見出し画像

青い惑星

 長かった研修も残すところは翌日の修了式のみとなった夜、つまり、少女たちがこの寮で過ごす最後の夜、この夜も、それまでの夜と同じように、少女たちはお喋りに夢中、話題はもちろん修了式で発表される配属先についてだ。
「やっぱり恒星の担当がいいなあ」
「新人がいきなり恒星を任されるわけないよ」
「じゃあ惑星かあ」
「衛星かも」
「彗星かもしれない」
「小惑星は?」
「隕石かも!」
「それはイヤ!」
 そこへ笑い声を聞きつけ、寮監がやって来た。「もう消灯時刻を過ぎてますよ!晴れの日に目の下に隈なんてイヤでしょう?早く寝なさい!」
 翌朝早くから修了式の式典は始まった。様々なお偉方が壇上に登り、祝辞を述べるのを少女たちは欠伸を噛み殺しながら聞く。
「皆さんの手によって、この宇宙の天体は運行されることになるわけです。それはたとえ小さな衛星だったとしても、その挙動により、他の天体が影響を受けることもあり得るのです。大袈裟な言い方になるかもしれませんが、宇宙は皆さんの手にゆだねられているのです」云々。
 彼女たちが待っているのは自分がどの天体を受け持つことになるかだけなのだ。そして式の最後、少女たちの頭に光る輪がのせられ、担当する天体が告げられる。この光る輪によって、少女たちは正式に天体の運行を司る女神になるのだ。
 さて、少女たちの一人、もとい、新しい女神たちの一人である彼女にも天体が割り振られた。研修期間の成績は平凡だったので本人もさほど期待はしていなかったが、それでもかなり辺鄙な場所の冴えない惑星の担当となると多少気落ちした。友人の中には小さいながらも恒星を任された者もいるのに。自分の任地を友人に言うのが少し恥ずかしい。
「研修でもさんざん言われたと思うけど」と彼女のパートナーとなる先輩女神は言った。この仕事は二人一組で行われる。どちらかが運行している時にもう片方は休息することになる。女神にだって休息が必要なのだ。「簡単な仕事だけど、責任は重大だから、くれぐれも気を抜かないように」そして、先輩女神は手にしていた惑星を彼女にそっと手渡した。「落とさないようにね」
 彼女は惑星があまりに軽く、熱いのに驚いた。
「熱い?」
「はい、研修の時に扱った小惑星は冷たかったから」
「この惑星はまだ生まれたてなの。じきに冷めてくると思う」
 彼女は恐る恐るその惑星を軌道に沿って進めだした。足取りは覚束ない。
「大丈夫、リラックスして」と先輩女神。
「はい」
「そう、その調子」
少しずつ緊張がほぐれ、調子が出てきた。
「気を抜かない」
「はい」
 先輩女神の言った通り、惑星は徐々に熱を失い、表面が硬くなってきた。真っ赤だったものが黒くなり、次には青くなってきた。
「あの」と彼女は先輩におずおずと尋ねる。「青くなってきたんですけど」
「それは海よ」と先輩女神は言った。「習ったでしょう?恒星からの距離によっては、水が液体として存在できるから、海が現れるって」
「じゃあ」
「そう」
 彼女が惑星をじっと見ると、その表面を蠢くものが見えた。彼女は驚いて惑星を落としそうになった。
「気をつけて!」
「すいません!」
「生命が誕生したみたいね」
「これが生命」彼女はまじまじとそれを見詰めた。座学で習ってはいたものの、実物を見るのは初めてだった。
「あなた、運がいいわ。なかなか見られるものじゃないもの」と先輩女神は言った。「だけど、責任も重大、あなたがうっかり軌道を逸れようものなら、全部ダメになっちゃうからね」
 彼女は自分の鼓動が速まるのを感じた。あと何周で交代だったっけ?軽いと思っていた惑星が、急に重くなったような気がした。彼女は軌道を慎重に進む。青い惑星を持って。

No.234

兼藤伊太郎のnoteで掲載しているショートショートを集めた電子書籍があります。
1話から100話まで

101話から200話まで

noteに掲載したものしか収録されていません。順番も完全に掲載順です。
よろしければ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?