見出し画像

君と夢の中

「君が夢に出て来た」と、ある朝クラスメイトに言われた。急に。その男子とは話したことなんてなかったから、わたしがとにかく驚いたのは言うまでもないだろう。というか、そもそもわたしはあまり男子とは話さない。正直、男子が苦手だ。特にサッカー部とか野球部。あの「うぇーい」みたいな感じが苦手だ。その朝、わたしに話しかけてきた男子はそういう「うぇーい」な感じじゃなかったけれど。どちらかというと「なに考えてるかわからない」って感じで、本当になにを考えているのかわからない。いつもぼんやりしていて、勉強もできない感じだし、友達もいない感じ。誰かみたいだな。わたしか。
「な、な、な」と、わたしはわなないた。「ど、ど、どうしてわたしがあんたの夢に出ないとならないのよ?か、か、勝手に出さないでよ」
「いや」と、彼は頭を掻きながら。「知らないよ。勝手に出て来たのはそっちじゃん」
「いや、出てませんけど」と、わたし。
「いや、出て来たんだよ」と、彼。「まあ、いいけど」と言ったきり、行ってしまった。ちょうどよくチャイムが鳴り、先生が入ってきた。わたしは慌てて席に着いたのだけれど、もやもやは止まらない。彼の席はわたしの席から教室の対角線、斜め前で、授業中には見ようと思えば彼の後姿が視界に入った。いや、見ようとは思っていないのだけれど、つい彼の後姿を見てしまう。
 わたしが夢に出た。それはどういうことだろう?なんだか意味深で、その上それをわざわざ言いに来るのはどういうことだろう?そういう疑問が頭の中をぐるぐるぐるぐる回っていた。そうしていたら、誰かがわたしの名前を呼んでいる。しつこいくらい何度も。いったい誰?なんの用?と、思ったら先生だった。
「なにぼんやりしているの?」と言う先生の声には棘がある。教室中が忍び笑いをする。わたしは小声で謝り、小さくなる。全部彼のせいだ。
 それからというもの、わたしはその男子のことがなんだか気になるようになった。全然かっこよくもないし、好きになるような要素はひとつもない。気になって、つい目で追うようになっても、新たな魅力を発見するようなことは一切なかった。本当にいつもぼんやりしていることを再確認し、授業なんてほとんど聞かずに窓の外ばかり見ているのを見ていると成績が悪いのも納得だし、体育の授業では本当に影が薄いし、彼を好きになるような人なんてきっといないだろうな、と思った。
 そんなある夜、夢に彼が出て来た。わたしの夢だ。
「な、な、な、なんで」と、わたしはしどろもどろになった。夢の中なのに。「なんで、わたしの夢に出て来るの?」
「さあ」と、彼は肩をすくめた。「わからないよ。君が出したんでしょ?」
「出してない」
「いや、出ようなんてしてないから」
 そんなやりとりをしていて目が覚めた。とても微妙な夢だった。
 その朝、わたしは学校に行くと、その男子に言った。
「君が夢に出て来たよ」
「うん」と、彼は頷いた。「君の夢に出たよ」
「は?」
「君の夢に出ようと思って、出た」
「え?」


No.443


兼藤伊太郎のnoteで掲載しているショートショートを集めた電子書籍があります。
1話から100話まで

101話から200話まで

201話から300話まで

noteに掲載したものしか収録されていません。順番も完全に掲載順です。
よろしければ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?