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hells kitchen

 昔、ある盗賊がいた。なぜ盗賊になったかといえば、それくらいしか取り柄がなかったからだ。体は大きかったが、野良仕事をさせてもからっきし、手先は不器用だしとにかく怠け者、頭も悪い。あるのは度胸と残忍さだけ、盗賊になるしかなかった。
 盗賊は見境いなしに、どんな相手でも襲った。女子供でも容赦しなかった。たいした儲けにならなそうでも、そんなことにはお構い無しだった。仕事が好きだったのだ。仕事とは殺戮と強盗である。ある意味勤勉ではある。
 そんな盗賊が、ある日坊主を襲った。他のどんな盗賊も坊主を襲うことはなかった。それなりの信心のある者は、そんなことをしなかったのだ。ところがこの盗賊は何も、一切のものを信じていなかったのだ。坊主を襲うような罰当たりなどいないだろうと高を括っていたので、襲われた坊主は驚き狼狽した。備えがなかったので、あっさりと餌食になった。万事休すか。
「ま、待て」坊主は言った。
「なんだ?」盗賊は刀を突き付けながら言った。
「命だけは助けてくれ」坊主は這いつくばって言った。
「往生際の悪い奴だ」盗賊は鼻で笑った。
「これをお前にやる」坊主が差し出したのは小指の先ほどの木片、よくみるとそれは何かの像だった。「これを持っている者は間違いなく極楽に行けるという有難いお守りだ。これをお前にくれてやる。だから、命だけは」
「ふん」と鼻を鳴らしながら、盗賊はその木彫りの像を受け取った。「こんなもので極楽に行けるだと?」
「ああ」坊主は頷いた。
「どんなことがあってもか?」
「そうだ」と坊主は繰り返し頷く。
盗賊は刀で坊主を一刀両断した。「ならば、お前を殺したところで、おれは極楽にいけるということだな」そして、高笑いしてその場を後にした。
 それからも、盗賊は人々を襲い、傷付けた。多くの人を殺した。お守りを手に入れてからというもの、さらに拍車がかかったようだった。盗賊としては、それは悪行三昧の許可証のように思えたのだった。盗賊は殺しに殺し、暴虐の限りを尽くした。
 幕引きはあっけないものだった。盗賊は簡単に殺された。襲った相手に武芸の心得があったのだ。そうなると、素人の勢い任せの剣さばきでかなうわけがない。盗賊はあっさり殺された。
 殺された盗賊は、地獄の門番の前に立っていた。
「随分やんちゃしたみたいじゃないか」と門番は言った。「この俺様でもヘドが出るくらい殺してやがる」
「ふん」と盗賊は鼻を鳴らした。「それがどうした?俺にはこれがある」盗賊はお守りを出し、それを門番に突き付けた。「これがあれば、極楽へ行けるはずだ」
「はっ」門番は鼻で笑った。「貴様は地獄行きだ」
「なぜだ?約束が違うぞ!」盗賊は叫んだ。
「約束だと?」門番は顎を擦りながら言った。「貴様は信じた。だから裏切られるのだ。その約束は反故にされるためにあったのだ。極楽も地獄も信じなければ裏切られることもなかっただろうに」そう言うと、門番は地獄への扉を開いた。盗賊の背後から強い風が吹き始め、盗賊は踏ん張ってその場に留まろうとしたが、ますます強くなっていく風についには吹き飛ばされ、地獄へと落ちていった。そうして、盗賊は永久に苦しみ続けるのだった。


No.290

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