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目と目で通じ合う

 タイムマシンを発明した。才能と努力があれば大抵のことは可能だ。たとえばタイムマシンを発明するとか。
 早速、タイムマシンを使って時間旅行をすることにした。行き先はもちろん未来、これはタイムマシンを作る前から決めていたことだ。未来に行けば、これから起こることを全て把握することだってできてしまう。そうなれば思うがままだ。
 行き先を未来に設定し、スタート。あっという間に未来に到着。確認してみると、予定していたのよりも遥かに未来に来てしまっている。まだ微調整が必要なようだ。もっと正確に行きたい時代にいけるようにしなければならない。
 とにかく、せっかく来たからには様々なことを学んで帰ろう。とりあえず辺りを見渡してみると、建物は、どこがどうとかは言いづらいが、なんだかスマートな気がする。なんだか自分が猿にでもなったような気分にさせられる。さすが未来。それにしても静かだ。物音一つしない。それと気になるのはやたらと目に五月蝿い看板の数々。尋常ではない数の、色とりどりの看板が、様々な誘い文句で呼びかけてくる。目がチカチカするが、これで未来でもどうやら言葉の方はさほど変わっていないという事実に気づき、少しホッとした。もし言葉が大幅に変化してしまっていたら、意思の疎通に難儀するところだった。
 ちょうど未来人が二人目の前を通ったので、声をかけてみた。
「すいません」
 未来人たちは不思議そうに首を傾げた。そして互いに目配せをして、何か微笑みあって、そしてこちらをじっと見る。
「何ですか?」
 また二人は互いに見つめあい、目配せをしている。
「いったい何なんです!」
 また目配せをすると、そそくさと行ってしまった。なんて感じの悪い奴等だと腹が立った。まあ、あいつらは特別態度の悪い連中だったんだろう。どんな時代にでもそういう輩はいるものだ。くじけずに話しかけ続けてみようと思った。
 しかし、誰に話しかけてもまともに答えてもらえない。みんな何か目配せをして見せ、じっと見つめ、行ってしまう。いったい何なんだ。言葉が通じいならまだしも、その言葉は同じはずなのだ。少なくとも文字は同じだ。まさか、発音の仕方が違うのか。それにしても、うんとかすんとか行ってくれればいいものを、誰も、一言も発しようとすらしない。せいぜい何か目配せをするだけだ。彼らから見れば、過去からやってきた遅れた人間となんて、話す時間も惜しいのかもしれない。そうなるともうお手上げだ。
 最後に、駄目でもともと、筆談で接してみようと決めた。少なくとも文字は同じなのだ。これなら何か答えてもらえるかもしれない。
「お時間よろしいですか?」と書いた紙を差し出した。相手の未来人は驚いた様子でこちらの顔をまじまじと見つめる。また相手にされないか、と諦めがよぎる。その瞬間、未来人がペンを取り、紙に書いた。
「どうしました?」
 やった!答えてくれた!嬉々として質問攻めにした。
 その未来人によると、彼らは進化していたのだ。つまり
「われわれは視覚情報でコミュニケーションをとるんです。相手の様子、仕草、体温や、発汗など、微細なことまで見逃さない目で、情報を読み取り、また逆に全身を使って情報を発するのです」
 そのために発声器官が退化し、声を発することができないのだ言う。呼びかけてもまるで返事をしてもらえないものだから、意地の悪い人間ばかりなのかと思ったが、そういった理由があったのだ。
「じゃあ、耳が聞こえないんですか?」
「いいえ。耳はちゃんと聞こえますよ」
「でも、誰も声を発さないのに?耳は何のためにあるんです?」
「我々の耳は音楽を聴くため専用の器官です。芸術のためのみの器官を持っている我々は、だからこそ卓越した種であると自認しているわけです」


No.243

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