妖精のいる風景
むかしむかし。
ある領主のところから金が盗まれた。強欲で吝嗇で残忍なことで有名な領主である。噂は国中に広まっていたから、どんなとんまな旅人もそこを通るような馬鹿な真似はしなかった。うっかり領主に借りでも作ろうものなら、それをネタに死ぬまで搾り取られることだろう。現にそこに住むものはその祖先がその領主およびその祖先になにか借りを作ってしまったものたちである。領主は代々強欲で吝嗇で残忍で、そこから逃げ出そうものなら殺され木に吊るされることになるだろう。
そんな領主の金を盗んだものがいるのである。領主は烈火のごとく怒り、本当に頭から火を噴くほどであった。
「正直に話せばお咎め無しにしてやろう」領主はどうにか平静を保ちながらそうお触れを出した。寛大で心優しい領主と見られたいのだ。「わたしの気が変わらぬうちに、早く名乗り出るがいい」
とはいえ、正直に名乗り出れば苛烈な罰が待っているのは火を見るよりも明らかである。もしかしたら、火あぶりなんてことにもなりかねない。当然のことながら、誰ひとりとして手をあげるものなどいない。そこで領主の徹底的な捜査が始まった。領主の使用人たちによる捜査である。足腰の立たなくなった老人から、年端もいかない子ども、まだハイハイの赤ん坊まで、徹底的な捜査である。そうなるとすぐになにがしかの結果はちゃんと出るのだ。もしも結果が出なければ、その捜査にあたった使用人たちが怪しまれ、まとめて縛り首にでもなりかねない。人違いでも冤罪でもかまわないから、とにかく容疑者を引っ張り出さなければならない。こうして、とりあえず、ふたりの犯人候補が出てきた。ふたりとも領主のところで働く小僧である。
さて、どちらが真犯人なのか。どちらも自分は無実だと訴えている。もちろん、証拠などもない。どちらの持ち物を徹底的に調べても、盗まれた金はおろか、金も出てこない。領主は吝嗇だから、小僧が蓄えられるだけの給金を与えるはずもないのだ。しかしながら、どちらかが盗んだのだ。領主はそう決めた。領主がそう決めればそうなのだ。
そこで領主は一計を案じた。
話は少し遡る。
あるとき、領主のもとを旅の商人が訪れた。この男がとびぬけてとんまな商人なのか、命知らずなのかはわからない。
商人は様々な珍しい品物を領主に見せた。どの品にも領主は興味を持ち、タダ同然に買い叩いて手に入れた。それはまあいい。その中に、中になにも入っていない鳥かごがあった。
「これはなんだ?」領主は尋ねた。
「これは妖精にございます」と旅の商人。その空の鳥かごをそっと持ち上げて見せた。
「何もいないではないか」領主はそれに顔を近づけてみる。
「妖精でございますので、心の清いものしか見えません」商人はそれをそっと元に戻した。まるで、中に小さく、繊細な生き物がいて、それを驚かせないようにとでもいうみたいに。
「ふむ」と領主は腕を組んだ。「確かによく見れば、妖精がいる」
そうして、領主はその世にも珍しい妖精を手に入れたのだった。
まさか領主さまの金に手をつけるような輩が心根の清い者であるはずがない。そこで、領主さまはその空の、もとい、妖精の入った鳥かごをふたりに見せてみることにした。
一人目。
「ああ、本当だ、妖精がいます。なんて綺麗な姿なんだ」と、うっとりした顔で言う。
二人目。
「ああ、なんてことだ!ぼくには何も見えません、領主さま。ぼくにはこれが空の鳥かごにしか見えません」
この結果を受けて、領主は判決を下した。二人目の小僧の両手を切り落とし、領内から追放したのだ。
めでたしめでたし。
No.677
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