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そして、世界は滅亡する

 すべては終わってしまった。ふたりの奮闘努力の甲斐もなく、世界は滅亡することが決定した。彼らになら、それを回避に導くことが可能だったのだが、残念ながらそう上手く事は運ばなかったのだ。映画や小説のように、タイムリミットぎりぎりで助かるなんてのは現実にはなかなか無いことだ。そう都合よくはいかない。電車の扉が目の前で閉まった経験を持つ人は多いだろう。まあ、世の中そんなものだ。そして、決定は決定である。変更は無い。どう足掻こうと、そうなってしまったものはそうなってしまったのだ。扉のしまった電車は行ってしまうだろう。振り返ることもせず。まあ、世の中そんなものである。
 どうかふたりを責めないでほしい。彼らは最善を尽くしたのだ。と言ったところで、ふたりの努力を知る者などいなかったのだから、責める人などいなかったのだけれど。彼らの戦いは人知れずに行われていたのだ。これもまあよくある話だ。映画や小説では。と言ったところで、映画や小説であれば、鑑賞者や読者という目撃者がいる。ところが、このふたりの闘いにはあいにくそう言った類の者もいない。純然たる影での仕事。誰も知らないところでの苦闘。おそらく、重要なことは大抵表立ったりはしないのだ。華々しい表舞台での出来事など、重要でないからこそ表ざたになっているに違いない。もしかしたら、これは穿った見方かもしれないけれど。
 ふたりは人目にはつかない陰での闘争を行い、誰にも言えない苦悶を抱え、その果てに世界を救うことができなかったわけだ。彼らのその苦闘が描かれることはない。それは純然たる影での闘争であり、残念ながら映画でも小説でもないからだ。彼らには英雄になるチャンスもあった。世界を救った英雄。賞賛や拍手がなくとも、誰も知る者がいなくとも、英雄は英雄である。誰にも知られない英雄ならいつでもごまんといるわけだけれど。
 とにかく、世界は滅亡することになった。彼らには止めることも可能だったのだが、彼らはそれを仕損じたからだ。彼らと世界に残された時間は僅かである。夜が明ければ、世界は終わる。どんな終わり方になるかはふたりにもわからない。それは、その時が来ればわかるだろう。そんなものわかりたくもないだろうけれど。
「もしこの命と引き換えに」とふたりの片割れは相棒に向かって言った。彼らの眼下には街の夜景が広がっている。その光のひとつひとつには誰かがいて、その誰かは生きていて、朝が来たら死んでしまうのかもしれない。そんな想像をしそうになって、すぐにやめた。「もしこの命と引き換えに世界が救えるのなら、喜んでそうしただろう」
 相棒は彼の肩を叩いて慰めた。こんな台詞が吐けるのも、全ては終わってしまったからである。断じて彼が英雄的な精神の持ち主だからではない。果たして、本当に命と引き換えに世界が救えるとしたら、目の前にその選択があったとしてら、その命を彼は捧げただろうか。結局のところ、タラレバである。振り返ってみればなんとでも言える。現に彼の目の前には命を賭して世界を救うチャンスがあったわけだが、それがそういうチャンスだとはわからなかった。チャンスはどこにもチャンスと明記されていないのだ。そして、現実の選択は確実に彼らを苛み、勝手口の扉を開いておいてくれるのだ。
「さあ、ここからお逃げなさい」
 彼らには自分たちが最善を尽くしたという自負があった。これ以上の結果は望めなかった。それが世界の滅亡という結果でも。もし、彼らでない者がその任にあたっていれば、結果は違うものになったかもしれないが、それは彼らにはどうしようもない。彼らが彼らであることは彼らの責任ではない。
「さて」と高台から街の夜景を見下ろしながら言った。「これからどうするかね?」
「街にくり出して、最後の晩餐とでもいくか?」
「悪くない」
「ふむ」と、浮かない顔だ。
「どうした?」
「いや、やっぱり帰ることにしよう。そしてクソして寝るよ」
「夜明けには世界の滅亡だぜ」
「知ったことか。それが特別な何かになんて、死んでもしたくないね」
 そうして、世界は滅亡した。

No.304

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