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猿たちへ

 昔々、ある森に一匹の猿がいました。猿はそこで生まれ、そこで成長し、他の土地を知りませんでした。その森の木から木へと飛び移るのが猿たちの生き方であり、その木々の限界こそが猿たちの限界でもあったのです。猿たちはその森の中で育ち、子どもを育て、そして死んでいくものでしたし、それに何か疑問を持つようなこともありませんでした。しかし、その猿はちょっと変わり者でした。
「きっとここよりもいい場所があると思うんだ」猿はことあるごとに言いました。「あんなしけた木の実を拾い集めるのなんてもううんざりだ。もっと楽して腹一杯食べられる土地があるはずだ」
猿の母親の猿はため息をつきました。「誰にそんなことを吹き込まれたんだい?」
「渡り鳥だよ」と猿は母親の機嫌を取ろうと毛繕いをしながら言いました。「もっと北に行けば、そういう場所があるらしいんだ」
 母親猿はまたため息をつきました。「北に行くって、そうなると草原を渡らなきゃならなくなる。草原にはライオンもハイエナもいる。あんたの腹が一杯になる前に、ライオンの腹が一杯になることになるよ」
 ところが、猿は母親猿が諭すのも聞かず、仲間を募って旅に出ることにしました。草原を渡った先、渡り鳥たちの言う豊かな土地を目指すのです。大人たちは無謀だと反対し、呆れましたが、何匹かの無鉄砲な若い猿が集まり、いざ出発です。
「さあ、楽園を目指して行こう!」
 さてさて、ここからは少し話をはしょりましょう。結局のところ、猿は楽園には辿り着けませんでした。猿たちがたどり着いたのは、もともと住んでいた森よりは少しいいかな、くらいの森。もちろんそこにも満足できずにまた旅に出、またたどり着いたのもそれまでとさほど変わらないような森、当然猿はそれでは満足せず、旅から旅の生活を続け、旅の途中で死にました。旅の間に子どもを作り、それを育てていましたから、猿の旅はその子猿たちが続けることになりました。
「こんなところはもううんざりだ!きっとここよりもいい場所があるはずだ!」
 この、今いる場所を不満に思い、旅する猿は旅をしながらどんどん子孫を増やしました。そして、途中でグループが分裂したりしながら、どんどんとその数を増やし、極寒の雪原から、灼熱の砂漠まで、楽園を求めて入っていったのです。もちろん、それには多くの犠牲が払われました。砂漠で渇きに苦しみながら死ぬ猿もいましたし、雪山で凍え死ぬ猿もいました。しかし、そうして死ぬ猿を補って余るほど、この猿は繁殖能力の高い猿でした。だから、どんなに死んでも数は増え続け、旅を続けたことで、ついにはこの猿の仲間がいない場所がこの惑星のどこを探しても見付からないまでになりました。それほどにまでなっても、彼らの始祖であるあの猿の求めた、そしてその子孫たちが求めた楽園は見付からないのでした。
「いや、どこかにきっとある」
 猿はついにはロケットを作りました。他の惑星にまでその手を伸ばし始めたのです。そして、彼らのその探求の旅は今もまだ終わっていないのです。
「で、何がいいたいの?」
「ぼくらは現状に不満を持つことで進化してきた」
「だから?」
「うん、まあそういうことだよ」

No.315

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