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盗まれた〇〇についての覚書

 ある三人組によって〇〇が盗まれた。悪名高い三人組である。ある種の有名人だ。とはいえ、彼らの姿や人相を知る者はいない。彼らはその痕跡、つまり無くなった何かによってでしか認識されない。神出鬼没の大泥棒がこの三人組であり、警察が駆け付けた時には彼らは姿をくらまし、盗まれた痕跡だけが残るのだった。
 ちなみに、姿を見た者がいないのにもかかわらず彼らが三人組であることがわかっているのは不思議だし、彼らを彼らと呼ぶのもまた不思議だ。もしかしたら女かもしれないし、二人組かも、四人組かもしれない。まあ、いいじゃないか。
 この三人組、街のいたるところから〇〇を盗んだ。〇〇である。もしかしたら何のことかわからないかもしれないが、別にふざけているわけでも、あなたをからかっているわけでもない。彼らは〇〇を盗んだ。もちろん、この文章も例外ではない。この文章からも三人組は〇〇を盗んだのだ。この〇〇、〇〇と書かれているが、本来は〇〇と書きたかったのだ。ところが、三人組が〇〇を書いたそばから盗んでいって、代わりに〇〇を置いていくものだから、〇〇は〇〇となってしまうのだ。今だってそうだ。三人組は〇〇を盗んでいった。我々にはなす術がない。三人組は〇〇をどんどん盗んでいく。
 しかし、三人組はなぜ〇〇を代わりに置くなどという面倒なことをするのかと疑問に思うかもしれない。ただ〇〇を盗んで、そのままにしたっていいではないか。
 これはなぜかというと、もし〇〇を盗み、そのままにしておいたとしたら、それで生まれる隙間のせいで、この文章の構造の強度が落ち、文章の重さに文章自体が耐えられず、崩落してしまうであろうからだ。たとえば、建物の柱が無くなっていくように。文章とはひとつの構造体であり、そのひとつひとつの単語はそれを構成するレンガだ。ひとつとして失われていいものなどない。あるいは、あるかもしれないが、失われてもいいものがあるような文章はへぼな文章に違いない。この一文は必要だっただろうか?必要だったと信じたい。
 話を戻そう。三人組の目的はあくまでも〇〇を盗むことであり、文章を破壊することではない。三人組には盗みの美学があるのだ。無駄な犠牲は美しくない。
 この、盗んだ隙間を埋めるやり方は、三人組が以前世界的な建築物を盗んだ時に考案した方式だ。三人組はその建物の柱や床を盗み、それと瓜二つに作られた偽物の部品を入れていった。そうやって毎日毎日、少しずつ偽物と取り替えていき、最終的にはその建物は三人組の手による偽物にとってかわられた。本物の建材は三人組のアジトに置かれている。再び組み立てられることなく、埃を被っている。三人組の目的は、その建物を無くすことでも、その建物を得ることでもなく、その建物を盗むことだったから、三人組はそれをもう一度組み立てようなどとはしない。もしかしたら、組み立て方がわからなくなってしまったのかもしれない。
 さて、その世界的な建築物は実際は全て偽物になってしまったにもかかわらず、今も昔も変わらずそこにあるように三人組以外の人々には思われているので、今もひっきりなしに観光客が訪れ、感嘆の声を上げたりしている。
 話がそれた。〇〇についてだ。三人組は次々〇〇を盗んだ。しかし、いっこうに満足しなかった。それは三人組が必要としている〇〇は〇〇ではなく、誰それの〇〇のような、個人的な〇〇なのにもかかわらず、〇〇を持ったことのない三人組にはそれがわからないからだ。
 三人組は〇〇を持ったことがなかった。誰も彼らに〇〇をつけなかったからだ。彼らは孤独に生まれ、孤独に育った。誰も彼らに〇〇をつけなかった。そして、だからこそ彼らは〇〇を欲しがった。他のどんなものよりも。
「君、〇〇はなんていうの?」
「ぼくの〇〇を知りたいの?」
「ああ、君の〇〇を教えて」
 おそらく、三人組は街から〇〇がなくなるまで〇〇を盗み続けるだろう。それは彼らが満足するということがあり得ないから。彼らが間違ったものを盗んでいるからだ。
 もしも君たちがこれを読んでいたら、もう〇〇を盗むのをやめるんだ。ぼくが君たちに〇〇をつけてあげよう。怖がらなくていい。捕まえたり絶対にしない。


No.381


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