花束を君に

 生来の無愛想で仏頂面のわたしが、花屋を営んでいたと知った方々はみな一様に驚かれます。確かに、鏡を見るたびこの顔はどうも花屋ではなく、大工の棟梁か鳶の親方か、と、我ながら思ったりもするくらいです。しかしながら、幼時から花を愛し、ついには自分の店を持つにいたるほどの花好きがわたしなのです。
 とはいえ、接客には向かない性格ですので、最初から繁盛などは諦めておりました。ただ、一日中好きな花に囲まれていられれば、あとは日々食うに困らなければ、それで何の問題もありませんでした。さすがに長くやっていれば常連客もつくもので、そういった方とは少しばかりお喋りをしたりもしましたが、それもだいたいお客様の方から話し掛けてもらったのにわたしが答える、といった感じでした。
 そのお客様は、常連客と言っていいほど、定期的にうちに通っていただいた方です。わたしと同年輩の男性で、これまたわたしと同じように無愛想で口下手であるのがその容貌から簡単に窺い知れるようなお客様でした。
「妻の」とそのお客様はぼそりと呟くように言いました。「誕生日に花束を贈りたいんだ」
「どんな花束にしましょう?」
「任せる」
 わたしは精魂込めて花束を作りました。なるたけ新鮮な花を選び、配色を適切にし、花言葉にも注意しながら。それを見せると、そのお客様は軽く頷き、御代を払うとそそくさと帰っていきました。
「結婚記念日に」
「誕生日に」
「誕生日」
「結婚記念日」
 その方はそうしてうちの店に年二回、奥様の誕生日と、結婚記念日の日に花束を買いにくるようになったのです。そうして、その繰り返しが積み重なり、年月が過ぎて行ったのです。
 数十年の年月が過ぎた頃でしょうか。ある日、それはその方の奥様の誕生日でも二人の結婚記念日でもない日に、そのお客様が見えたのです。わたしは不審に思いましたが、何も言わずにおきました。
「妻の」と、そこで区切りました。そして意を決するように言ったのです。「墓に供える花束がほしいのだが」
「そうですか」と、わたしはお悔やみも言わずに花束を作ったのです。なにしろ口下手なものですから、わたしにできるのは、そうして花束を作ることで悼むことだけだったのです。出来上がった花束を受け取ると、その方は涙を流されました。わたしはそれを見なかったふりをしました。
 そして、そのお客様は年三回来店するようになったのです。奥様の誕生日、二人の結婚記念日、奥様の命日。それが何年か続いたのですが、その間にわたしが体調を崩しました。なかなかどうして、病状は良くもならず、悪くもならず、とにかくその病気と上手く付き合っていく他ないようなものでした。そこで、わたしは店を畳むことにしたのです。
 店を閉める最終日、あの件のお客様が見えたのです。奥様の誕生日でも、二人の結婚記念日でも、奥様の命日でもない日でした。
「花束を一つ」
「なんの記念日の花束でしょうか?」わたしは尋ねました。
「とにかく盛大なやつを、一つ」
 わたしは首を傾げながら花束を作りました。とにかく盛大に。そして、それをお客様に見せると、満足そうに頷いています。そして手渡したのですが、すぐにそれをわたしに返すのです。
「何かお気に召さない点でもございますか?」これまでそんなことはありませんでしたから、わたしは驚きました。
「いや」とお客様は言いました。「あなたに贈る花束です。長い間、お疲れさまでした。あなたが花束を作ってくれたから、わたしも、わたしの妻もとても幸せな人生を送ることができました。お疲れさま。今までありがとう」


No.228

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