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皇帝は鳥をご所望である

 皇帝は宮殿の屋根にのぼるのが好きであった。そうして、地平線の果てを眺めるのだ。 もちろん、宰相をはじめ、家臣たちは皇帝が屋根から落ちないか気が気でない。もしそれが落ちて命を落としたとしたら、自分の権力まで失墜してしまう。自分の権力を振るえるのはひとえに皇帝の権威が後ろ盾としてあってこそだと、家臣たちは思っており、事実そうだった。その国において、皇帝は絶対であったのだ。そこで、ひとたび皇帝が屋根にのぼるとなると、まるで国家事業でもあるかのように人が集まり、大騒動になった。皇帝はそれを厭い、こっそりと屋根にのぼるようになったのだった。
 唯一そのお供になったのは外国人技師だった。お雇い外国人である。彼の雇い主ももとをただせば皇帝であるということなにあるが、他の家臣たちとは少し違う。いずれ、自分の国に帰る人間だ。皇帝としても、そうした気楽さからか、よくこの外国人技師を伴った。
 皇帝は一緒に屋根にのぼった外国人技師によくこう言った。 
「見渡す限り朕のものだ。そして、ここは世界の中心だ」
 その言葉に嘘はなかった。実際、見渡す限りが皇帝のものだったのだ。皇帝の父祖たちが血と汗を流して築いてきた大帝国。正確に言うのならば、父祖たちのもとで流された臣民の血と汗と涙により築き上げられた大帝国は広大な領土を誇っていた。  それは皇帝のものだった。
 ある日、皇帝が屋根に昇っていると、その頭上を一羽の鳥が飛んで行った。
「朕はあれが手元に欲しい」
 皇帝の言うことは絶対である。それは命令ですらない。そうなることをそう言うだけなのだ。 そこで、宰相は国中にお触れを出し、鳥を捕えるための狩人を集めた。
「と、まあ、そんな鳥を捕まえてくるのだ」
 官吏は全国から集められた狩人たちを前にそう言った。
「生け捕りにせよ。傷ひとつつけてはならん」
 人海戦術であっと言う間に鳥は捕らえられた。鳥は人語を解した。皇帝の前に引き出された鳥は皇帝に言った。
「確かに大地はお前のものかもしれん。しかし、大空はわたしのものだ。お前に口出しされるいわれはない」
「ここは大地だ。そしてお前は朕のものだ」皇帝は言った。
 鳥は地下牢に幽閉された。そこで食べ物も与えられずに放っておかれた。鳥は思った。
「あいつはわたしを飢え死にさせるつもりのようだな。そうはいくか。わたしは死なないことにしよう」
 数年が過ぎたが、鳥はまだ生きていた。
「しぶとい奴だ」皇帝は言った。
 鳥は何も答えなかった。さすがに衰弱していて、何かを話す余裕などなかったのだ。
「腹が減っただろ?」皇帝は言った。「ならばお前のその豊かな翼を啄むがよい。どうせお前はここからは出られぬ。ならばそんなものは用がないだろう」
 ほどなくして、鳥は餓死した。鳥は自分の翼を食べるようなことはしなかった。
 それからしばらくして、革命が起こり、皇帝は首をはねられた。 大帝国はあっさりと崩壊した。



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