を通って進軍するか、それに対して地球連邦軍はどの場所で防御しようとするか、ということを考えました。土台となっているのは、古代にまで遡りますが、白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗北した当時の日本のトップ、中大兄皇子が構築した、博多から太宰府、鞠智に至る防衛と兵站のラインです。これは博多湾から攻めてくることを想定したものですが、これを逆にして、九州中央部の高原地帯から海へ抜けるコースを考えたわけです。

 思いつく、というと簡単に聞こえるかもしれませんが、思いつけるようになるには、思いつくための素材をたくさん持っていることが重要かもしれない、と思っています。読書や経験は思いつくための土台になっているし、私の場合、ようやくその土台を使いこなせるようになってきた、という気がしています。

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