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迷路、そこで君に出会うこと

 街は迷路だった。道はふたつに分かれ、みっつに分かれ、分かれ、分かれ、進んで行くと様々な選択肢が次々と目の前に現れ、そのたびにぼくは選び、選び、選び取って、進み、進み、進んだ。思い返してみると、どれも間違った道だった。いつも間違った道を選んでしまった。気づくのは少し進んだあとだった。少し進んでみて、その道が正しくないのがわかるのだ。それは気配から感じ取られる。間違った道に独特の気配。ぼくは後悔するのだけれど、引き返すことはできない。進むことしかできない。進み、選び、間違え、それでも進み、選んで間違えた。間違えに間違え、そして、君に出会った。
「なんだか、出会ったことも間違いだったみたいだね」と、君は笑った。
「そういうことじゃないよ」と、ぼくは首を横に振る。「そういうことじゃない」
「じゃあ、どういうこと?」と、君は尋ねる。
「ぼくが間違った道を選んで来てしまったばかりに」と、ぼくは言った。「間違った場所で君と出会うことになってしまった。それが残念でならないんだ」
「じゃあ」と、君は言った。「もう一度、出会い直すことにする?」
「そんなことができるの?」
 気づくと、ぼくは君と出会う前のぼくだった。出会う前になってみると、あれは間違った場所であり、間違ったタイミングであり、そして君は間違った相手だったことがわかった。いや、それは君が目の前にいたときから、ぼくはそう思っていたのだ。君は間違った相手だった。君の機嫌を損ねないため、君を失わないために、ぼくは嘘をついた。あの出会いは間違いだったのだ。
 ぼくはまた、迷路の街を進むことにした。いたるところに分かれ道があり、その先にはまた分かれ道がある。選び、選び、選ぶ。進み、進み、進み続ける。今度こそ、正しい場所で、正しいタイミングで、正しい相手に出会うために。そのために、正しい道を選ばなければならない。正しい道、正しい道、正しい道。相変わらず、自分が正しい道を選べている自信はなかった。もしかしたら、これは間違った道ではないか、そんな不安を抱えたまま、進み、選ぶ。そこでまた、確信を持てず、不安を抱え、次に進む。はたしてこれまでに正しい道を選べたことなんてあっただろうか。それでも、正しい道を選べていると信じながら進み、進み、進み続ける。
 そして、ぼくは立ち止まる。正しい場所、正しいタイミング、正しい相手と出会う。それは完全無欠に正しい相手なのがひと目でわかる。
「お待ちしてました」と、その人は言う。「やっと出会えましたね」
「ごめんよ」と、ぼくは言う。「行かなきゃ」
「どこへ?」と、その人は首をかしげる。微笑みながら。
「うん、行くよ。行くことにする」
「そう」と、その人は言う。「きっとあなたはそう言うと思っていました。さようなら。また、いつの日か」と言って、手を振る。それを振り返りもせず、ぼくは急ぐ。
 選び、選び、選び取って、進み、進み、進み続ける。それが正しい道なのか、間違った道なのかはまったく考えない。とにかく選び、進む。迷って、後悔し、それでも選び、進み続ける。
 そして、ぼくはまた君に出会った。
「正しい相手には会えた?」と、君は尋ねた。
「どうかな?」と、ぼくは答える。「わからないけど、君と出会うことにした。もう一度、君と出会うことにした」
「勝手な人だね」と、君はため息をついた。「すごく勝手だ」
「そうだね」とだけ、ぼくは答える。「勝手だ」
「君なんて嫌いだ」と、君は言った。
「だろうね」と、ぼくは答える。
「間違った相手なのかもしれない。お互いにとって」と、君は言う。
「そうかもしれない」と、ぼくは答える。「それでも」
「それでも?」
「うん、それでも」
 君はそっと微笑んでいた。


No.419


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