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迷宮としての直線

 道は迷宮に憧れていたので迷宮のふりをしていたのだけれど、その実際のところは一直線だった。一直線も、一直線、どこまでもまっすぐな道である。そもそも道は迷宮なんて見たことがなかったのだ。だから、道は自分がちゃんと迷宮のふりができているのか知らない。迷宮を見たことがないのだから。見たことのないものと、それの真似ができているのかどうかを比べることはできないだろう。
 なにしろ、道があるのは何も無い荒野のど真ん中なのである。荒野のど真ん中を、一直線に真っ直ぐ伸びる道。タンブルウィードがコロコロと転がっていく。西部劇なんかに出てくるあれだ。砂っぽい乾燥した風が吹き抜けていく。口のあるものであれば、ジャリジャリしたものをその中に感じるだろう。とはいえ、、そこには生き物の存在自体まれであり、人間となるとなおさらだった。そして、道はそこから一歩も動けない。この一歩もというのは明らかに比喩であり、道には一歩を踏み出す足などないし、そもそも自由気ままにどこかに赴くことなどできない。道とはそういうものだ。だから、道は迷宮を見たことが無い。見ることも無い。可能性はゼロと言って過言ではないだろう。
 道の上では、時折悪ガキどもが車で競争をしたりした。かなりのスピードを出す。ハンドルさばきにしくじるようなドジな輩もいる。まっすぐ走るだけなのに、自分の出すスピードに恐れおののいて変にハンドルを切ってしまったりする間抜けがいるのだ。けれど、道から外れたところにあるのは荒野だけなので、大事にはいたらない。土煙を上げながら舗装されていない所を土煙を上げながら走り、仲間がドジを野次り、おしまい。みんなで笑いながら、怪我一つせずに帰っていく。ドジを踏んだ輩は自分の車に傷がついたのではないかと心配する。
 もちろん、悪ガキ以外の車も道の上を走る。ほとんどは長距離トラックだ。と言っても、少し離れたところにもっと便利なバイパスができたから、それはそのあたりの道に不案内なものばかりだ。たいていのドライバーはその単調さに欠伸をしながら走る。もしかしたら、居眠り運転をしているものもいるかもしれない。とはいえ、道から外れてもあるのは荒野だけなので、たいした事故にはならない。可能性としては、対向車と正面衝突することもありうるが、それもかなり低い確率、まあ宝くじに当たるくらいの確率である。対向車と正面衝突したいと思いながら走ってもなかなかその願いは叶わないくらいの確率ということだ。なぜなら対向車が来ないのだ。そもそもその道を走る車なんてほとんどいないのだ、
 道は、自分の上を走り抜ける車たちがどこからやって来て、どこへ行くのかを知らない。道は道自身と荒野のことしかしらない。迷宮のことも知らないので、道は自分が上手く迷宮のふりをしているのかも知らない。車たちはどこかから来て、どこかへ行くのだろう。道に理解できるのはそこまでで、それで充分だと道は思っていると思っている。
「なんで迷宮のふりなんてしているんだい?」
 ある日誰かがやって来て、道にこう言った場合のことを、道はよく考える。
「ぼくが迷宮のふりをしているってよくわかったね」
「一瞬、君が迷宮かと思ったけど、よく見ると一直線の道じゃないか。驚いたよ。こんなに完璧に迷宮のふりができる道があるなんて」
「ありがとう。まあ、かなり研究したからね」
「もう君は迷宮だと言ってもいいくらいだと思うよ」
「いやいや、ぼくなんてまだまだだよ。迷宮を名乗るなんておこがましい」
「はは、そんな謙遜するなよ」
「謙遜じゃないよ」
 だが、そんなことを言うものは現れない。道は迷宮のふりをしているけれど、一直線だし、そもそも道があれこれ喋ったり、考えたりすることなんてないのだから。


No.393


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