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贋金作り

 友人が贋札作りをすることにしたという。確かに手先の器用な男ではある。ちょっとした機械の故障であれば、簡単に自分で直すような男だ。
「魔法みたいだ」
「ただの機械さ。それを直しただけさ」
 彼であれば、もしかしたら精巧なもの、贋札であることが露見せずに使えてしまうようなものを作るかもしれない。そこには一抹の期待感すらある。とはいえ、そこは友情がある。友情があれば、犯罪に手を染めようとしている友を前にすれば止めるものだろう。
「やめておいた方がいいよ」と、わたしは言った。
「なぜ?」と、彼。
「なぜって、犯罪だ。すぐにバレて逮捕されるに決まってる」
「バレて、って言うところを見ると、君だってバレなきゃいいと思っているんだろ?」
「どういうことだね?」
「君もそれ自体が悪だとは思っていないだろ?それが流通し、誰もそれが贋札だと思わずに使えば、誰も傷付けやしない」と、ここで彼は息を潜めた。「バレなきゃいいんだよ」
「そういうものかね?」と、わたしはうっかり説得されそうになった。そういうものだろうか。本当に誰も傷付けないのだろうか。
「そうさ」と、彼は自信満々に言う。
 結局、彼を説得できなかったわけで、むしろこちらが説得されてしまったわけだが、それは友情が不足していたからだとは考えたくない。溢れんばかりの友情を、わたしは持っていた。しかしながら、そうであればこそ、彼の思うようにさせてやりたいような気もするのだ。よそう。単純に彼がそれに成功しそうな気がしたのだ。そうなればおこぼれにあずかれるかもしれない。
 ところが、それきりその友人とは数ヶ月の間、音信不通になった。電話をかけても出ないし、直接家を訪ねても出てこない。わたしたちの共通の友人もやはり彼には会っていないと言う。
「どうしたんだろうね?」
「さっぱり見当もつかんね」と、その共通の友人は肩をすくめる。
 そして、さらに数ヶ月が経った。もうその頃になると連絡を取ろうとすることもしていなかった。薄情だって?手は尽くしたんだ、それ以上のことができるだろうか?いや、できない。そう自分に言い聞かせ、自分の薄情をどうにか合理化できないかどうか四苦八苦していた、そんなある日、その友人が突然現れた。
「久しぶり」と、彼は言った。見た目には以前にあった時とはまったく変化はない。やつれてもいないし、逆に羽振りがよさそうでもない。贋札作りに失敗していれば、失意に沈んでいなければおかしいだろうし、逆に成功していれば彼は大金持ちだ、豪華なスポーツカーで、ブランド物の服を身にまとい登場、そうであってもおかしくないはずだ。変化なし。わたしはそれから何を読み取るべきかひとしきり悩んだ。
「一体、どこで何をしていたんだい?」と、わたしは彼に尋ねた。
「贋札作りさ。やっとできた。完璧な贋札だよ。印刷も、使う紙も、本物のお札と区別がつかない。絶対に」と、彼は小さく息をついた。
「見せてもらえないかい?」わたしはおずおずと言う。
「ほら」と、彼はこともなげにそれをこちらに放ってよこした。
 わたしはひらひらと宙を舞うそれを掴み、指でつまんで広げ、光にかざしてみた。
「これが贋札だって?嘘だろう?本物にしか見えない。これならバレないかもしれないな」わたしは彼に言った。「これで君は大金持ちだ。なんだい、浮かない顔だね」
 彼は浮かないどころか沈んだ顔をしていた。
「そんなものやるよ」と、彼は投げやりに言った。
「一体どうした?バレた時が怖くなったか?」
「いや」彼は首を振る。
「じゃあ、なんだね?」
「贋札を作って、それを印刷していて思ったんだが、そんなものただの紙切れなんだよ。次々印刷されてくるお札を見ていたら、そう思えてきた。そんな紙切れのことで必死になるなんて馬鹿馬鹿しい。もうやめたよ」
「なにを?」
「贋札を作るの。本物のお札を欲しがること。下らんことさ」


No.375


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