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不発弾

 学校が休みになった。突然なことだったけど、学校が休みになって喜ばないものはいない。休みになった理由は、体育館の建替え工事をしていたら不発弾が出てきたからだ。土を掘り返していたら、それが出て来たらしい。なかには火薬が詰まっていて、もしかしたら爆発するかもしれないとのことだった。
 昔々、この国が戦争をしていた頃、ぼくの住む街には戦闘機を作る工場があった。いまでは旅客機のエンジンを作っている工場だ。そのため、そこを目がけて爆弾を落とすために、よく爆撃機がやって来て爆弾を落としていっていたそうだ。今回見つかった爆弾も、その頃落とされたもののひとつらしい。
 学校の半径数百メートルが立ち入り禁止になった。休みになったとはいえ、ぼくたちは外出も禁止された。たとえ許されていたとしても、ぼくは臆病だから外になんて出なかっただろう。風船が破裂するのだって苦手だし、打ち上げ花火もあまり好きではない。誕生日のお祝いにサプライズで鳴らされたクラッカーに心臓が止まるほど驚き、激怒して当たり散らしたほどだ。
 ぼくは不発弾が爆発するのではないかと怯え、ビクビクしながら自室に籠った。なにをしても手につかない。マンガを読んでいても内容が頭に入ってこないし、テレビを見ていてもなんだかソワソワする。時計が気になるのは、不発弾処理の時刻が早く過ぎ去ることを祈っているからだ。と、同時に、その時刻になにか大きな爆発があっても心の準備をしておくためでもある。秒針が時を刻む。つけっぱなしのテレビの中では、芸能人がバカみたいに笑っていた。
 ぼくは爆弾を見たことがない。いまは平和だから、爆弾なんて使わない。そんなものが降ってこないどころか、どんなものも降ってこない。なにかが降ってきたらそれだけでも大事だ。少なくとも、ぼくの住む街では。あるいは、世界のどこか、ここではないどこかでは、そういうこともあるのかもしれない。
 ぼくは爆弾を想像してみる。黒光りする金属の塊、ぼくの腕では抱えきれないくらいの大きさ。その中には、爆薬が破裂の瞬間を今か今かと待ち構えている。唸りを上げて飛ぶ爆撃機の腹の扉が開き、それは宙に放り出される。空気を切って落下していく。地面がぐんぐん近付いてくる。逃げ惑う人々が見える。爆弾はそれを見ても無表情だ。そもそも爆弾には表情など無い。そして、爆発。純粋な暴力。
 不発弾は、なんの拍子か爆発せず、地面の中に潜り込んでしまったのだ。そしてそこで、長い時間を過ごした。その上を、少なくない人々が通った。ぼくもその一人だ。そこには常に爆弾が、純粋な暴力が眠っていた。もしかしたら、ほんの些細なきっかけで目をさましたかもしれない暴力。
 ある日、それが目を覚ます。なんの前触れもなく、突然。多くの人が傷つくのだ。ぼくもそのひとりだ。
 不発弾の除去は問題なく終了し、午後には外出禁止も解除された。翌日からは普段通り学校があった。二三日は不発弾のことを話したりもしたけれど、じきに忘れた。
 もしかしたら、この地面の下には、まだ別の何かが眠っているかもしれない。


No.550


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