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流れ星が消えるまで

 最初期に打ち上げられたものだったので、その人工衛星はかなり老朽化していたし、機能面を考えても、最新鋭のものに比べればかなり落ちると言わざるを得なかった。それに、すでに衛星軌道上は混雑してきていて、というのは人類がせっせと自分たちで拵えた出来損ないの星をそこに浮かべたからなわけだけど、そうなると、もう足取りも覚束ない老人には退場願おうという流れになるのが自然で、その人工衛星の廃棄が決定されたのだった。どのように?まさか粗大ごみの日に出すわけにはいかない。ほんの少しだけ、大地の方へ手招きしてやればいい。そうすれば、人工衛星は落下を始め、大気との摩擦で燃え尽きることになる。これにて一件落着。
 地上からの信号を受けた従順な人工衛星は、速度を落とす措置をした。すると高度も落ち始め、最初それはゆっくりとだったが、徐々に加速し、二次関数のグラフにほぼ近い形で速度を増加させ、自分の生まれ故郷である大地を目指し始めた。もちろん、人工衛星は知らないだろう。そこに辿り着くことはないということを。それは打ち上げられた瞬間から決まっていたことなのだ。それは死出の旅だったのだ。もしかしたら、全ての旅がそうなのかもしれないけれど。それに、人工衛星には何かを考えるような知性なんて無いから、何も思ってはいない。
 ぼくは管制室を抜け出した。ぼくの仕事はそこにはもう残っていなかったからだ。あとはその最期を見届けるだけだ。もちろん、その破片でも市街地に落ちでもしたら大事だ。とはいえ、落下を始めてしまったものをもう戻すことはできない。予定通りに行けば、市街地には落ちないし、事実予定通りにことは進んでいた。地上に落ちてくるまでには燃え尽きてしまうはずだし、万が一燃えきらなかった破片があったとしても、それは全て海へ落下することになるはずだ。ぼくにできることなどもうない。
 ぼくは車に乗り込むと、平原を目指した。研究所の周囲は広大な平原だ。大昔には野生の馬が生息していたらしいが、入植者たちによって絶滅してしまった。ぼくは車を走らせた。対向車とは一度もすれ違わなかった。その辺りはもう夜だった。それまでぼくの見ていたコンピュータの画面には、人工衛星の軌道が世界地図の上に記されていた。そこには夜も昼もなかった。あるのは球体と、それに吸い寄せられていく小さな物体に過ぎなかった。全ては物理法則だった。車を道から外れさせた。そこは街灯もなく、ぼくはヘッドライトだけを頼りに車を走らせた。舗装されていない道をだいぶ走って、そこでぼくは車を停めた。辺りには何もなかった。何もだ。昼間であれば、遠くに山脈が望めるだろうが、真っ暗闇の中ではそんなものは見えない。あるのは満天の星空だけ。ぼくは車のボンネットに寝転がった。エンジンの温かみを感じた。そうして夜空を見上げていた。幾つかの流れ星を見たあとに、ぼくの待っていたものがやって来た。それは流れ星のようだったけれど、それよりもずっと長く光り続けた。燃える人工衛星だ。それは夜空を横切っていった。光が見えなくなってからも、ぼくはしばらく夜空を見ていた。

No.253

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