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罪滅ぼし

 罪滅ぼしの仕事は罪を滅ぼすことだ。使命と言ってもいいかもしれない。少なくとも、罪滅ぼし自身はそう思っている。
 罪はいたるところにある。車の行き交う大都会の交差点から、ビルとビルの隙間、猫がのんびりと昼寝する軒先、黄金色の小麦が風にそよぐ田園風景まで。およそ罪のないところなどこの世界には無いとでもいうかのように。
 罪滅ぼしはそれを見つけ出し、一つ一つ始末していく。それは重労働だ。罪滅ぼしは一日の仕事を終えるとクタクタになって、ベッドに倒れこむとそのまま眠りに落ちてしまう。そして、翌朝も目覚めると、また罪を滅ぼしに街に出るのだ。この繰り返し。ひとえに、罪滅ぼしの使命感がなせる業だ。
 しかし、これでは埒があかない、と罪滅ぼしは思った。一つ罪を滅ぼす間にも、新しい罪は生まれている。もしかすると、滅ぼす数よりも新たに現れる罪の方が多いかもしれないのだ。そうなると、罪滅ぼしの仕事は焼け石に水、せいぜい悪化を遅らせるだけで何にもならない、と罪滅ぼしは思った。
そこで、罪滅ぼしは他の罪滅ぼしたちと連携をとり、組織的に作業に当たるようにすることにした。それまで手作業で行っていたものも専用の機械を導入し、効率を上げようとした。一本一本雑草を手作業で抜いていたのを、芝刈り機で一気に刈り取るみたいに。
 罪滅ぼしの狙い通り、効率は飛躍的に上がり、罪を大量に滅ぼすことに成功した。このまま行けば、いずれ世界から罪は無くなるだろう。罪滅ぼしは思った。
 罪なき世界。真っ白で、汚れひとつない世界。
 罪滅ぼしの計画は順調に進み、ついにこの世界から罪が一掃される日が来た。罪滅ぼしとその仲間たちは歓喜の叫び声を上げた。
「そこまでだ!」そこに何者かが踏み込んできた。「お前を逮捕する」そう言って罪滅ぼしに手錠をかけた。
 罪滅ぼしは逮捕され、裁判にかけられることになった。被告人席の罪滅ぼしは自分がなぜそこにいるのかが理解できなかった。もちろん、そこまでの経緯はわかるし、逮捕された理由も説明されて知っている。しかし、それらについて理解できたかというと、それがさっぱり理解できなかった。それでも裁判は進む。弁護士が罪滅ぼしを弁護し、検察官が罪滅ぼしの罪を言い立てる。そして裁判官がそれらに耳を傾ける。罪滅ぼしだけは蚊帳の外。
「わたしの罪とは何でしょう?」罪滅ぼしは裁判長に尋ねた。
「君の罪は罪を絶滅させたことだ」と裁判長。「なんと恐ろしい所業。この世に無くてはならないものを、君は残酷にも機械的に殺したのだ」
「それはわたしの使命でした」
「それでは、これは君の運命だったのだ」そして裁判長は罪滅ぼしに死刑を宣告した。
 また一つ罪が滅ぼされた。また罪が生まれた。


No.641

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