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そんな時間はありません

 時代が時代であれば、その技術は錬金術のようなものとして、または魔術のようなものとして捉えられたかもしれない。とはいえ、錬金術が科学の礎を築いたことは否定できないし、科学によって魔術は駆逐されたかに見えたが、その当の科学が魔術めいたものとして再魔術化した感はいなめない。つまりその線引きは非常に曖昧であり、この発明をした科学者たちの発表を聞いても、大抵の人々はそれがどのようなものなのか理解できなかったし、完全な新分野であったため、専門家と呼べる人間もほとんどいなかったから、科学者たち自身を除いて、本当にそれを理解しつくした人間などいなかった。人々にとって、それは錬金術であり、魔術であった。それをそう呼ぶことに些かも抵抗は感じられないだろう。なぜなら、彼らは無から有を産み出すことに成功したからだ。それを魔術と呼ばずになんと呼ぼう。
「この画期的な発明は」とプロジェクトリーダーは語った。「全てとは言わなくとも、ほぼ全ての問題、この惑星の上にある問題を解決することになるでしょう。無は無限にあり、それからエネルギーを抽出することができるのです。もう、石油をめぐって争うこともありません。核のゴミに頭を悩ますこともないのです」
 万雷の拍手。笑顔で応えるプロジェクトリーダー。
 しかし、その表情は舞台袖に来ると一変する。額に脂汗が滲む。目が血走る。
「あいつは見付かったか?」
「いえ」
 あいつとは誰なのか?それはこの発明を独力で成し遂げた天才、この発明の全貌を知るこの世で唯一の男だった。プロジェクトリーダー以下、チームの他の人間はスポークスマン、いや、それにすらなれていない。なにしろ、彼らはその発明がどういった仕組みなのかを説明することができないのだから。彼らにとってもまた、それはまるで魔法のようなものなのだ。そんな状態で世間にそれを発表したのは、かの天才の意向である。
「大丈夫」と天才は言ったのだ。「その時までには、どういう仕組みなのか、みなさんにご説明しますよ」
「もし、発表しなければ」とプロジェクトリーダーは恐る恐る尋ねた。「この発明は闇に葬るつもりなんだな?」
 天才は頷く。
 かくして、発表の日を迎えたのだが、天才は姿をくらまし、プロジェクトリーダーはその仕組みをでっち上げて説明することになったのだった。しかし、そのでっち上げは上手くいき、なにしろ人々はそれを魔術と捉えたからだが、実用化され!広く一般に使われることになった。化石燃料業界や、核燃料業界が黙っていなかったが、それすら跳ね返すほどの革新性がこの発明にはあった。なにしろ、無からエネルギーを生むのだ。これに敵うものがあるはずがない。
 しかしながら、プロジェクトリーダー以下科学者たちは落ち着かない気持ちで日々を過ごしていた。なぜなら、その仕組みがわからないからだ。もしかしたら、この発明には重大な欠陥が隠されているのではあるまいか。この疑いはかなり早い段階から彼らの間では持ち上がっていたのだ。なにしろ、無からエネルギーが生まれるなどよもや信じられない。科学者たちは疑ったが、どんなに頑張っても、その原理がわからない。わからないものを発表してしまったことに、彼らの科学者としての良心が痛んでいたのだ。表面上はにこやかにしていても、不意に頭をもたげる不安から逃れることはできない。
 そんなある日、天才が、あの発明をなした天才がふらりと姿を表した。
「どこに行っていたんだ?」
「まあ、ね」と曖昧な返事。「さて、だいぶあの発明は広まったみたいですね?」
「エネルギーに革命が起こったよ。無からエネルギーを生むのだから当然かもしれないが」
 天才は目を丸くした。「本当に無からエネルギーを生むと思っていたんですか?」
 やはりな、と科学者たちは思った。「そんなことだろうと思っていたよ。あのカラクリはどうなっているんだ?あれは何をエネルギーに替えているんだ?」
 天才はニヤリと笑った。「タダより高いものはない。あれは時間からエネルギーを作っています」
「時間?」
「時は金なり、ではなく、時はエネルギーなり、なんですよ。我々の周りにある、時間をエネルギーに変換しているんです。しかし、どうやらそれも尽きようとしているようだ」
「詳しく説明しろ!」
「そんな時間はありません」



No.224

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