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戦争と平和

 真夜中の波止場、倉庫と倉庫に挟まれた物陰は、悪巧みにはうってつけだろう。男はそこで誰かを待っている。足元には木製の箱が三つ、かなり大きなもので、男が一人で運んで来たとは考えづらい。恐らく男には仲間がいるのだろう。
 男の方へ、幾人かの影が近付いた。男は身を固くして警戒した。歩み寄る人影の足取りはどれもよろよろおぼつかない。中の一人は足を引き摺るようでもある。やたらと咳をする者もいる。
「誰だ?」男は人影に向かって誰何した。
「私だよ」人影の先頭に立つ者が答えた。その声を聞いた男は安心したらしく、緊張を少し解いた。
「遅かったじゃないか」男の声にはやや苛立ちが込もっていた。「何をしていたんだ?」
「いやね」と人影は答えた。「こいつがトイレにばかり行きたがるもんでな」と後ろに控える人影を示しながら言った。
「お前だって」とその人影は言った。「足が痛いって何度も休んだじゃないか」
「さっさと済ましちまおう」男は言った。「金は持って来たんだろうな?」
「ああ」と人影。「だが、その前に物を確認せにゃ」
男は木箱の蓋を開けて中に収められた物を人影たちに見せた。中身は機関銃であった。油が乗ったように銃身をぎらつかせている。
「よく見付かったな」と人影、今では顔が照らされて見えていて、顔に幾筋も皺のある老人であることがわかるのだが、彼は言った。「こんなものを使う人間なんて久しくいなかっただろう。何せ今は?『平和』な御時世だからな」
「まあな」と男は言った。「骨董品みたいなもんだ。俺も実物は初めて見たよ」
「本当にちゃんと作動するんだろうな」と咳をしながら言うのも老人である。咳を合間に挟みながら。「引き金を引いても何も出ませんでした、なんてのはごめんだぞ」
「撃ってみるかい?」と男は機関銃に手を伸ばそうとする。
「いや」と老人は言った。「あんたを信じるよ」そして紙袋に包まれたもの、恐らく金だろう、かなり分厚い、を男に手渡した。男はそれを懐にしまった。
「確かめないでいいのかい?」
「俺もあんたを信じるよ」そして男は立ち去ろうとした。
「ちょっと待て」老人が男を呼び止めた。
「なんだ?」
「これを運んでもらえないかね?どうにも腰が痛くてかなわんのだよ」
 これはちょっと未来の話。どの時点から見ての未来かというと、それは永遠の未来、常に未来であるような未来。
 その頃には世界は平和になっていた。完璧な平和である。一切の保留無しの平和、全体主義的な空気もなければ、洗脳まがいの教育なんてのも無し、みんな自由にのびのびと、そして平和に暮らしている世界。ちょっとした小競り合いさえ存在しない。何かを取り合うようなこともない。全ての問題は解決されており、火種になりうるものなどないのだ。だから、武器の類いは失われていた。まあ、せいぜい競走の時の号砲くらいなものである。
 そんな世界で、老人たちは機関銃を手に入れた。それはかなりの苦労の末である。そんな物騒なもので彼らが何を企んでいるのか?武装蜂起である。
 老人たちのアジトではその計画が練られていた。ああでもない、こうでもない。
「つまるところだね」と老人の一人が言った。「我々の目指すのは戦争であり、散発的な紛争などではないのだよ」
「それはわかっとるよ」
「この計画では、我々の目的は達成され得ない」
「全面的な戦争にはならないな」
「諜報活動を活発化すべきだな」
「ふむ」
侃々諤々、議論が盛んに交わされる。
「我々の目指すところをはっきりさせねばならん」
「ふむ」
「我々の目指すのは、平和の大切さの確認だ。わしゃこの状況が腹立たしい。現況を良いものだと誰も思っちゃおらん。当たり前の状況としてそれを受け取っている。平和だが、こんな平和は屁みたいなもんだ。平和だが、こんなものは平和とは呼べん。誰もそれが平和だと感じられないやだからな」
「そうだ!」と合いの手。
「反対物がなければ、それは認識できないのだ。我々は目的の為には手段を選ばん。平和の大切さを訴える為に、戦争を起こす」
 そして老人たちは各々の手に機関銃を持ち、アジトから出て行った。


No.301

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