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重いものは水に沈む

 その偉大な王は文武に秀で、特にその弓の腕前は右に出る者はいないほど、針の穴を通すとはまさにそのことで、どんな離れた標的でも過たずに撃ち抜いた。あるとき、その偉大な王は空を行く大きな影に気づき、鳥だと思ってそれに弓矢で狙いを定めた。それが鳥ではないことがわかったときにはもう遅かった。矢は放たれており、それは過たずにそれを撃ち抜いた。
 空を行く影は女神だった。
 王の放った矢は女神の心臓を射抜いた。ハートをである。女神は王に恋をし、王はその女神を妻とした。
 女神は王に言った。「ひとつだけ、あなたの望むものを黄金に変えてあげましょう」そして、そっと微笑む。恋する乙女の表情である。ときには冷酷な女神としては珍しいことであるが、恋とはそういうものなのだろう。
 王は幾晩も思案した。黄金に変えてもらうべきはなにか? できるだけ大きなものがいいだろう。どうせ黄金にしてもらうのなら大きなものがいい。そうして幾晩も幾晩も考え、ついに結論を出した。
「ひとつだけだな?」王は念を押した。妻である女神は微笑みながら頷いた。
「ならば、海を黄金に変えてくれ」王は言った。
「海ですか?」女神は少し困ったような顔をした。
「ああ、海だ」王は言った。「ひとつだけと言ったはずだ。海は海でひとつだろう」
「わかりました」と女神が頷くと、たちまち海は黄金に変わってしまった。波は固まり、船も進むことができなくなった。離れ小島まで歩いて行けるようになった。まばゆいばかりの黄金の大海原、その輝きに気づいた人々は歓声を上げた。
「黄金だ!海が黄金になったぞ!」
 人々はその黄金を手に入れようとノミやつるはしを手に持ち、かつて海であった黄金の海原に殺到し、黄金の海面を砕き始めた。
「やめろ!」と王は叫んだ。
「それは俺のものだ!」そうして遅れを取るまいと海であった黄金に足を踏み出すと、それはまた海に戻ってしまい、王も、人々もそのまま水に沈んでしまい、二度と浮かんでくることはなかった。


No.762

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