見出し画像

魔女の見習い

 わたしが2.5人の魔女と出会った話。
 魔女たちは街の片隅でひっそり暮らしていた。魔法を使っていたわけではないけれど、ほとんど人目につかなかったのじゃないかと思う。魔法たちの家は一見廃屋で、まさかそこに人が住んでいるなんて思えないだろう。
 魔女たちの構成はこうだ。表の魔女、裏の魔女、そして、両義的な魔女。両義的な魔女は存在しながら、存在していなかったので、0.5人と勘定するらしい。存在しながら、存在しないというのがどんな風なのか、わたしにはわからない。なにしろわたしが魔女たちのもとを訪れる時は決まって両義的な魔女は不在状態だったからだ。
「出掛けているの?」
「出掛けているんですか、だろ」
「出掛けているんですか?」
「いいや」と魔女は首を振る。「いると言えばいるし、いないといえばいない」
 表の魔女と裏の魔女は瓜二つだった。そして、表と裏は同時には現れられないので、表の魔女がいる時は裏の魔女が、裏の魔女がいる時は表の魔女がいなかった。
「どこにいるの?」
「どこにいるんですか、だろ」
「どこにいるんですか?」
「表の裏には表があって、裏の表は裏なのさ。だから、ここにいると言えばいる」
 なんでそんな面倒なことになっているかというと、それは節約のためらしい。そうすることで、本当は三人のところが、一人で済むのだ。食費やらなんやらの節約のために、魔女たちは魔法でそんな状態になっているのだ、とわたしに話した。
 わたしが魔女たちと出会ったきっかけは『見習い求む』と書かれた張り紙だった。わたしはそれを見て、なんの見習いだろう、と思った。誰だってそう思うと思う。でも、わたしはその求人に応募した。その頃のわたしは、なんでもいいからとにかく見習いになりたかったのだ。見習い、という響きだけで、なんだかゾクゾクした。
 さて、応募した、と言っても、そんな大それたことじゃなく、その張り紙の貼ってあったあばら家に入って、魔女に会っただけだ。それが表の魔女だったか、裏の魔女だったかはわからない。
「見習いになりたい」
「なんの見習いかはわかっているのかい?」
 わたしは肩をすくめた。魔女はそれは魔女の見習いであることを教えてくれた。
「ふーん」
「一つ最初に注意しとくけどね」と魔女は言った。「あんたは見習いなんだから、あたしに対しては敬語を使いなさい」
「うん、わかった」
「はい、わかりました、だろ」
 魔女の見習いになったものの、魔女らしいことは何もしなかった。わたしはだいたい魔女たちの買ってくるように言ったものを買いに行き、部屋の掃除をした。魔女たちは魔女らしいことは一つもしなかった。
「ホウキで飛ばないの?」
「ホウキで飛ばないんですか、だろ」
「ホウキで飛ばないんですか?」
「車や電車があるのに、なんでそんなくたびれることをしなきゃならないんだい?」
「釜で何かを茹でて魔法の薬を作ったりしないの?」
「釜で何かを茹でて魔法の薬を作ったりしないんですか、だろ」
「釜で何かを茹でて魔法の薬を作ったりしないんですか?」
「薬局に行けばよく効く薬が買えるのに、なんでそんな手間のかかることをしなきゃならないんだい?」
 魔女の見習いになってからしばらくして、わたしはお母さんに言われた。
「あんた、なんか変なお婆さんのところに最近出入りしてるでしょ?」
 わたしは何も答えなかった。魔女たちについては秘密にするというのが、見習いになる条件だったのだ。
「あんまりいい噂を聞かないから、やめなさい」
 それでもわたしは魔女の見習いをやめなかった。別に見習いを終え、魔法を教えてもらえるのを待っていたわけでも、魔女たちがとても良い人たちで離れられなかったからでもない。そこではわたしは見習いでいられたのだ。わたしは見習いであることが心地よくなっていた。
 ところがある日、その日もいつもと変わらずに魔女たちの家へ行くと、そこには魔女たちがいなかった。わたしはほうぼう探したりしないで真っ直ぐ家に帰って学校の宿題をやって夕御飯を食べてお風呂に入って寝た。
 翌日、わたしを訪ねて背広の男の人がやって来た。その人は魔女たちの行方を知らないかとわたしに尋ねた。
「いいえ」とわたしは答えた。「知りません。わたしは何も知りません」
 魔女たちのおかけで、わたしは少しは敬語を使えるようになったけど、まだ見習いの身なので魔法は使えない。
 わたしは魔女たちは魔法で姿を消したのだと思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?