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ならず者、ふたり

 軽やかな日射し、絹のそよ風、青い芝生の上に出したロッキングチェアでうたた寝をしている老人二人。彼らはいずれもならず者、極悪非道の悪人である。昔は俺も、的な話ではなく、バリバリの現役、鋭いナイフの切っ先のように、触れたものはことごとく切り裂く、とまあ思っているのは本人たちだけで、寄る年波には勝てないというのが人間で、切っ先もとうの昔に錆び付いて、豆腐も切れないような有り様だ。ちなみに、つい先ほどまで二人は起きていて、会話をしていたわけだが、その話題といえば身体の不調のことばかり、どの医者にかかっているか、どの薬を飲んでいるか、次第に話はどちらがより不調かになり、二人とも譲らず、互いに悪罵し、ぶっ殺してやるだの云々、自慢のリボルバーに手を伸ばしたが重くて取り落としたり、手が震えてまともに狙いが定められなかったりで、しばし悪戦苦闘したものの、結局疲れて昼寝となった次第。
 彼らが今、こうして鼾に鼻提灯、よだれを垂らしながら眠っていられるのは奇跡、それは言い過ぎにしても幸運、見る向きによっては悪運が強かったと言えるだろう。彼らが若く、駆け出しの青二才だった頃の同業者、まあならず者たちなわけだが、彼らはたいていその仕事を始めて数年、長くても十年ほどで命を落とした。どんな手練れでもだ。仕事の際に殺されることもあったし、仕事の結果、怨みを買い殺されることもあった。中には足を洗ったと宣言する者もいたが、怨みを水に流すことなどできず、復讐のリストから外してもらうなど無理な相談だった。次々に姿を消すならず者たち、しかし、人材の供給源に事欠くことはなく、いつでも代わりのならず者たちが欠員を補った。この業界に飛び込む理由は様々、憧れ、金目当て、生来のならず者。
 そんな状況で生き残った彼らだが、別に凄腕でも、弾が避けて通るような何かを持っていたわけでもなく、生傷は絶えないのが当たり前、致命的な負傷も数多くしたが、そのたびにどうにか一命をとりとめただけだ。怨みもしたし、怨みを買うこともあった。その辺は他のならず者たちと変わらない。違うのは、彼らは年老いたならず者になり、他のならず者たちは永遠に若いままな点だけだ。
 彼ら自身は彼らが生き延びられた、そして今も現役でならず者を続けていられる要因は自分たちの猜疑心にあると思っていた。彼らは誰にも、それは肉親にも心をゆるさなかった。では、彼ら同士はどうか?彼らは互いのことも信じていないと公言していた。そもそもの最初、彼らの出会いは、彼らのどちらかがもう一方を殺そうとしたのだ、と二人とも語っていた。どちらがどちらの命を狙ったかは定かではない。二人とも相手が自分を殺そうとし、それに対する反撃を加えたと主張しているからだ。そしてその後、ひょんなことがきっかけで二人は組んで仕事をするようになったらしい。そのひょんなことが何だったのかも定かではない。二人の記憶は曖昧で、語られるたびに内容が変わるのだ。
 そんな具合に二人は共に仕事をし、なんだかんだ共に生き延びた。そして今、二人は老人ホームの庭でロッキングチェアを並べ昼寝をしているのだ。言うまでもないが、二人には身寄りが無い。何せ、肉親すら信じなかった二人だ。さらに言うと、二人の懐具合は最悪だ。仕事の報酬は莫大だったが、安全、彼らの命を狙う連中から隠れ、逃げるためにかかる費用がばかにならなかったからだ。そして、気付くと彼らは一文無し。まあ、彼らは現役なので、強盗でもすれば一気に現状を打開できると、本人たちは信じていた。
 穏やかな時間、ふと二人のどちらかが目を覚ました。そして耳を澄ます。片割れの寝息が聞こえないのだ。おい、と聞こえなくもない音を口の中でゴニョゴニョさせ呼び掛ける。反応は無い。立ち上がって揺さぶろうかとも思ったが、膝も腰も痛くて仕方がないのでやめにした。それはすでに死んでいるのが明らかなのだから。やっとくたばりやがったか、と聞こえなくもないことを口の中でゴニョゴニョやり、彼は次は自分の番だと確信した。それは命のやりとりをなんだかんだ続けてきたものの直感だった。そして、今回は逃れようがない。彼は失禁した。別に恐怖からではないかもしれないが。それに備えてちゃんとオムツをしていたので事なきを得た。
 そして、彼は息を引き取った。ならず者として。

No.93

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