死者と生者
天国が定員オーバーになった。もうこれ以上死者を受け入れられないという。そんなわけで、死者は行き場を失い、この地上に戻ってくることになった。
ある男は、父の葬儀を済ませ、埋葬をしたその翌日に父が帰ってきた。
玄関で物音がするものだから不審に思い、居間を覗くと、テレビの前、いつもの場所に死んだはずの父親が座り、テレビ画面をぼんやり眺めている。それは見慣れた光景だから、なにも思わずに通り過ぎそうになったが、一拍おいて男は驚き腰を抜かした。
こんなことが至るところで起きた。しかしながら、それは基本的には嬉しい驚きとして迎えられた。もう二度と会うことのない肉親や友人に再会できたのだから。
しかし、三日も経つと、喜びは薄れていった。そもそも、それまで毎日顔を突き合わせていた相手だし、それに結局のところ、別に生き返ったわけではないのだ。死者は死者なのである。
と言っても、死者と生者の姿には違いがない。ちゃんと足があるし、透けたりもしないし、触れることだってできる。別にオバケや幽霊の類ではない。腐っていたり、そういうのもない。ゾンビでもない。それは死者なのだ。オバケや幽霊、ゾンビではない。
姿には違いがないが、その振る舞いが違うのだ。死者の振る舞いは生者と明らかに違う。死者はものを食べないし水も飲まない。眠らないし、笑わない。
注意してほしいのは、死者は死体ではないということだ。死者は死んだ時にそれぞれのやり方で埋葬されているので、身体を持たない。身体は無いが、死者は死者としての実体を持って存在しているのだ。
とにかく、街は死者と生者が入り交じった状態になった。しかも、日々死人はでるわけで、死者は増え続けた。生きている人たちは次第にそれに慣れた。道で死者とすれ違っても奇異に感じるものはいなくなった。ところが、困ったことに、この地上にも限りがあるのだ。あまりに死者が増え、同時に生まれてくる赤ん坊もいるわけで、生者も増え、このままだとあっという間に地上も定員オーバーになることが予想できた。いずれ天国が拡張工事を行うだろうということだったが、それだっていつになることやら。
そんなわけで、人々は頭を抱えた。死者も生者もみんな。赤ん坊は抱えなかったけれど。
困った困った。残念ながら、このお話は特に解決の無いまま終わる。困った事態はそのままだ。
一つ良かったことを挙げるとすれば、殺人の件数が激減したことだろう。考えてもみてほしい。殺したところで、その相手は死者として街に帰ってくるのだ。ばったり出くわしたりしたら気まずいことこの上ないだろう。
No.634
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