悲しくて悲しくてとてもやりきれない。 R.I.P. コービー

 アメリカのプロスポーツではかつての名選手がグラウンドやコートに現れ、ファンを感動させることがある。その扱われ方は日本でのそれとは違い、本当にレジェンド、伝説という存在だ。日本であれば名選手はコーチや監督になることが多いし、ファンもそれを期待する。そして、現役時代と変わらずに人目にさらされ、あるいは批判や悪罵の対象になることもあるだろう。アメリカにおいては、そういったケースはむしろ少数だ。スターたちは現役を退くとコーチや監督にはならず、人目に触れないこともしばしばだ。そうなると、彼らの姿を目にした時の感動はひとしおになるのも自然だろう。伝説の存在、現役時代の栄光のオーラを身にまとう、正真正銘のレジェンド。

 ぼくはそうしたアメリカの選手たちの身の処し方が好きだ。ビッグゲームやセレモニーで目にする、歳を取り、衰えてしまった彼らの姿、そこに投影されるかつての輝かしい歴史、勝利に餓えていた眼差しは柔和な微笑みにその席を譲っている。そんな姿は、ある意味では人生を見せつけられているように感じる。人は生きる。そしてある時には戦い、敗れ、また立ち上がる。そうして年老い、微笑む。悪くない人生だった。振り返ってみてそう思う。かつての名選手たちの姿に、それを見る。それは双方、選手にとっても、ファンにとっても大切な時間になる。

 コービー・ブライアントが死んだというニュースを見た。ぼくはそれが信じられなかった。いまでも信じたくない。嘘であってほしいと心の底から思っている。しかし、そんな悪質で失礼極まりない嘘を、多くのメディアがニュースとして伝えることはないだろう。信じられなかったとしても、信じたくなかろったとしても、それは事実なのだろう。コービー・ブライアントは死んだ。事実として。

 今朝、その一報に触れて以来、ぼくは完全に打ちのめされている。世界は一変してしまった。コービーのいた世界といない世界。

 もし彼のことを知らない人がこれを読んでいた場合に備えて、少し彼のことを紹介しておこう。日本では残念ながらマイケル・ジョーダンほどの知名度は得なかったというのが現実だろう。しかしながら、彼、コービー・ブライアントはジョーダンと比肩する存在であった。アメリカのプロバスケットボールリーグであるNBAのスーパースター。世界で一番バスケットボールの上手な人間のひとりだった。記録にも、記憶にも残った名選手、スーパースターがコービー・ブライアントだ。

 90年代後半から2000年代、それはぼくが一番NBA観た時期だ。まだBSで中継をやっていた頃。ぼくはむさぼるようにそれを観ていた。これは個人的な感覚でしかないけれど、当時日本で人気のあったNBAの選手はアレン・アイヴァーソンだったように思う。彼もまたリーグ屈指のスコアラーだったのだけれど、そのちょっとワルなファッションや、NBAのながらでは小柄な部類に入る体格が共感を呼ぶ部分もあったのだろう。しかし、ぼくのアイドルはコービー・ブライアントだった。まだアフロヘアで、背番号は8だった頃。つねに攻撃的な姿勢、アンストッパブルなフェイダウェイショット、ド迫力のダンク、とにかくカッコよかった。スーパースター中のスーパースターだ。本当にカッコよかった。

 そんな彼が死んでしまうなんて。ぼくはもう何も言えない。悲しすぎる。彼はすべてを手に入れたと言っても過言でない男だった。もちろん、それは彼のたゆまぬ努力の賜物だろう。人一倍どころではない努力。そうして積み重ねたものが、一瞬にして失われてしまうなんて。ニュースによると同乗していた彼の娘も亡くなったという。つい先日、ニュースで彼女のことを知ったばかりだった。彼女もバスケットボールをやっていて、父親顔負けのフェイダウェイショットを決める動画を見たばかりだ。自身も死に、愛娘も命を落としてしまうなんて。あまりにも残酷過ぎる。

 悲しい。あまりにも悲しい。年老いたコービーを見ることは叶わないのだ。コートサイドからファンに手を振る彼を見られない。かつてのビルドアップされた体が見る影もない、なんて姿も見られない。顔に刻まれた皺を見ることもできない。ぼくの子どもや、あるいは孫ができたとして孫が、年老いたコービーを見て「誰?これ?」みたいな顔をしているのに対して、「すげえ選手だったんだ。ぼくは彼の現役時代を知ってるんだぜ」なんて自慢もできない。

 悲しすぎるよ、コービー。あなたの姿がいつまでも更新されることなく、若々しいままなんて。あなたのスーパープレーはYouTubeで見られるかもしれない。でも、ぼくの見たかったのはあなたが年老い、優しく微笑みながらファンに手を振る姿だった。悲しすぎる。

 あなたはぼくにとってのスーパースターです。どんなことがあっても。永久に。もしもいつかバスケットボールが廃れて、誰もそれを覚えていない時が来たとしても、永久にあなたはスーパースターです。

 R.I.P.コービー、ジアンナ、名前が報道されていないけれど、他の同乗者の方も。

悲しくて悲しくてとてもやりきれない。

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